性格なんて今更直るものでもない
「なんか面白い話、聞けた?」
開口一番、くりあがパールに尋ねる。
パールが老婆と話している間に注文していたのだろう、テーブルには料理の乗った皿が増えている。それを見て、呆れたようにパールが一言。
「…良く食べるねえ。」
「…あんたねえ、自分を棚にあげてるけどさ。飲んでばっかじゃねえか。おやっさん、酒が無くなっちまうって泣いてたぞ。」
「そうかい。…おやっさん、葡萄酒。ジョッキでよろしく。」
くりあの話を軽く流して、パールがオーダーする。
「…はいよー。」
苦笑いの店主が力無く答えた。
「ねえちょっと、聞いてた? ホントに飲んでばっかだな。…もういいや、で、結局あのばあさんから何か聞けたの?」
「明日、ばあさんの家に行くよ。そこで詳しい話を聞かせてくれるらしい。」
「えぇーそうなの? そんな勿体振るような話なのかよ。」
パールは老婆が魔術をかじっていると言うことを敢えて言わなかった。それは、本人がその事を伏せている節があったからだ。
…まあ、妥当な判断かな。と、パールは考えていた。こんな傾きかかっている村で魔術が使えると知れたら、拒絶だけでは済まない事請け合いだ。
魔女にも良い悪いがある。まあ、個人の性格に因るし、それはなにも魔女に限ったことではない。だが、その力が何者にも優るところが畏怖の原因だろう。
本来はその力を人々のために使う、それが魔術習得の暗黙の了解であり必要絶対条件なのだが、得難き力を得るにつれ、その力に溺れ人格が歪んでしまう者もたまに現れる。
絶対数はもちろん良い魔女の方が多いが、噂と言うものは大体にしてよりスキャンダラスな方悪い方が広がりやすいもので。辺境にある町や村は大抵が因習深いものであるし。と言うことは、この村人の中の魔女観念が悪い方のイメージに囚われてしまっていても否めないのだ。
「長くなりそうだったからねえ。つべこべ言うんじゃないよ。…もう少ししたら、今日はもう休もうかねえ。お前も寝坊だけはしないようにしておくれよ。」
「寝坊寝坊って… 起きるよ、起きますよ。ちゃーんとね! 見てろよ。」
子供のようにムキになってくりあが言う。その様を見て、ああ、はいはい。と、パールは笑いながら答える。
二人はその後、暫くは店の中にいる村人達と他愛もない世間話に花を咲かせる。素朴な匂いのする彼らと穏やかな時間を共有する。
だいぶ月が高くなってきた。そろそろ閉めますよ、と、店主に声をかけられ、二人は借りた部屋にそれぞれ戻って休むことにした。
「…月下美人を、昼間に…」
ベッドに身を投げて、ふと、パールは呟く。咲いてもいない花に、一体どんな秘密が隠されているのだろうか。と。
「…まあ、明日になれば分かるかね。」
むくりと起き上がって、パールは手早く休む身支度を整えると、明日に備えて眠りに就いた。
一方のくりあは、連日の野宿の疲れもあってか、ベッドに入るなりイビキも高らかに爆睡中である。
月が西の森に呑まれ、星々が形を潜め始めると、東の空が朱に侵食されていく。太陽が姿を見せる前、東雲が光り出すかどうかという頃に、村中に大音量で響き渡るのは朝を告げる雄鶏の鳴き声だ。
「うわあっ?」
思いもかけない音に、くりあは驚いて飛び起きた。悲鳴と一緒に。
「な、何だ? ニワトリ? し、心臓が止まる…」
息を乱して、辺りをきょろきょろと見渡して、溜め息を一つ。…またクイーン・パールにバカにされるのかなあ、と。
「どうかまだ寝てますよーに。」
ベッドの上で、誰に祈るのかくりあは手を合わせた。
一方、隣の部屋では雄鶏よりも早く起きていたパールが、くりあの悲鳴を聞いて嗤っていた。
「やっぱり期待を裏切らないねぇ。昨日の朝だってここの雄鶏の鳴き声が聞こえてたってのに。…くっくっく。」
予想通りのくりあの道化ぶりというか間抜けぶりに、パールの笑いは暫く止まる気配は無いようだ。
二人とも身支度と手荷物を整えて、朝日が昇る頃には部屋を出て店の方に下りる。ちょうど階段の所で鉢合わせると、開口一番、
「ベッドからは落ちなかったのかい?」
と、パールが一言。にやり、と、小バカにした笑みと一緒に。
「どっ、どーいうイミ?」
くりあの視線が泳ぐ。泳ぐ。
「雄鶏の鳴き声くらいで動揺おしでないよ。」
「…聞こえて、た?」
恐る恐るパールの様子を窺うくりあ。
「当たり前さ。お前は相変わらず肝が据わらないねえ。…ま、今更その年では変わらないのかもしれないけれどね。さっさと朝食を済ませて昨日のばあさんの所に行こうかねぇ。」
パールは楽しそうに笑っている。
「年って… て言うか、あのばあさんにワリとご執心なんだな。」
「道すがら話してやるよ。」
意味深な笑みを見せたパールに、
「…何を?」
きょとん、とした視線をくりあが向ける。が、パールはふっと笑って見せるだけで何も答えてはくれなかった。
そんなやり取りをしながら、店の中へ入る。酒場の主人が店内の掃除を終わらせようというところだった。
「おやっさん、おはよう。」
「ああ、おはよう二人とも。昨日は良く眠れたかい?」
「ぐっすりとね。野宿続きだったから、天国だったよ。」
酒場の主人と挨拶を交わす。主人はテーブルを指して、
「適当なところに座って待っててくれないかな。今、朝食を作るから。」
と、二人に言った。開け放たれた窓から、緑の匂いを運ぶ風と、鳥の囀りが滑り込んでくる。
「ああ、頼んだよ。」
二人は昨日と同じ場所に陣取って、店主が朝食が出来るまでに、と、出してくれたホットミルクに口をつけた。
「元気だなあ、おやっさん。俺、まだちょっと眠いし…」
コトコトとなべが煮立つ音に、やわらかい匂いが鼻をくすぐりだす。厨房の方をちらりと見て、くりあが感心している。
「お前が弛んでいるだけさね。」
「うっっ。ミもフタもナイ…」
「食べ終わったら買い出しを済ませて、ばあさんの所に行くよ。」
「…ばあさん、ばあさんて… ああもう。」
事情が分からないくりあは、老婆にご執心なパールに聞こえないようにぶつくさとぼやく。
久しぶりの長閑な朝。なんとなくまったりとした時間が過ぎる。こういう場所じゃないとこうはいかないだろうねえ、と、パールがぼそりと言う。
「待たせたね。昨日だいぶ飲んでいたみたいだかろ、軽めに作ってみたよ。さあ、食べておくれ。」
そう言って、主人が料理を運んできた。
「旨そうだなー。それじゃ、いただきまー…」
言うが早いか、くりあは食い付く。
「…。なんだか気を使わせちまったみたいだね。ありがとう。いただくよ。」
パンにスープ、サラダとあっさりとした味付けをされた肉料理と。
「いやいや、そうでもないさ。それに昨日は久々に面白い話を聞かせて貰ったからね。見ての通り旅人がしょっちゅう来るような村じゃないだろう? 楽しかったよ。」
「そうかい? 喜んで貰えて良かったよ。帰りにも寄るだろうから、その時もよろしく頼むよ。」
「じゃあ、葡萄酒をたくさん用意しておかないといけないなぁ。そうそう、あんた達ガラスの塔に行くんだろう? 実際、どんな塔なのか、月の魔物の姿とか、色々聞きたいもんだなあ。」
と、主人が陽気に笑う。
「あっはっは。無事に辿り着けたら、聞かせてあげるさ。」
「よろしく頼むよ。…おや、兄さんはもう食べ終わったのかい? 早いなあ。もしかして、足りなかったかな?」
パール達がのんびりと話している間に、くりあは朝食を平らげていた。
「いや、大丈夫ス。おいしかったよ、おやっさん。ご馳走さんでした。」
パン、と、両手を合わせてうりあが言う。
「そうかい。それならよかった。」
「なんだいもう終わったのかい?
それならくりあ、あんた買い出ししておいで。昨日一応メモはしておいたから、コレ。」
そう言って、ごそごそとポケットからメモを取り出して、パールはくりあの目の前に突き付ける。
「メモしておいたって、あんたしっかり俺に買い出しさせるつもりでいたんだろ。」
「さあ…? どっちでもいいだろ。さっさとお行き。」
「…。まったくさあ…」
ふふん、と、不敵な笑みのパールを見て、愚痴を言っても意味がないと悟ると、くりあはおとなしく席を立った。
くりあが保存食やらを買う間に、主人と世間話をしながらパールは朝食を取り終える。
「ご馳走さま。おいしい朝食をありがとう。それじゃあ、アタシらはそろそろ行こうと思う。世話になったね。」
「いやいや。またおいで。…それと、荷物は大丈夫かい? あの兄さんまだ戻らないみたいだから手伝おうか?」
「良いのかい? それじゃあよろしく頼もうかね。」
くりあの荷物を主人に運んでもらい、パールは馬小屋に向かう。荷物を馬に積もうとしたところで、
「あー、こっちに居たのか。ちょっと探したよね。ちゃんとメモ通りに買ってきたぞ。…って、あれ? 俺の荷物… おやっさんが運んでくれたのか? ありがとな~。」
と、荷物を抱えたくりあが入ってきた。荷造りをしてくれた主人に礼を言う。
「いやいや、お安いご用だよ。」
至れり尽くせりだなっ、と笑うくりあに主人も笑って返す。
「物が揃ったところで、出発しようかね。それじゃあ、アタシらはこれで。」
そう言って、宿代飲食代を主人に渡しパールは馬を引いて小屋から出る。
「おやっさん、色々ありがとなっ。多分また来るからな~。」
くりあも馬を連れてパールの後を追う。
「ああ、待ってるよ。気を付けて行っておいで。」
そう、主人は手を振って見送っている。くりあがそれに応えて大きく手を降る。