オアシスの集落から蜃気楼の町へ
一方。
「うわあぁああぁああああぁあ… …、っだああっ!」
ドスン、と、音が響く。乾いた砂が舞う。
見渡す限り、一面の、砂、砂、砂。乾き切った砂漠が広がっている。
「着地くらい、自分でして欲しいものじゃ。」
「相変わらず間抜けな格好だねえ。」
一人、着地に失敗したくりあを見下ろして、ルビィとパールが口々に言った。
「ってえ… てか、ちょっとは心配したらどうなんだよ!」
舞う砂塵に咽ながら、くりあは訴える。
「さて。どうするんじゃ? パール。」
周囲を見回し意見を求めるルビィに、肩を竦めたパールが答える。
「どうもこうもないね。夜明けまでまだ時間があるし… 近くの町か村を探して今日はもう休もうかね。どう頑張ったところで、夜に蜃気楼の町は探せないだろう?」
「いや、パール、お前のことだから野宿とか言い出すんじゃないかと思ったからのう。」
「砂漠で野宿は昔、死にかけたからやらないよ。」
けろっと、パールが言うと、
「…。経験済みとはの… 相変わらず無謀な女じゃよ。」
呆れた、と、ルビィは呟く。
「あのー… 俺のことは無視ですか?」
「ほら、行くよ、くりあ。」
恐る恐る口を挟むくりあに、そう即してパールが歩き出す。
「そーですか。」
いいですよ、もう。そう拗ねた口調のくりあは仕方なく二人の後を付いていった。
「って言うかさ、イキナリこんな砂漠のど真ん中に来たけど、アテあんの?」
ふと、思い出したように、くりあが訊いた。
「…アタシにくっついて旅をしてる割に、ホントに物を知らない子だねぇ。」
可哀相な子を見るように、くりあを見てパールが溜息を漏らした。
「ちょ、ちょっと! そんな目で見ないでよ! なんか俺、駄目な子みたいじゃん。」
「…駄目な子ほど可愛いと言うからのぅ…」
遠い目でルビィが追撃する。泣きそうになるくりあ。
「…蜃気楼の町の目撃情報は、この砂漠に集中しているんだよ。」
「ふぅん…」
パールに教えられ、くりあは夜に沈む砂漠を見渡した。空気が冷たく沈んでいる。
暫く歩くと、小さなオアシスの傍に集落があるのを見つけた。オアシスを渡り歩く、砂漠の部族の一つなのだろう。オアシスを囲むようにテントが張られている。
「問題は、こんな時間に俺らを受け入れてくれるかどうか、っつうことだよなあ。」
その集落に向かって歩きながら、くりあがぼつりと言った。
「なんとかなるさ。」
「…アンタ、前に夜遅くだと不審者って疑われるって…」
「何か言ったかい?」
「…いえ、なんでも…」
「漫才する余裕なぞ無いと思うんだがのぅ。」
ルビィが集落の方を指差して言った。
「ん?」
見ると、幾つもの松明のものらしき明かりが見えた。それは集落の方に集まっていく。
「何か―…」
パールが呟きかけて、背後に火の気配を感じた瞬間、
「誰だ!」
野太い声が三人の背後から威圧的に放たれた。
「旅の者ですが?」
振り返ったルビィが、にっこりと応える。そこには二人の男がいた。
「こんな時間に?」
訝しげに一人の男が聞き返す。
「急ぎの用がありましたから… あちらのオアシスの方々でいらっしゃるんですか?」
首を傾げ、パールが尋ねる。
「そうだが…」
品定めするように、じろじろとあ三人を見る男達。
「一晩、宿をお借りしても宜しいでしょうか。」
にっこりと友好的な微笑を見せるパールとルビィ。それぞれの口調まで普段と違う。
「…今晩は難しいだろうな。先刻、不振な物音がしたので、今、村の男たちで見回りをしているところだからな。」
「…え? それって… もしかして…」
くりあが苦笑いをする。もしかして俺の不時着の音? と言いかけて、恥ずかしさに視線が泳ぐ。その言葉に、オアシスの集落の男が食いつく。
「なんだ、坊主、何か知っているのか?」
「坊主って、何でみんなして俺のことコドモ扱いするかな?」
パール達だけでなく、初対面の相手にまで坊主呼ばわりされ、くりあが口を尖らせた。
「悪かったな。で、君は何か知っているのか?」
「いや… 俺達この近くまで飛翔の魔術使ってきたんだけど、俺、おもいっきり着地に失敗しちゃって…」
恥ずかしそうに視線を落とし、頭を掻きながらくりあが答えた。
「何っ? 一体どういうことだ!」
「…全く。」
空気を呼んでいない発言をしたくりあに、目も当てられないと肩を竦めるパールだった。
「わたくし達、蜃気楼の町の噂を耳にしてから、一度この目で見てみたいと思いまして。ゆっくり旅をしても良かったのですけれど、このこが早く見たいというものですから。」
と、しれっとした調子でルビィが取り繕う。
「ちょっ…」
「黙っといで。」
反論しようとしたくりあの口を、パールが塞ぐ。
「? 何だ?」
「いえ、何でもありません。」
にっこりと微笑んで誤魔化すパール。
「それにしても蜃気楼の町か… まあ、魔物じゃなかっただけ良しとするか?」
「そうだな。オレは族長に伝えてくる。お前はその人達を連れて来い。」
「ああ。それじゃあ、あんた方。宿屋は無いが、一晩位なら泊めてやる事も出来るだろう。一緒に来るといい。」
男たちは顔を見合わせ話し合って結論を出すと、一人が先に集落に戻り、もう一人がパール達を先導した。
「よろしくお願いしますね。」
と、ルビィがにっこりと微笑む。…ああやって、クイーン・パールみたいに何人もだまくらかしてきたんだろうなぁ、と、ルビィの笑顔を見たくりあは思った。
「…女ってコワイよなあ。」
「何か言ったかい?」
思わずくりあの口を吐いて出た言葉を聞き逃さず、パールがコワイ笑みをくりあに向ける。
「早く休みたい! って言ったの。」
地獄耳だ。今度は口に出さず、心の中に仕舞うくりあ。
「へえ? …ああ、もう着くじゃないか。」
幾つかの篝火の下で、集落の人々が外を警戒し窺い見回る姿が確認できた。
もう少しで到着、といった時に。
「悪いが、少しここで待っていてくれないか?」
そう言って、三人の前を歩いていたこの集落の男は、足早に集落の中に姿を消す。
「何? 何で?」
「族長に報告でもしに行ったんじゃないか。所詮アタシ達は余所者、ってコトだねぇ。」
「…まぁ、騒ぎの原因でもあった訳じゃしのぅ。妥当な反応じゃろうな。」
暫く待つと、男が戻ってきて、
「族長がお会いになると仰っている。族長のテントに案内するから、ついて来てくれ。」
そう三人に告げた。顔を見合わせ、三人はおとなしくその男の後ろをついていった。
集落では、不安げな表情がテントの中から三人の様子を伺っている。
「そんなにイヤなら、最初から俺らのこと中に入れなきゃいいのになあ。」
ヤな感じ、と、くりあが呟く。
「バカだね。不安要素だからこそ、だよ。自分達の目の届く範囲において、監視しようってとこだろ。」
「それに、魔女の逆恨みを避けるためじゃろう。」
と、小声で三人が言葉を交わす。そうしているうちに、大して広くもない集落なので、目的の族長のテントの前まで来ていた。
「中に入っていいぞ。」
と、中から声をかけられたので、
「失礼します。」
と、三人は恭しくテントを潜る。
中には、白い髭を蓄えた族長が座していた。
「ヌシらか、蜃気楼の町に入りたいなどと言う酔狂な連中は。」
日に焼けた肌のせいだろうか、痩せ細った体躯でありながら、彼からは力強さと、長らしい威厳と迫力が感じられる。
「その通りでございます。」
ルビィが恭しく答えた。
「…蜃気楼の町は、見ることくらいは叶うだろうが… ところで、ヌシらは、名はなんと申す。」
「私はルビィ・アイと申します。そして、こちらがクイーン・パールと、くりあ・クォーツと申します。」
と、ルビィが答えた。パールとくりあは、軽く一礼する。
「そうか。聞いた事があるぞ、クイーン・パール。蜃気楼の町を目指すのも頷ける。だが、先刻の騒ぎはヌシらだと聞いたが…」
「はい。どうやらお騒がせしてしまったようで、申し訳ありませんでした。」
と、パールが深々と頭を下げた。
「ふむ。この所この界隈では魔物の横行が目立つようになった。みな神経質になっておる。まあ、今回の騒動は魔物が原因でなくて何よりだったが… 蜃気楼の町を目指すなら、ヌシらも気を付けるが良い。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「テントを用意させよう。今日はもう晩い、泊まっていくが良い。」
「お気遣いありがとうございます。」
「誰か、案内を頼む。」
族長の言葉に、テントの中に居た女性の一人が立ち上がった。
「こちらへどうぞ。」
穏かな笑みを浮かべた彼女が、そう言ってテントの外へ出て行ったので、
「それでは失礼致します。」
族長に一礼し、三人はそのテントを後にすることに。外で待っていたその女性に合流する。
「ごめんなさいね、居心地悪いでしょう?」
少し歩いて、彼女が声をかけた。何人かが、相変わらず物陰から三人の様子を窺っている気配があるのだ。見世物みたいだ、と、くりあが呟いたのが聞こえたのだろう。
「いえ、こんな夜更けにお邪魔したこちらにも非がありますから。」
気にはなる、が、自分達に害を及ぶ訳でもないのもまた事実なので、パール達にしてみれば他愛もないことだった。くりあもそれを分かってはいる、ただ、必要以上の視線が少し鬱陶しくなって出た一言だった訳で。
「貴方達は優しいのね。今日は、こちらのテントに泊まっていらしてね。…ああ、皆さん一緒の場所じゃない方が良かったのかしら?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、一緒で大丈夫ですよ。」
相変わらずの調子でルビィがにこやかに答える。
「そう?」
「兄弟ですから。」
と、さらっとパールが付け加えた。…誰がいつどこで兄弟になったの? と言いかけたくりあに影から一撃を入れて、だ。
「それなら平気ですね。さあ、どうぞ。」
女性はそう言って予備のテントに案内する。甲斐甲斐しく世話を焼く姿に、他の人とは違うね、と、くりあがパールに耳打ちする。黙っておいで、と、返されてしまったが。
「蜃気楼の町を探しているそうですけど…」
テントの中で一息吐いた時、女性が言葉をかけてきた。
「ええ、そうですが?」
「やはり、蜃気楼の町に眠るという財宝がお目当てなのでしょうか?」
と、そう言った時、急に穏やかだった女性のその表情に翳りが見えた。
「いえ、アタシ達は財宝のために旅をしている訳ではありませんから。」
パールがきっぱりと言い切ると、
「そう。それなら良かったわ。」
と、ほっとした表情をみせ女性が言った。だが、その笑みにはまだ陰りがある。
「? 何? どうかした?」
と、沈んだ調子の女性に、くりあが問い掛ける。
「…一時期、蜃気楼の町の財宝を目指した多くのトレジャー・ハンターが行方不明になりましたから。私達には確かに影響はありませんけど… 砂漠で行方不明は死を意味します。自分達の住むこの砂漠で無闇に命が亡くなっていくのは、居た堪れませんもの。」
と、浮かない表情で女性は語る。それを聞いたパールが言う。
「と、なると、帰りにも顔を見せた方が安心かい?」
「…そう、ですね。その時はおもてなしもちゃんとできると思いますわ。」
「ああ、そんな気を遣わなくていいよ。それに、急ぎの用事もあることだしね。」
「明日も早めに発たせて貰う事になるじゃろうしな。」
と、早速くつろいだ様子のパールとルビィが言う。
「まあ、それでは早くお休みになられたいわね。御免なさい、私気付かなくて…」
「お気になさらずに。」
少しの雑談の後、三人はこの日の休息を取った。
パチパチという篝火の燃える音。後は静寂が包む、砂漠の夜が更ける。テントの外は、砂と闇。凍える空気を伝う、砂を弄ぶ風。深い、深い眠り…




