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明かされていく過去と呪いの根元

「哀れ、な…」

目を閉じたルビィが、溜め息を漏らした。


「ルビィ… 一体何が見えたんだい?」

固唾を飲んで見守っていたパールだったが、眉間に皺を寄せるルビィの様子に、思わず声をかけていた。

「…月の魔物、の、正体… この月下美人と同じように、この魔物もまた、強力な呪力に縛られた死んだ人間の魂じゃ。」

静かに瞼を開いて、その視線を月の魔物に移したルビィが呟いた。声色も瞳の色にも哀れみに染まっている。ルビィの答えにパールは、だから攻撃が当たらなかったんだね、と呟いてまた沈黙し、変わってくりあが畳み掛けるように問う。

「…? それってどういうこと? 月の魔物も呪いにかかってんのか? 一体何の呪い?てか、じゃあ、なんであのひとを攫って、月下美人にしちゃったんだよ。」

と。だが、ルビィの視線は月下美人に移る。

「月下美人、訊きたいことがあるんだが。」

「俺、無視?」

自分の疑問をスルーされ、くりあが呟く。だけどそれ以上食い下がらないのは怖いから。


 ナンデショウカ


何時の間にか完全に花開いていた月下美人が、ルビィに応えるように花びらを震わす。そうして、静かに人の姿に変化した。

「あんたの身の上話じゃよ。どこの国の、どういう人物で、あんたの周りには、どんな人間がおったのか。そして、一体どういう時に、この月の魔物が現れたのかをのぅ。」


 ワタシ ノ コト    …ワカリマシタ


ルビィの問いかけに、首を傾げた月下美人だったが、ルビィに向き合い語りだした。


 ワタシハ オアシスノクニノ オウジョデス

 ワタシニハ チチトハハ ソシテアニガ アリマシタ

 ワタシノクニハ リンゴクノ イクサニマキコマレ

 ソノタメニ ワタシノ コイビトハ

 シダンチョウトシテ センチニ オモムキ

 ソレカラシバラクシテ ツキノマモノガ アラワレマシタ


「…戦争かぁ。いいもんじゃねえな…」

月下美人の話を聞き、くりあが顔を顰め呟く。

「そうか。…その恋人が戦場に行ってからどうなったのか、あんたは知っているかの?」

と、構わずルビィが更に月下美人に問うた。


 イイエ

 ソレヲ シルマエニ ココニ ツレサラレテシマイマシタモノ


視線を落とし、月下美人が答えた。それを聞いたルビィは目を閉じ軽く溜息を吐いた。

そして、

「…。そうかの。…あんたの恋人はの、…戦死、したんじゃよ。」

再び月下美人に向き合うと、抑揚のない声でそう言い切った。


 ソンナ…

 ワタシハ モウニドト アノヒトニハ アエナイノデスカ


「ちょ、なあ、なに言い出すんだよ、ルビィ・アイ。だいたいさ…」

突然の死の宣告に、むしろくりあの方が動揺を隠せない。

「ルビィ…?」

そう、言いかけてパールはルビィの言った仮説について考えてみた。

「ボウヤは黙っとるんじゃ。その戦死した恋人は、どうなったと思うかの?」

「まさか…」

パールの顔色が変わった。いや、有り得ないことじゃない… そう呟いて、パールは押し黙ってしまった。

「なに? クイーン・パール何か分かったのか?」

眉を顰め、くりあの問いにさえパールは沈黙する。その様子に只ならぬ気配を感じ、くりあも言葉を無くした。


 イエ アノヒトノコトヲ アナタハ ゴゾンジナノデスカ


切なそうに、月下美人は花びらを震わせている。

「…まぁ、私も今知ったんじゃがね。…のぅ、月下美人、何故月の魔物はあんたを攫ったと思っておったかね?」


 イエ ワタシハ… カンガエタコトモアリマセンワ


ゆっくりと、首を横に振りながら月下美人が答えた。それを見たルビィが静かに答える。

「…。死んだ後も、あんたのことを忘れられなかったからじゃよ。」


 ソレハ ドウイウ…


「死んだ後? え? 月の魔物って、月下美人の知り合いだってこと?」

ルビィの言葉に、くりあが反応する。そして、月下美人もまた…


 マサカ ソンナ…


「そうじゃ。この月の魔物は、死んだあんたの恋人じゃよ。あんたの事が忘れられず、あんたへの想いが死を以てしても断ち切れず、死の国へ逝く事が出来なかったんじゃ。…そうして、夜の国の女王の眷属に成り下がったんじゃろう。再びあんたに逢う為にのぅ。」


 ソンナ コトガ


「だがの、一度死んだ命。月の眷属になった命。姿形は人である事を失い、人の言葉も失ったんじゃ。あんたはそれに気付けなかったからのぅ。悲しみは憎悪に変わり、それでもあんたを愛し続けていたから、月の魔物はあんたを攫い、いつか気付いてくれるものと、馬鹿げた夢を見続け、あんたをここに、今も縛っているんじゃ。」

泣いているのか、もはや涙も涸れ果てた月下美人代わりに、はなびらが震えている。音も無く、弱々しく。

「…なあ、ルビィ・アイ。どうにもならないのか?」

その悲哀に満ちた姿に、見ていられなくなったくりあがルビィに訊く。

「やれやれ… 疲れるのぅ。まあ、いいじゃろう。」

ふう、と、溜息を吐いたルビィだったが、その表情は優しい。

「月の魔物は呪いとは違うんだろう? ああ、月下美人もただの呪いとは違ったんだね。どうするんだい? ルビィ。」

それまで押し黙っていたパールが口を開いた。いつに無く神妙な面持ちで。

「そうじゃな… 月の魔物が交わしている、夜の国の女王との契約を断ち切るかのぅ。そうすれば、魔物は元の魂に戻り月下美人の呪いも消えるはずじゃ。まずは魔物の意識を元に戻さんといかんかのぅ。」

「意識? 正気じゃねえのか?」

「月の魔物となってから久しいな。オアシスの国といえば…」

ルビィは、ちら、とパールを見る。

「そうさね。…二百年ほど前に滅んだ国だ。」

月下美人の手前か、パールがためらいがちに応える。


 ナンテコト モウ ソレホドノ トキガナガレテイタノデスカ


「二人共さ、もうちょっと、言い方ってないの? 月下美人がショック受けてるじゃねえか。なんでそう重大な問題をさらっと言っちゃうかな?」

「ああ、悪かったね。」

くりあに突っ込まれ、流石に悪かったと思ったパールが月下美人に頭を下げた。


 イイエ ソレガジジツデアルノナラ

 ワタシハ メヲソムケルワケニハ イキマセンモノ


そう答える月下美人の声は悲壮な決意が滲んでいた。

「まあ少なくても、二百年は魔物として生きてきたわけだ。コイツはね。」

視線を魔物に落とし、パールが言った。やり切れない、と。

「なあ、でもさ、ずっとこの花だけは大事にしていたんだろ? だったら、正気じゃないなんてこと…」

そうだ。二百年もの間、ずっと月下美人を護り続けてきたのだから。たとえそれが、魔物の独りよがりな行為だったとしても、だ。

「…人間だったことは覚えておらんじゃろうなぁ。人の言葉も忘れているはずじゃ。…唯、この花を大事にしなければいけない、守らなくてはいけない、ということだけが魔物の中に残っているに過ぎんじゃろう。あるいは、それが、それだけがヤツの行動原理だったのかもしれんのう。」

哀れむように、ルビィは視線を落とした。

「それでずっと今まで? 自分が人間だったことも、月下美人が自分の恋人だったことも覚えてないってのに?」

「まあそんなとこじゃろうな。」

「全部忘れて、でも、それでも… なんつうか、」

床に捻じ伏せられたままの月の魔物に視線を落とし、くりあはどことなく切なくなった。もう何も覚えていない、だけど、それでも…


   それでも、貴女に会いたくて、貴女が愛しくて、貴女の歌が… 


 …アア アナタハ ズットワタシノ ソバニイテクレタノネ

 ソレナノニ ワタシハ…


月下美人の声は、悲しみと恋人への深い愛情と、気付けなかった愚かさ故の後悔とで千々に裂かれてしまいそうだった。

「知っているかのう。あんたの今のその姿… 月下美人の花言葉には、『唯もう一度だけ会いたくて』というのがあるんじゃ。月の魔物の、言葉にならないあんたへのメッセージだったんじゃろうな。」

囁くような、静かな声でルビィが言った。


 …!


声に成らない、月下美人の声が、三人に突き刺さる。言葉が見付からない。

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