ガラスの塔攻略と白の魔族の脅威①
扉を開けて、中に入る。人間の作ったものじゃないんじゃから、気を抜いてくれるなよパール。そう、ルビィの言葉を受けての事だ。
「うわっ!?」
一歩足を踏み入れるが早いか、くりあが叫んだ。辺り一面の闇。入ってきた筈の入り口も、次の階に続くであろう階段も出口も見当たらない。壁も、床も。自分が立っているのか、横になっているのかも、分からない。なのに、お互いの姿だけははっきりと、闇の中に浮かんでいる。
「あっはっは。これは凄いねえ。確かに、人間じゃあ、こんなフロアは作れない。」
闇に浮かび、一人愉快だと笑うパールに、
「暢気に笑っている場合じゃないぞ、パール。この闇の中では、時間の感覚さえ狂ってしまうじゃろう。下手をすると、影の魔物の腹の中と同じ事になりかねないからの。」
「ええっ!? そりゃマズイんじゃないの? クイーン・パール、笑ってないで何とかしないといかんでしょ?」
と、ルビィとくりあがそれぞれ言うと、
「それもそうだね。とはいえ人間の作った罠ならアタシも何とかできるんだけどねえ… 夜の国の女王の力で作った罠なんだろう? こうなったらアタシは罠を楽しむしかないんじゃないかと。」
と、二人の言葉に頷きながらも、パールは一人楽しそうに辺りの様子を窺っている。
「…あんたって人は…」
「分かった分かった。パールもボウヤもこっちに来るんじゃ。仕方ないのぅ、私が何とかするしかなかろう。」
溜息を一つ。それからルビィが二人に向かってそう言った。
「あああ… なんか、物凄くルビィ・アイが頼れるお姉様って感じがする…」
くりあは目を輝かせて、ルビィを見詰める。…なんか気持ちが悪いのぅ、と、ルビィが呟いた。そんな様子を見て、パールがくりあに視線を送りながら、
「じゃあ、アタシはなんなんだい?」
と低い声で訊く。
「…え? えー… と…? そりゃ、ま、頼れる… 姐、御…?」
しどろもどろに答えるくりあに、パールは物凄い威圧感で迫る。
「なんだよぅ、その目は! だってしょうがないだろ!!」
と、口答えしながらも、後退さるくりあだった。そんな二人に業を煮やしたルビィが怒鳴りつける。
「いいから早くするんじゃ、お笑いコンビが!」
なんか一まとめにされちゃってるんですけど? と、くりあは呟いて、パールと共にルビィの元に向かう。歩いているのか、泳いでいるのか。とても不思議な感覚に襲われる。
「いいかね、私から離れるんじゃないよ。」
と、ルビィが言い聞かす。パールが彼女の体に腕を回し、もう片方でくりあを掴むと、
「ああ、分かったよ。」
と答えた。それを聞いたルビィは、魔術で次のフロアを探し始める。
「見つけた。そのままちゃんと捕まってるんじゃ。」
そう言ってルビィが飛翔の魔術を使い、闇の向こう側を目指して飛ぶ。それは僅かの間、と思われた。高速で飛んで、急に減速し、止まる。ルビィ? とパールに声をかけられ、
「着いたようじゃ。ドアがあるのぅ。ただ、次のフロアに足を着くまでは、私から離れんようにするんじゃよ。」
と、答え、闇の向こうに手を伸ばす。ガチャリ、と、音がして、光が溢れた。
「うわ、眩し…」
と、思わず声を上げるくりあ。
光に目が慣れるのを待って、一歩ずつ、そのフロアに足を踏み入れる。見れば、螺旋状の階段がひたすら上に向かって伸びている。
「暫くは階段を上れって? 単調だねえ… 罠でもあれば楽しいんだけど。」
つまらなそうに、パールが呟いた。今はそれどころじゃなかろう、と、呆れ顔のルビィを隣にして。
「あれ? 外が見えるよ?」
道理で眩しいはずだよね、そう言いながら、くりあが壁際に駆け寄る。陶器で出来ていた筈の壁、内側からはガラスのように外の様子が伺えた。
「…ああ、大変だね。ルビィの言ったとおりだ。アタシの感覚じゃ、あの暗闇の中には、せいぜい十分程度しか居なかったと思っていのに… もう、日があんなに高い…」
と、空と、地に移る影を見やり、パールが言った。そして眉を顰め続ける。
「もう、昼近いな…」
「えっ? ちょっと、どうするの? 地上より幾らか上に来てるみたいだけど、月下美人の居る場所って…」
螺旋階段の先を見やり、不安げに言うくりあの言葉は徐々に小さくなっていく。
「遥か彼方じゃな。まあ、この先罠なんぞなくても、魔術無しで半日で登れる高さとは思えんのぅ。」
外の景色から残りの距離を割り出したルビィは、頭が痛いのぅ、と溜息と共に吐き出した。
「と、言う事は、無駄話も罠を楽しむのもこれからはナシって事かね…」
そう言って肩を落とすパールに
「何をつまんなそうに…」
と、くりあは呆れ顔で言う。
「しょうがない、行くか。」
そう言って、早々に気持ちを切り替えたパールが駆け出した。その後について行く二人。
暫くの間、罠にも遭わず無事に、ただひたすら階段を上り続ける事が出来た。
「…なんか、おかしくないかい? ルビィ。どうも、上に登っている気がしない。外の景色が変わっていないよ、さっきから。」
そう。階段を駆け上がった始めのうちは、歩が進む度に地上が遠退いていた。だけどある時を境に、景色が動かない。
「…。試したい事があるんじゃが。」
そう言ってルビィが立ち止まった。
「なんだい?」
「ボウヤだけ、先に進んで欲しいんじゃがのう?」
「あ? 俺だけ? なんで?」
「いいから早くするんじゃ。」
と、ルビィに蹴りだされ、くりあは渋々階段を駆け上がる。人使いが荒いのは、クイーン・パールと一緒だよなあ… と、ぼやきながら。
「ルビィ、こんな事をして一体何の意味が… って、くりあ?」
「あれ? クイーン・パール、ルビィ・アイ、なんでここにいんの?」
くりあだけを先に進ませた理由を聞こうとした時、背後からの足音に気付いたパールが振り返る。そこには、先に進んだ筈のくりあの姿があった。
「やはりのぅ。どうやら、何時の間にかループさせられていたようじゃのぅ。」
と、さらっとルビィが。俺、一週分走り損? と言ったくりあを置いて、
「どうしようかの? パール。」
ふいっとパールに視線を移すルビィ。
「んん… どこかの遺跡で似たような罠に遭った事があるよ。確か… その時は何処かに、そうだ。壁の中に感覚を狂わせ幻覚を見せる香が仕込まれていたんだ。ずっと同じ場所で足踏みをさせられていたってオチさ。」
肩を竦ませパールがルビィの問いに答えた。
「でもさ、今回は一周したみたいなんだけど? それに、あん時みたいに香の香りはしてないよな?」
くりあが首を傾げ、パールに確認するように言う。二人の話から結論が出たらしく、
「と、言う事は、何処かで空間が歪んでいるという事じゃな。今度は走らずにゆっくり歩いて行こうかのぅ。少しでも空間が揺らいでいないか、注意しながらじゃよ。」
と、ルビィが二人に指示する。
止めた足を再び動かす。今度は、空間に異変がないかを探しながら、の移動だ。
「…ルビィ、これは何だと思う?」
外側の壁に不思議な紋様を見付けたパールが声をかけた。よく見ると、うっすらと青い色の紋様が浮かんでいる。空の青に溶け込むように。
「なんか、壁が透明だから浮かんでるみたいだな~。あっ、こっちにもある。…ただの模様じゃないの? 壁画みたいな。」
そう言って、無防備に紋様に触れるくりあ。
「ボウヤ、勝手な行動は…っ、」
その瞬間音も無く塔が足元から崩れ始めた。




