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呪いからの解放とガラスの塔の末路

そう、ここは…

「あっ、ここ、もしかして月下美人の居るフロア?」

一面の花畑が広がる。辺りを見回したくりあが言った。塔は、以前来た時の状態に戻っている。白の魔族が去ったからだろう。


「どうやらそのようだね。…ああ、これから日が沈むところだね。」

「何とか間に合ったようじゃな。」

と、三人は一息つく。


「…でも、塔があんなになってたのは、夜の国の女王のせいじゃ無かったんだな~。」

と、魔族の言葉を思い出したくりあが呟いた。

「そのようだね。女王は約束を守ってくれるみたいで良かったよ。」

と、パールが。まあ尤も、蜃気楼の百合を持って来れないと思っているか… さっきのように誰か他の配下が茶々を入れる事を想定して自らは何もしなかった可能性もあるけれど、と、パールは眉を顰める。

「どしたの、クイーン・パール?」

「いや…」

そう答えながら、ルビィに視線を送る。やはりまだ油断はならない、と、彼女の表情も物語っている。結局、夜の国の女王の腹の内はまだ分からない。


 マア ミナサン オヒサシブリデス

 ゴブジナヨウスデ ナニヨリデスワ


ふと、再開を喜ぶ月下美人の声が響いた。

「あっ、月下美人が居る。なあ、まだ一週間、経ってないんだよな、ギリギリ。」

心配そうに、くりあが月下美人に確認する。結局肝心のタイムリミットに間に合ったのか、と。魔物の腹の中やら、魔族の作ったフロアの中やらで、もはや時間の感覚が無い。


 エエ… コンヤガ ソノキゲンノヨルデスワ


 不思議そうに月下美人が答えると、三人は胸を撫で下ろした。一先ず、首の皮は繋がっている。後は、夜の国の女王がどう出てくるか、だけだ。


「よし、じゃあ早速夜の国の女王に来てもらおうか、ルビィ。」

悩んでも仕方が無い、と、パールは気持ちを切り替えてルビィに言う。分かっているよ、と、答えたルビィが呪文を唱える。


 空間が闇色に染まったら、切り裂かれ夜の国への扉が開く。

「妾を呼んだかえ? ああ、そなた等か。おお、今日が約束の日であったな。どうじゃ、蜃気楼の百合は。」

夜の国の女王がなにやら楽しげに問う。…ああ、これは失敗したと思われたのかな? と、くりあはなんとなくムッとする。構わずパールが、

「こちらにお持ち致しました。どうぞ、お取りくださいませ。」

そう、蜃気楼の百合が封印されている水晶玉ごと夜の国の女王に差し出す。


「ほっほ… なるほどのぅ。実体を持たぬ蜃気楼の百合を、人の子が如何にして差し出すかと思えば。」

水晶玉を受け取り、微笑を漏らし、

「これは影の魔物の腹の中にしか咲かぬ希少な花じゃ。あれは一向に妾の呼びかけに応えんのでな。如何にしてこの花を愛でようかと思っていたところじゃ。」

水晶から蜃気楼の百合を取り出すと、花を愛でながら夜の国の女王が言った。


「それに、この花があれば…」

ふふ… と、意味深な笑みを浮かべている。パール達も、月下美人も、月の魔物を解放してくれるのか訊きたい衝動に駆られていたが、言葉を呑み込む。ここで、迂闊に声をかけ、気分を害してしまっては、これまでの全てが水泡に帰してしまう。流石のくりあも、押し黙り、状況を見守る。


水を打ったように静まり返る。ふと、

「おお、そうじゃ。月の魔物との契約であったな。」

思い出したかのように、夜の国の女王が言った。ドキリ、と、するパール達。どう来る?

夜の国の女王は何かを思い巡らせているのか、視線を外に向けた。


「…まあ、よいじゃろ。…これへ。」

何かを納得したらしい夜の国の女王が右手を挙げた。すると、空間が揺らいで、月の魔物が現れた。夜の国の女王に因る召喚だからか、月の魔物は大人しい。

「約束のとおり、そこな月の魔物との契約は破棄してやろう。」

そう、夜の国の女王が言うと、月の魔物の姿が次第に人の姿へと変化していく。それと同時に月下美人の呪いも解けたのか、完全な人の姿に変わっていく。


「妾は帰る。もう、妾を呼ぶでないぞ。人の子よ。」

そう言い残し、夜の国の女王は自分の国へ帰っていった。


「無事終わったみたいだな~。」

数百年ぶりの再会に、言葉も無くただ涙し抱き合う恋人を目にし、ほっと一息をつく、くりあ。


「…ちょっと待て? なあルビィ… このガラスの塔って…」

はっとして、思わずルビィの方を向くパール。

「ああ。私もあまりいい予感はせんの。」

その視線を受け、ルビィもまたパールを見て答える。

「何言ってんの二人とも?」

表情が明るくないパールとルビィの様子に首を傾げるくりあ、そんな三人に、


 アリガトウゴザイマシタ

 スベテハ アナタガタノオカゲデス


そう、月下美人が微笑みかけた。

「今度は迷わずあの世に行くことだね。」


 エエ ソウシマスワ

 ソレデハミナサン コレデオワカレデスネ

 ミナサンノ ゴケンショウヲ オイノリシテイマスワ


これ以上に無い、そう思わせるほど可憐な微笑みを残し月下美人は恋人と手を取りこの世に別れを告げた。それと同時に、ガラスの塔の最上階フロアが音も無く消え始めた。


「うっ、うわあぁあああああぁっ! 何、なんで!?」

体がものすごいスピードで地上目掛けて落ちていく。くりあが、悲鳴交じりの声で叫んだ。


「ガラスの塔を作った月の魔物が居なくなったからだろうねえ… あ、見な、月の花も落ちていく。花の雨みたいだねえ。」

夕日を受けてきらきらと淡く輝きながら、ガラスの塔に敷き詰められていた月に咲く花も、パール達と一緒に地上に降り注ぐところだった。


「相変わらず余裕こいてるけど、このまま行ったら死んじゃうよ、俺達!!!!」

ミンチだよ! と、悲鳴を上げるくりあ。

「あっはっは。まあ、大丈夫だろうよ。」

「そうは言うけどっ、もう、地面が目の前…っ!!!!」


がくん、と、地面すれすれで三人の体が宙に引き止められた。

「…! っ、は、あ、あれ? 死んでない? てか、何でこんな中途半端な… ぶっ。」

「ごちゃごちゃお言いでないよ。ああ、ほら。ルビィの機嫌を損ねた。」

地面に激突する直前で宙に止まっていたくりあの体が、魔術を急に解かれて地面に落ちた。


「さてと。これで私の役目も終わりかのぅ。」

地面に降り立ち、ルビィが言った。それを聞いたパールが、

「ルビィ、悪いけど王都の外まで運んでくれないかい? 許可証ナシで入り込んでるから、このまま森を抜けて、ってわけにゃいかないよ。」

と、最後の一仕事があるよ、とルビィに肩を竦めてみせる。


「ああ、そう言えばそうだったね。やれやれ。王都の外までなんて面倒だな。そうだ、馬もあるから一緒に帰るか。」

「それでいいよ。」


「あ、あの~…」

二人の会話を遮るのに、恐る恐る挙手をしながらくりあが割り込む。

「なんだい? くりあ。」

「結局さあ、俺、あの依頼主にはなんて言えばいいワケ?」

忘れちゃいけない。今回の冒険は月下美人の呪いを解く為じゃなく、本来は月下美人を手に入れるという依頼に因るものだったのだから。


「…。ああ、それならそこにある月の花を持ってお行き。そして、月下美人というのは長い間に歪曲したらしい、と。ガラスの塔には、この月の花が咲いていた、ってね。」

少し考えて、パールがもっともらしい言い訳をくりあに吹き込む。

「あ、そっか。ガラスの塔に咲いていたのは事実だし… ある意味月下美人より希少価値はありそうだもんなあ。」

そう言いながら、適当に月の花を回収し始めるくりあ。


「そうだ、一緒に帰るのは良いんだが… 魔女のばあさんに月下美人の呪いが解けたことを知らせなきゃいけないんだった。」

思い出したようにパールが呟く。

「やれやれ最後まで手のかかる女だね。仕方ない、後で使い魔を送ってやろう。」

「ホントかい? そりゃ助かるね。くりあ、花はそのくらいで良いだろう?」

「ん~了解。もう帰る?」

両手一杯に月の花を抱えて、くりあが振り返る。


「ああ。…ルビィ? なんだい浮かない顔をして。」

「いや… 少し… このソウル・イーターのことが気になっただけだ。帰ろうか。今回はかなり疲れたよ。」

そう言ったルビィは、思案に暮れた表情のまま飛翔の魔術を使った。

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