土産用の掘り出し物は危険な香り
北へ。極北の地、針葉樹の王国は、その名の通り針葉樹の森に囲まれた、森と雪と湖の国だ。冬になると幾重にも重なる森と深い雪とに閉ざされてしまう。
一人で生き抜くには過酷な環境のせいだろう、この国の民は温厚で人情深いそうだ。争いを好まぬ故か、王族が優れた人物を多く輩出してきた故か、遥か昔から変わらず王家の一族が治めている。
「…今が、夏にさしかかる頃でよかったねえ、くりあ?」
「そりゃそうだけど… でも、まだ雪が…」
国境を越え、王国の幾つかの町や村を越え、二人は王都まで辿り着いた。
初夏も近い。だがこの王都から雪が完全に消えるのは、もう少し先のようだ。
「…さてと。地図を見る限り、ここからまっすぐ西に進めば良いみたいだねえ。」
「って、もう出発すんの? 着いたばっかりじゃねーかよう。」
今度こそ、ちゃんとした宿屋でゆっくりと休めるものだとばかり思っていたくりあが、口を尖らせる。
「誰もそんなことは言ってないだろ? 二、三日は宿をとろうと思っているから安心おし。荷の整理と、少し情報を集めようかと思っていたことだしねぇ。」
「情報? ガラスの塔の? 何で今更? あんた魔女のばあさんの所を出てから、ずっと情報のんて集めてなかっただろ? 別にいいとかっつって。」
くりあが首を傾げる。
「ああ。ただ、この王都には隣国にまで名の知れ渡った王立の研究機関が在るのさ。そこには、国の伝承や民話を集めて研究している所もあるんだよ。今までとは違った何かを得られそうだとは思わないかい?」
「ふーん。誰でも話を聞ける訳? 国の研究機関なんだろ?」
「伝承や民話についての研究結果が国家機密になると思うのかい? 文芸の部門なら、閲覧を申請すれば誰でも図書を見ることができるよ。貸し出しはしてないけどね。」
「へぇ~、そうなんだ。…で、これこらの予定は?」
相変わらず、なんでも知ってるなあ。と感心しながら、くりあは何気無く今日の予定をパールに聞いた。
「今日は宿をとって… アタシは飲みに行く!」
目をきらきらさせてパールが答える。くりあが何気に視線を下げると、こぶしを握っているあたり。
「…。何も力説せんでも。あまりに予想通り過ぎて、反論する気も無いから、俺。」
宿をとると聞いた段階でいつかはそれを言い出すんじゃないかと、くりあは予想していた。ただ、あまりに予想通り過ぎて一瞬言葉を失ったけど。
「そうかい? じゃあ、多分これも予想してるだろうけど。」
満足げな笑みを見せながら、パールがくりあの顔を覗き込む。
「宿だろ? 分かってますよ。希望の宿とか無いなら勝手に決めるけど?」
肩を落としたくりあが、答えた。
「無いよ。アタシは適当な酒場にいるから。じゃあ、荷物もろもろ頼んだよ。」
「はいはい。後から行くけど、あんまり分からん場所にだけは行かんといてください。」
二人は一度そこで別れた。…全くさあ、分かってんのかな~。くりあは、そうぼやくと自分とパールの乗ってきた馬を引いて宿を探し始める。
くりあは、馬も預けられる宿を探し出すと二人文の部屋を取り、取り敢えず荷物を部屋に放り込む。
「別に荷物の整理までしなくても良いよな。」
パールの部屋を一瞥して一言。大体何をどうすればいいかなんてことは、ハッキリ言って分からない。彼女の考えていることすら分からない訳だし、と、くりあは自分の部屋を適当に片して、パーりを探しに宿を出た。
一方、パールは小綺麗な洒落た店を見つけていた。ジョッキで葡萄酒、と言う雰囲気からかけ離れた場所だったが、何気にこういう雰囲気も好きな彼女は上機嫌だった。
店の雰囲気に酔いながら飲んでいると、
「こんな所に… ずいぶん探したんだぞ。…ああ、さすがにジョッキでなんて恥ずかしい真似はしてないんだな。俺、あんたの姿をこの店で見付けた時は、ちょっとヒヤっとしたよ。場違いなことしてなくて良かった。」
と、くりあが声をかけてきた。
「随分遅かったじゃないか。」
「だから、ずっとあんたのこと探してたんだって。いっつもジョッキで飲んでるだろ。だからそういう店を回ってたんだよ。ここが最後の店だったんだ。」
と、くりあは眉間に少しシワを寄せている。
「アタシだってたまにはこういう洒落た店にも入るさ。」
軽く笑い飛ばして、パールがかわすと、
「たまには、ね。」
そう言いながらくりあも席に座った。近くの店員に自分も酒と料理を注文して、
「あんたの荷物はどうしたらいいか分からないから、部屋に放り込んでおいたから。」
と。パールは、まあそれが妥当なところだろうね、と答えてグラスに口をつける。
「明日、早いのか?」
「んー? いや、研究機関にだったら昼過ぎに行くって話つけたからねえ。何かしたいことがあるんだったら午前中の内に適宜に。昼頃に宿の食堂で落ち合おうかね。昼食を取ってから、向かおうと思っているよ。」
「…あれ? いつの間にそんな約束取り付けて来たんだ?」
おしぼりで手を拭きながら、くりあが尋ねた。パールは王都に入って、自分とすぐに別れて、真っ直ぐこの店に来たんじゃなかったのだろうか、と。
「ここに来る前に寄ってきたんだよ。利用手順とか確認した方が良いかと思ってね。」
「一応やらなきゃいけないことはやってたんだな。」
酒を目の前にしても、一応我慢して仕事はできるんだな、この人も。そう、くりあは密かに感心した。
「当たり前さ。お前にこういう事は任せられそうもないしねえ。」
「…どういう意味? 人のことコキ使っといてさ。」
さらっと言われた言葉が、いつものことでもやはりカチンとくるもので。
「まあいいじゃないか。酒が不味くなるからこの話はやめだね。」
「都合の良いことを… じゃあ、明日は昼間では自由にして良いんだな。」
「そうだねえ。まあ、問題を起こさない程度に。」
「あんたと一緒にせんといてください。」
そんな会話をしているうちに、くりあの注文した品が運ばれてきた。
「俺、腹減ってたんだよね~。誰かさん探すのに手間取って。」
ちょっとした反撃のつもりで皮肉を少し。どうせ堪えないんだろうな、と、くりあはパールの顔色を窺ってみるが、やはりいつもの調子だ。言うだけ損した、とくりあは思う。パールは、くりあのささやかな反撃と知りつつ、受け流して、
「それは悪いことしたね。じゃあ、心置きなくお食べ。」
と、だけ。言われなくても、そう言ってくりあは料理に手をつける。さすがに店の雰囲気を気にしているのか、久々のちゃんとした料理でもがっつくような真似はしないらしい。
暫く二人で飲みながら雑談をし、食事を済ませると、
「アタシは別の酒場に行くけど?」
パールがくりあに。
「…ジョッキじゃないと飲んだ気がしないんだな。行けば? 俺はもう宿に戻るよ。」
「そうかい。コドモはさっさと寝ておくんだね。じゃ、気を付けて宿に戻るんだよ。」
「コドモって… 俺、もう生まれてから二十年は経ってるんですけど。余裕で。」
と、ボソッと一言。
「何か言ったかい?」
ぎろり、と、睨み返されたくりあは、
「いえ、何でもございませんから。あ、一応宿はここね。あと鍵これね。」
メモと鍵を渡して、一足先に宿に駆け戻った。パールは勘定を済ませて別の酒場に向かう。
夜も更け、気の済むまで飲んだパールが宿に戻ってから暫くすると、もう、東の空が明るくなり始める気配があった。
朝陽が昇り、暫くすると、宿の食堂には朝食を取る二人の姿があった。
「気が済むまで飲んだ?」
「ああ。おかげで気分良く起きられたよ。」
期限も顔色も良いパールが、くりあに答える。
「フツーあんだけ飲んだら逆に起きられないけどな。」
呆れ顔のくりあが、フォークを片手にそう言うと、
「二日酔いなんて弛んでるヤツがなるものさ。」
と、パールはしれっと返した。
「…違うと思うけどなあ、それ…」
軽く食事をとって、二人は昨日立てた予定通り一時解散。昼にまた落ち合うとして、銘々に街を散策することに。
くりあは商店街に入り、彼にしてみれば物珍しい北国独特の物品を眺めて楽しんでいた。果物を一つ買い、齧り付く。そしてまた、いろんな店に立ち寄る。
一方のパールは、武具や窓を扱う旅人専用の店に顔を出していた。
「姉さん、アンタも旅人なのかい?」
店主に声をかけられ、まあね、と、パールが一言。
「へえ、姉さんみたいな美人がねえ。一人じゃないんだろ?」
「まあ、連れが一人ほど。ん? ダンナ、このダガーなんだけど、宝玉が付いてるね。コレも魔道具なのかい?」
誰かに声をかけられたような気がして、パールが振り返った先には一振りのダガーが居た。不思議な、いや不穏なとも言える気配に、自分を呼んだのはこのダガーだと確信したパールが、店主に聞いた。
「ああ… 前に変な旅人が置いていったんだよ。どこぞの遺跡で見付けたらしい、古の魔道具、て言うか、魔力ある意思を持った武器だねぇ。」
と、困り顔の店主が言う。
「ふうん? なんだい、シケた顔してさ。何か不都合でも?」
意思のある武器、ね。レア物じゃないかとパールは思う。コレクターなんかだったら、飛び付きそうな代物だと言うのに、と。
「それがだよ。そのダガーは切りつけたモノの血肉を吸うんだかで。引き取ってくれって頼まれてねぇ… こっちとしても、商売だしそんな売れそうもない曰く有りげなものは御免被りたいと言ったんだがね。…呪われてそうだろう?」
眉間に皺を寄せて、店主が答えた。
「それが何でここに?」
「置き逃げされちゃったんだよ。気が付いたら旅人はいないし、盗られた訳じゃないから衛兵も取り合ってくれないしで扱いに困ってるんだ。まあ、飾っておく分には問題無さそうだから、置くだけ置いておこうと思ってさ。」
怖くて家には置きたくないしね、と付け加える店主に、
「へえ… それは面白いね。置き逃げかい?」
と、パールが笑いかける。そんな事は聞いたことが無い、と。
「おいおい、姉さん。面白くないよー。物騒だろう、そんなの。」
どうやら本当に扱いに困っている様子で店主は情けない顔をしている。困り果てているのが良く分かる。ふと、ある一つのことがパールの頭に浮かんだので、
「まあ… それもそうだね。で、幾らなら売ってくれる?」
そう、彼女は店主に聞いていた。
「えっ? 買う気なのかい? 姉さん、それ、怖くないのかい? そんなもの、一体どうするつもりなんだい?」
パールの言葉に驚いた店主は、畳み掛けるように質問を投げ掛ける。
「知り合いの魔女への手土産さ。」
にやり、と、パールは不敵な笑みを浮かべた。その自信溢れるさまに、本気だと悟った店主は今度は、
「…うん。魔女にねえ… まあ、どうしてもって言うなら、だけど、何かあっても責任はとれないよ。」
と、売っても良いがその後の責任の所在をハッキリさせようと、パールに持ちかける。
「ああ、分かってるよ。…少しこの国をぶらぶらしてから帰ろうかと思ってるんだけど、ダンナ、帰る時まで取っておいて貰えるかい?」
余程そのダガーを恐れて、そして持て余しているのだろう。パールは店主に少し同情しつつ、買い取った後の全責任は自分が持つからと、再度誓ってみせた。
ただ一つ、これから向かう王立の研究機関にはとても持ち込めそうもない代物なだけに、取り置きを頼む。
「そうだなあ… 確かにそんな物騒なモノをこの王都の中で持ち歩かれるのは、ウチとしても怖いなあ。じゃ、忘れず取りに来てくれよ。」
少し考えて、店主が答えた。彼にしても厄介なモノが処分できるのなら、それに越したことはないと考えたのだろう。
「ああ。ありがとう。で、幾ら?」
財布に手をかけ、パールが尋ねる。
「代金は後からでいいよ。」
「そうかい? じゃあよろしく頼んだよ。」
パールはその武具屋で曰く有りげな逸品を購入することにした。