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取り敢えず行ってみないことには

 二人は馬を走らせる。針葉樹の王国を目指して。

町の外に出れば、もうそこは異世界だ。人の手の入っていない森や野は、獣たちの闊歩する人には危険極まりない世界なのだ。どこに魔が潜んでいてもおかしくはない世界。

 そんな拓かれていない外の世界を恐れることなく馬を走らせる姿が二つ。それは冒険を生業にし、旅慣れた手練れにだからこそなせる業と言えようか。

「…ところでくりあ、お前が聞いたガラスの塔の情報は?」

野を駆る。木々が通り過ぎ、風景が流れるように去り行く中、パールがくりあに訊ねる。

「えー…? ああ… つっても、ガラスの塔が針葉樹の王国の西側の、深い森の中にあったってだけでさぁ。迷いに迷った挙げ句、夜になっちまって。そしたら、月の光を受けて、ガラスの塔が森の闇に浮かび上がったとかなんとかって。」

と、くりあが首を捻る。

「へえ… 月の光を受けた時だけ姿を現すってことなのかねぇ。それなら今まで誰にも見付からずにいたとしても、不思議じゃあない。」

「さあ? でも、ホントに魔物が作ったってんなら、それもアリなのかなあ。」

「まあ、実際着いて見ないとこれ以上は何とも言えないね。他には?」

「他って… なんかあったかな… どうも直に聞いた訳じゃないからなあ。大体、あのおっさん不老不死のことしか頭に無いらしくて、そのことしか言わねーんだよ。」

パールの問いに、くりあが渋い表情で答えた。

「…。ああ、そうかい。情報から集めないといけないのは、どうやらいつも通り、ってことかね。」

と、呟くように言ったパールの表情は暗い。

「ちょっとでもラクしようなんて… やっぱり乗り気じゃないんだな、今回。」

「ん? ああ… 植物みたいに自分の身を守れない生き物を手にかけるのはねえ… 第一、不老不死になりたいって動機が気に入らないよ。」

眉を顰め、パールが言う。

 通り抜ける風は緑の清々しい香りもするのに、ロマンも美学もない相手のために月下美人を手折るのかと思うと、彼女は気分が沈んでいくのを感じた。

…ソウジャナイダロウ。

可憐に咲く花も、美しく出来の良い作品も、魂を浄化してくれるものであって、欲望を満たしたり人に見せて自慢したりするためのモノじゃあない。そう、パールは考えている。確かに自分も古美術や宝を集めはする、が、己の懐を暖めたいからじゃない。断じて違う。アタシは─…

「なあ、クイーン・パール!」

くりあに声をかけられて、はっと我に返る。

「どうしたんだよ、ボーっとして。馬から落ちても知らないからな。」

「ああ、悪かったね。心配させたかい? アタシは大丈夫さ。」

「大丈夫って… まあ、あんたがそう言うんだったら…」

馬を駆り、野を、森を越える。特に話すこともなくなって、二人はほぼ無言で馬を走らせた。


 目指す針葉樹の王国までは馬の足でも何日もかかる。町や村があれば宿も取れるが、旅と言うものがそう調子良く進んでくれる訳でもなく。野宿も当然しなくてはならなくなる。

「毎度のことだけど… さすがに体がいてえ…」

最後に立ち寄った町を離れて一週間。近くに町や村が見当たらず、当然のように連夜の野宿で、くりあは体をさすりながらぼやく。

「諦めな。まあ後一日走らせれば、村に辿り着ける予定だしねえ。」

地図を広げ、パールが言う。世界中を渡る彼女にしてみれば、野宿なんて今さら苦に値しないと言ったところか。

「…うぃーす。一週間ぶりでまともな飯が食えるんだなあ。」

携行食で口をもごもごさせながら、くりあが言う。

「まあそういうことになるね。さてと。そろそろ行こうか?」

身支度を整えながらパールが言う。慌てて水を口に含んで、すりあも身の回りを整える。

「…じゃあ、行こうか。」

くりあが出発する準備を終えたのを見て、既に馬上のパールが歩を進める。続けてくりあも馬を走らせる。


 馬を飛ばしてみたが、村に着くには一歩及ばず夜が訪れた。

「なあ、今日も野宿するのか? もう少しで村に着きそうなのに。」

野宿続きで疲れきっているくりあが、馬を繋ぎ野宿の準備をするパールを見て口を尖らす。

「…。地図で見る限り小さな村さ。夜更けに村に入っても、宿も何も借りることは出来ないだろうねぇ。下手をすると不審者扱いされて村から追い出されてオシマイさ。」

くりあを一瞥して、パールは焚き木に火を点ける。

「えー… 不審者ってそんなぁ…」

泣きそうな顔で、くりあは馬から降りる。

「他の町や村と頻繁に交流があるなら、そんな心配は要らないんだけどねえ。…こういう、森に囲まれた、孤立しがちな小さな村って言うのは余所者に対して警戒心が強いのさ。」

「ふうん。でも、明日になったら村に行くんだろ? 一日くらいは泊まるよなあ?」

「そうさね、まだ目的地までは距離があるし、少しは疲れをとっておいた方が良いだろうねぇ。まあ、でも一泊だけだけどね。」

「…ホントに一泊だけ… まあいいや。しょうがねえなあ、今日も野宿か。」

渋々くりあは野宿の準備を始める。馬を繋ぎ休む準備を手慣れた調子で終わらせると、二人は夕食を取り、交代で休む。


 ふくろうの鳴き声が森の中に木霊する。夜が更けるにつれ寒さ以上に気味悪さが増殖する。何回野宿しても、この薄気味の悪さだけは心臓に悪いよなあ… そう、くりあは身震いするのだった。

「…て言うか、なんでこの人はこうヘーキで寝てられるかな。」

ふくろうの鳴き声も、木々のざわめきも、真夜中それも野宿だと気味が悪いじゃないかよ。と、焚き火の向こう側でぐっすりと眠っているパールを見て、ため息が出るくりあだった。

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