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意外なところにヒントは隠れてる

 朝早くに起きると、二人は荷物をまとめて出発する。

「ようやく、半分くらいまで来たって感じかぁ。」

出発前に確認していた地図を思い浮かべながら、くりあがため息混じりに言った。

野宿続きだったせいだろう、ここまでの道程が実際の距離よりも長く感じられていたのだ。

 全道程の半分ほどに当たるだろうか。小さな村に辿り着いた。

 この村には宿がなく、酒場がたまに訪れる旅人に部屋を貸しているようだった。すぐに部屋を借りる手筈をし、馬を預ける。

「…まあ、野宿じゃないだけいいかな。」

くりあが呟く。そしていつも通り、贅沢をお言いでないよ、とパールに一蹴される。

 二人は、ここでも一応情報を集めてみることにした。

 それは、少しずつ内容を異にし始めていた。目標が近付くにつれ、その花の実態も明らかになりつつあるのか、パールの表情も、徐々に真剣になっていく。


「なんだか、ビミョーにだけど話が違ってきたなぁ。」

「…それだけ核心に近付いてきている、ってこと、だと良いんだけどねぇ。」

村の寂れた感じの否めない酒場で。

 相変わらず、と言うべきか。ほぼ一週間ぶりとなる葡萄酒だからか、まるで湯水の如くパールは飲み干していく。聞き出した話をまとめながら、二人は食事を進める。

「まあ、あと二、三日で国境だ。王都まではまだ先はあるけれど、王国領に入れば少しは確信をついた情報も得られるだろうね。」

「…つうか、その二、三日は、やっぱりまた…」

疲れた表情を隠そうともせずに、くりあがパールを見る。

「野宿だね。明日ここを出発する前に携帯食を買っていかないとねえ。もうそろそろ無くなるんじゃないのかい?」

肴を取り分ける手を、ふと止めてパールが思い出したように言う。

「え…? ああ… まあ、そんな感じで。」

「それとね、くりあ。久々のベッドだからって寝坊するんじゃないよ。」

「どーいうイミ? つうか、あんたこそ、そんなに飲んで大丈夫なのかよ。ここぞとばかりに… ああもう、ここの葡萄酒一人で飲み干すつもりなのかよ。」

くりあはソテーされた肉を切り分ける手を止め、ため息を吐く。

「んん? このくらい飲んだうちには入らないよ。心配おしでないよ。」

そう答えるパールの片手は、しっかりと葡萄酒が注がれたジョッキを握っている。

「…そうデスカ。じゃあ、明日は買い出しをしてから出発するんだな?」

そう言う意味じゃねぇんだけどな、という一言を呑み込んで、くりあは話題を変えた。

「そうだね。まあ、ここで聞ける情報は全部聞き出しただろうから、買い出しが終わったら、すぐに出発しようかね。」

「ふうん。まあ、確かにあんまり用はないかな…」

ぐるっと見回しても、客は村の住人だけだ。旅人の出入りがあまり無いのなら、そうそう目ぼしい情報が隠れているとも思えない。昨夜のパールの言葉にも納得できるなあ、と、くりあは思いながら料理を口に運ぶ。

「そんなとこだね。…ん、なんだ? あのばあさん。」

「何? ばあさんがそんなに珍しいのか?」

窓の外に目をやったパールが呟く。視線がそこに釘付けになっているのを見て、くりあもその先に興味を持った。

 そこには、先程村の中を歩き回っていた時には見かけなかった、一人の老婆がいた。喪服と見紛う黒一色の衣服に身を包み白髪を無造作に束ねている。こぢんまりとした広場の真ん中に座り込んで動かない。

「なんだあ? 一人で何してんだ? あのばあさん。…なあ、おやっさん、あの、あそこにいるばあさんは、何してるんだ?」

くりあが酒場の店主に老婆のことを尋ねる。

「ん…? あのばあさんか。ああ… 今日か。いやね、あのばあさんはこの村よりももう少し来たの方に一人で住んでいるんだ。で、月に二日村まで入り用な物を買いにくるんだよ。」

客商売をしているからか、他の村人よりは人当たりの良い感じのする店主が答える。

「一人で…? つうか、ばあさん金あんのか?」

「ばあさんの作る薬はよく効くからな。まあ、物々交換ってヤツだな。」

「へえ、そうなんだ。…なあ、クイーン・パール。あのばあさんの薬がそんなによく効くなら俺達も買っていかないか?」

感心した様子のくりあが、そう提案する。

「そうだねえ… ところで、おやっさん。あのばあさんはどうして村に住まないんだい? あの年なら森の中の独り暮らしは堪えるはずさね。」

窓の外の老婆を眺めながら、パールが店主に聞く。

「ああ、それはみんなそう思っているんだがねえ… 何分変わり者のばあさんでな。森の中で独りで暮らす方が気楽で良いそうだ。…ん? そういやあんた達、ガラスの塔のこと調べてなかったか?」

眉を顰めながら答えた店主が、ふと、二人に聞き返す。

「え? ああ、そうだけど?」

「じゃあ、あのばあさんの話を聞いてみるのも良いかもな。ウソかホントか知らんがね、あのばあさん、若い頃にガラスの塔に行ったことがあるとか言ってたからなあ。」

「は? …ガラスの塔に? あのばあさんが?」

店主からの意外な情報に、くりあは思わず手にしたフォークを落としそうになる。

「へえ… 面白い話をありがとう、おやっさん。早速ばあさんに聞いてみるよ。」

早速パールは酒場を後にする。なんか胡散臭いんですけど、と言うくりあを余所にしてだ。

「あ、ちょっと。…まあいいや。おやっさん、俺にグラスの葡萄酒ちょうだい。」

今更彼女の突発的な行動に驚くはずもなく、くりあもまたマイペースにオーダーをする。

「なんだ、兄ちゃんは行かないのかい?」

意外そうに、店主は残ったくりあを見詰めた。

「別に二人で話を聞く必要も無いんじゃないかなー、と。ところでおやっさん。あのばあさんて、元々ここの村の人だったのか?」

パールに置いていかれたくりあは、料理をつつきながら店主と話し始める。

「いや、ずいぶん前にふらっと姿を見せてねぇ。北の森に一人で住んでいるとか言ってなあ。何がしたいんだかイマイチよく分からないんだけどねえ。」

「ふうん。ホントに変なばあさん。」

「まあ、村に害は無いからね。…はいよ、お待ち。」

「ああどうも。」

窓の外の様子を伺いながら、くりあは葡萄酒に口をつける。


 酒場の店主が言っていたように、見ていると何人かが老婆のもとに来ては戻っていくのが分かる。客足が落ち着いたのを見て、パールが老婆に近付いていくのが確認できた。

「こんにちは、ばあさん。」

「…見ない顔だね。旅の人かい。」

声をかけられ、その方を一瞥した老婆が応える。

「まあ、そんなとこかね。ところで。ついさっき、酒場のおやっさんに聞いたんだけど、ばあさん、昔ガラスの塔に行ったことがあるって本当かい?」

「…ふん。なんじゃい。お前さんも冷やかしかい。」

ぎょろっとパールを睨んで、老婆が吐き捨てる。どうやら、だいぶ冷やかしや嘲笑を受けたのだろう、お前と話すことはないと言わんばかりに警戒している。

「あっはっは。まさか。アタシはガラスの塔の話に興味があるのさ。…何せ、これからそこに行こうとしているんだからね。」

その老婆の警戒心を笑い飛ばし、パールが言う。

「…なんだい、違うのかい。それにしてもあの塔に行くって? …止めといた方がいいね。あんた、魔物に殺されちまっても知らないよ。」

パールがガラスの塔に行くと聞いて、老婆の雰囲気が少し丸くなる。パールの目的が、老婆の何かに触れたのかもしれない。

「でも、ばあさんは無事に戻ってきてるじゃないか。なのにアタシは殺されるのかい?」

「あたしゃ、殺される前に塔から飛び降りたのさ。…どうしても行くのかい。」

さらっととんでもないことを言ってのけた老婆に、

「行くね。それにしてもガラスの塔がどれくらいの高さなのか分からないけど、飛び降りるなんてね。ばあさんも、なかなかやるじゃないか。」

にやり、と、パールは不敵な笑みで返す。

「ふん。からかうんじゃないよ小娘が。…ガラスの塔は月に手が届くんじゃないか、ってほど高かったよ。魔術をかじってなかったら、あたしゃ死んでたろうよ。」

回りを見回して、他に誰も居ないことを確認したあと、そう老婆は小声でパールに言った。

「ばあさん、魔女だったのか。道理で評判の良い薬を作る訳だ。それなら、森での独り暮らしもたいした苦じゃ無いだろうねえ。」

ごくごく少数だけれども、魔術を使える者達がいる。人々はそんな魔術を使える者達を魔女と呼んでいた。大抵は精霊と契約して、その力を使う。彼等は一生のうち一人だけ弟子を持ち、その弟子に自分の使える術の全てを託すとか。決して一人以上は弟子を取らない。それは魔女の絶対数を守るためだと言う。

「魔女… ね。とは言っても少しだけ魔術を習ったって言うだけさ。まあ、どうしても行くって言うなら止めやしないが、月下美人を手折るのだけは止めておくれ。」

「どうしてだい?」

老婆の頼みに、パールは首を傾げた。そんな彼女に、

「…行けば分かるさ。昼間、月下美人を見ることが出来たらね。」

と、神妙な顔で老婆が言った。

「昼間…? あれは夜に咲く花だろう?」

夜のひととき、それもほんの数時間しか花開かない月下美人。昼間に見たところで、花の咲いていない植物でしかないはずだ。

「ああ… そうさ。だから昼間に見るんだよ。そうすれば分かるさ。小娘、少しは魔術を使えるのかい? 魔道具は持っているのかい?」

「いや… 連れも使えないね。それに今回は魔道具も準備していない。どうしてだい?」

パールもくりあも魔術を使えない。

魔女に魔術を込めてもらった小瓶、魔道具と呼ばれるそれが唯一、魔術を必要とする時の手段になる。パールも危険だと思われる旅に出る時は、知り合いの魔女に頼んで魔道具を準備している。が、パールは今回、そもそもが乗り気ではなかったのもあり、特に魔道具までは準備して来なかった。

「あんたが月下美人を手折らないと約束するなら、少しだけ手を貸してやろうと思ってね。で、答えはどっちなんだい?」

「…アタシはハナから月下美人を手折るつもりは無かったよ。他人の、…不老不死の妄想なんかのためにはね。」

真顔で、パールは答えた。たとえどんな秘密があろうと、無かろうと、それだけは変わらない、と。

「…それなら明日、家においで。この村よりまっすぐ北に行った森の中に在るよ。さてと。日も傾いてきた。客ももう来ないだろうね。あたしゃ帰るよ。」

辺りを見渡し、老婆が言った。

「ああ、気を付けて帰っておくれ。それじゃあ、明日邪魔するよ。」

「よっこいせ、と。じゃあね、小娘。」

老婆はよぼよぼと森へ帰って行く。少しだけその姿を見送って、パールは酒場に戻った。

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