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研究所でも分からないことはある

そして所変わって。

「…もうそろそろ昼だなあ。」

くりあは雲の切れ間にある太陽を見て、呟いた。早く食堂に戻ろう、そう呟いて足早にもと来た道を戻っていった。

「よし、クイーン・パールより早く着いたぞ。」

食堂内を見回して、くりあが呟く。遅いと何か言われるだろうしな、とも付け加えて。適当な席に着いて、料理を注文する。

間もなく、

「なんだい、もう来てたんだねえ。」

と、くりあの姿を見付けたパールがやって来た。

「たまには早く来て待ってた方がいいかなと。なあ、何を見てきたんだ?」

「武具屋で… 面白いものを見付けた。ルビィ・アイに良い土産だと思って交渉してきたところさ。」

「へー… 北の魔女に、ねぇ。んで、どんな?」

「切りつけた相手の血肉を吸うと言うダガー、マン・イーター。古の魔道具さ。」

「…ぶふっっ。なっ、なんつう物騒なモノをっっ。あんた、何考えてんだ? て言うか、ホントに土産にする気かよぉ。」

さらっと答えたパールの言葉に、くりあは思わず飲んでた葡萄酒を噴出してしまった。

「勿論だよ? 古の魔道具に興味を持っていたからね…

それに、手ぶらで頼み事をする訳にもいかないだろ。」

くりあの惨状を気にも留めず、パールがそう説明する。

「いつ頼み事なんかするんだよ…」

吹き出した葡萄酒を拭きながら、くりあが聞く。

「…ヘタすりゃ、すぐだね。あの月下美人、事と次第によっちゃあルビィ・アイの力が必要になるかもしれないからねえ。」

何かを探るように、パールの視線がある一点を見据えている。

「なんで? 根拠あんの? 魔女の力が必要だって。」

「ばあさんの話を聞く限りね。どうも何かあるねえ… アタシ達で何とかできれば問題ないけどね。あるいは、最悪の事態になるか…」

最悪の事態とか言いながらも何故か楽しそうに言うパールの言葉に、

「あそこに行くんだ…」

と、くりあは溜め息交じりで応えた。

「なんだい?」

「イエ、何でも…」

薄気味悪い洞窟が頭をよぎって、くりあはげんなりする。いくらばあさんでも、一応女なのに何であんなとこにいるんだろう。ふと、そんな疑問が頭を掠めもした。

ともあれ、二人は食事を済ませると、真っ直ぐに王立研究所に向かった。民俗学、宗教学を専門にしている部署に通して貰い、蔵書の閲覧の許可を申請する。

では早速、とばかりに関連図書を調べだした矢先の事だ。

「貴女がガラスの塔をお調べになられているのですか?」

年配の、だが背筋も伸びきちんと白髪を結い上げた上品な女性が話しかけてきた。この機関の職員だろう。

「…。はい。そうですが。」

振り返ってパールが答える。

「そうですか。一体どのような用件で、ガラスの塔に関しての情報をお求めでいらっしゃるのでしょうか。」

「依頼です。過去にガラスの塔の月下美人にまで辿り着いた事のある、ある方からの。」

互いに一歩も引かない、静かな牽制。くりあは視線を敢えて書棚に移し、直視を避けた。怖ぇよ… と、胃の痛くなる思いをしながら。

「…過去、に、ですか。それで貴女はどうなさるおつもりですか。」

少し眉を顰めた女性は更に問い質してくる。

「月下美人が今もガラスの塔にあるのかを確認し、その結果をその方に報告するつもりです。それ以上は、何も。ガラスの塔も、この国も荒らすつもりはありません。」

相手を真っ直ぐに見据え、きっぱりと言い切る。

「そうですか。それでは一体、ガラスの塔の何をお知りになりたいのですか。」

「実際の伝承を少し。そうすれば月の魔物の正体も分かるのではないかと思いましたので。やはり、自分の安全は確保できないことには…」

みすみす死にに行くために、ここまで来た訳じゃない。

「そうでしたね。確かにあの塔は危険なのです。ですから、もうずっと以前からこの国ではガラスの塔へ近付く事は禁止されているのですよ。」

と、その女性は静かに、けれどどこか威圧感のある口調でパールに。一方、

「そうですか。しかし、その話から察するに過去に何人もの人がガラスの塔に行き着いたことになりますね。」

と、動じること無くパールが女性に聞き返す。

「ええ… そうして月の魔物の手にかかりました。あの塔は、月の魔物のいない昼の間はその姿を確認することは叶いません。月の光の下で姿を見せるのですが、その時には既に月の魔物がいるのです。」

あのばあさんの言ってた事と同じだ、そうパールとくりあは思った。さらに、パールが問う。

「その、月の魔物について判っている事はあるのでしょうか。」

「…残念ながら。月の魔物に遭い、生きて帰った者はありません。貴女方にも、出来れば思い止まって頂きたいのですが。」

首を振って女性が答えた。

「…昼間に、行ってみます。それならば月の魔物に遭わずに済むでしょう。それならば問題はありませんね?」

あの老婆からの情報は伏せておいた方が良いかもしれない、と、パールの独断により決定。端から昼間に向かう予定だったのを、さも悩んだ末の提案のように話す。

「…確かに。ですが、昼間ではガラスの塔は姿を消しているのですよ。」

怪訝な顔で聞き返した女性に、

「依頼ですので。一度ガラスの塔のある場所まで行かなくては。ですが、必ず夜に行くという約束はしていませんからね。」

しれっとパールが答える。昼でも辿り着ける。そんな事を言ったが最後、誰にガラスの塔が荒らされるか分かったものじゃない。老婆との約束を果たすまでは、それは避けたい。

「確かに昼間に向かわれるのですね。あの場に夜まで留まる事は無いのですね。それならば西の森へ向かうことを許可いたしましょう。…ここで暫く資料をご覧になりますか?」

「ええ。少しだけ。」

「では一時間ほど過ぎましたら受付までいらしてください。夜にガラスの塔に近付かないと言う約束の下に西の森の出入りを許可し、許可証をお渡ししましょう。」

「ありがとうございます。」

「それでは、わたくしはこれで失礼します。」

女性はこの場から離れていった。

「かあ、クイーン・パール。許可証ってどういうことなんだ?」

女性の姿が見えなくなってから、くりあがパールに聞いた。大事な話をしている時には口を開くな、と、くりあはパールに言いつけられているのだった。尤も、今回はパール達が恐ろしくて割り込もうと言う気など湧かなかった訳だけれども。

「んん? ああそれは、月の魔物に殺されるトレジャー・ハンターが後を絶たないから、この国は西の森を封鎖したんだよ。ただ、森を管理する必要があるから、木こりや国の役人は出入りする必要がある。そこで許可証の出番ってワケさ。」

「…へー。てか、アンタは既に知ってたみたいな口ぶりですが。」

「昨日聞いたんだよ。ここに入る許可を貰った時にね。」

「いつの間に… で、結局さあ、ここで何を調べる訳? さっきの人何も判ってること無いって言ってるし?」

「何か、ヒントになるようなものを。無いなら無いで構わないけどねぇ。」

このまま進めるのか、旧知の魔女に力を借りるべきか。今、慎重になって損はない。パールはそう考えていた。

「ふうん。ま、暇潰しにはいいかなあ。」

そう言ってくりあは書棚に陳列された文献に手を伸ばした。

ガラスの塔に関する記述はどれも似たようなものばかりで、パールを満足させる事はなかった。

「あの人からの情報以上ってなると望むだけ無駄かねぇ。」

やはりあのガラスの塔から生きて戻れたのが、あのばあさんしか居ない以上、ここにはもう目ぼしい情報は無いかねえ。と、パールはぼやいた。そして、

「それじゃあ、そろそろ行こうかね。…ん?」

と、相棒に声をかけた。痺れを切らしたパールはさっさと許可証を貰って飲みに行く気分になっていた。ふと、隣にいるはずのくりあの方に目を向けると、何やら熱心に読み耽っている。

「…。ホントに子供だねえ。」

国中から集めた御伽噺の全集である。微笑ましいと思いつつ、

「くりあ、行くよ。」

そう声をかける。

「ん? ああ、あれ?」

とぼけた声が返ってきた。

「楽しかったかい?」

「…楽しかったデス。」

しまった、と、くりあに冷や汗が一筋。調べものをするはずが、いつの間にか御伽噺の世界に夢中になってしまっていた。…ヤバい、またなんか言われる、て言うか、子供扱いされる、と、思うとパールに視線を向けられないくりあだった。

「これ以上調べても何も出てこなそうだから、もう行くよ。」

「うぃーす。」

くりあは全集をそっと棚に戻す。二人は書庫を出ると、受付まで戻る。

「お待ちしておりました。それでは、こちらが許可証になります。一往復のみ有効になりますので、ご承知くださいね。」

先程の女性が許可証を二人にそれぞれ手渡した。

「それと、決して紛失なさらぬよう、宜しくお願いいたします。帰りに、西の森と王都の境界の衛兵が回収いたします。以上ですが、よろしいでしょうか。」

「ええ。大丈夫です。ありがとうございます。それでは失礼致します。」

許可証を受け取り、説明を受けた二人は研究所を後にした。

「…あー、息が詰まった。なーんか空気が重いって言うか、堅苦しいっつか。」

「まあ、仕方ないねぇ。役所みたいなモノだから。あそこにいるのは全員役人さ。」

「そうでした。で、これからどうすんの? 出発するには中途半端だよなあ… まさかとは思うけど、…飲みに行くのか? また。」

「勿論。お前も自由にして構わないよ。ぢゃっ。」

「…。お気を付ケテ。」

いつもの事だと分かっていても、やっぱりこーゆートコにはついていけん、と、くりあは溜め息を吐いた。俺もう飲まなくても良いや、と、食堂で軽く夕食をとったくりあは宿の部屋で休むことにした。

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