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マン・イーターの秘密と北の魔女

そこには青々とした森が広がり、滝の奥に洞窟がある場所があった。そこが、パールの目指す場所だ。


通称『北の魔女』、ルビィ・アイを尋ねる。

鬱蒼と繁る森が開けると、滝が勢い良く流れ落ちる湖がある。その滝の裏、さらに奥にその洞窟はあった。


「な、なあ、クイーン・パール。俺、ここで待ってるから。」

馬の手綱を持ち、木の陰に隠れるように立つ、くりあがパールに言う。

「…相変わらずだねえ。そんなにルビィ・アイが苦手かい?」

「だって、あのばあさん不気味なんだよ。洞窟の中で見ると、より一層。それにこの洞窟だって薄気味悪いしさ。」

「ばあさん、ね。まあいいよ。じゃあ、ここで馬の番をしていておくれ。」

意味深な笑みを浮かべて、パールは馬の番をくりあに言い付けると、自分はさっさと洞窟の奥を目指した。

「あいあいさ。」

良くあんなトコに行けるよなあ、くりあは木の陰から様子を窺うようにパールを見送った。


パールは洞窟の中に入るために、湖の中を進む。滝の向こう側に着く頃には、全身がびしょ濡れだ。

「いつもの事なんだけどね…」

水浸しの服を絞りながらパールは呟いた。

魔術が使えない自分には、ここを往復するだけでも面倒だ、と肩を竦める。ぼやいても仕方ないね、パールは思い直して奥に進んだ。


洞窟内には幾つかのドアが続いており、その向こうに、その部屋はあった。

「久しいね、ルビィ・アイ」

黒いローブを纏い、部屋の中であるにもかかわらずフードを深く被った相手に、パールはそう声をかけた。


「…パールか。おや? あの金魚のフンは?」

ちらり、と、久方ぶりの客を一瞥して、北の魔女が。

「外で馬の番をしているよ。」

「そうかい。…こっちへ来て服を乾かしたらどうじゃね?」

と、北の魔女は暖炉に火をおこした。一瞬で、そう、魔術を使ってだ。


「ところで、ルビィ、頼みごとがあるんどけどね。」

暖炉に歩み寄りながら、パールはそう言ってみる。

「なにかね?」

「解呪の魔道具もしくは薬が欲しい。それか、アタシ達と一緒に来ておくれ。」

「相変わらず唐突な女じゃのう。何を解呪するのかね。…あのボウヤかね?」

溜め息を吐いて北の魔女は尋ねる。

「いや。ガラスの塔の月下美人さね。」

「…ガラスの塔、じゃと? あの、月の魔物が作ったと言う…」

北の魔女は渋い顔、と言っても、フードを深く被っている北の魔女の顔は窺えない。声色が、表情をそう推測させたのだ。


「ああ、そうさ。そして、あの月下美人は月の魔物に拐われた人間で、死んだ後、月下美人に変えられ、今もあの塔に縛られているんだよ。」

いつに無く真摯な顔をしている。いつ以来だろうこんな顔のパールを見るのは。と、北の魔女は思い巡らす。が。それはそれ。


「…気持ちは分からないでもないがのぅ。面倒な仕事じゃ。魔道具と一口で言われても、呪いの種類が分からんことには見繕うのは難しいのう。勿論薬も理屈は一緒じゃな。」

「それなら一緒に来てくれるのかい?」

「厄介な話じゃ。そもそもどうやって無事に辿り着いたのじゃ? 月下美人にも、ここにも。あの悪名高い月の魔物の監視を掻い潜れたとでも言うのかのぅ。」

気が進まないのだろう。深い溜め息を吐いてパールを問い質す。


「針葉樹の王国に向かう途中で会った、魔女のばあさんから魔道具を貰ったんだ。風の精霊が封じられているやつさ。昼間に行けば月の魔物はいないって情報と一緒にね。」

「…分かった分かった。仕方の無い女じゃのぅ。」

溜め息と共に、ルビィはパールの頼みを引き受けた。


「そうこないとね。ああ、コレはそれの報酬って事で。古の魔道具、欲しがってたろ?」

そう言ってパールは例のダガーをルビィに渡す。準備のいい女じゃ、そう言いながらルビィはそれを受け取った。そして念入りに品定めを始める。


「これは、ソウル・イーター…」

暫くしてルビィが呟いた。

「…マン・イーターじゃないのかい? これは切りつけた相手の血肉を吸うと聞いたよ。武具屋の親父から、と言うか、武具屋の親父に押し付けたヤツ曰く、と言うか。」

「まあ、今の状態ならそうじゃろうなぁ。だがのぅ、施されている封印を解除すれば、全ての魂を喰らい尽くす魔族の武器に姿を変える事じゃろう。これは紛れもなく一撃必殺の武器、ソウル・イーターじゃ。それにしても、こんな古代の武器が力を失わず未だ存在しているとはの…」

フードの奥からまじまじとその『ソウル・イーター』を眺めながら、ルビィがパールに説明する。


「まさかそんな代物だったとはね。…で、一緒に来てくれる報酬としては問題なさそうかい?」

「そうじゃのう… これがあるなら、最悪、月の魔物に出くわしても生きて帰ることが出来るじゃろうからの。」

「じゃあ決まりだね。」

にやり、とパールが笑みをこぼす。

「準備をするから、少しそこで待っておいで。服も乾いていないじゃろう。」

「ああ。」

パールは濡れた服を暖炉の火で乾かし、ルビィの準備が整うのを待った。


「それじゃあ行こうかの。」

と、暫くしてルビィが声をかけた。旅仕様の服装に着替えたらしいが、いつもの黒いローブをフードまで深く被っているものだから、何が変わったのかは一目では分からない。手荷物と杖を持っているくらいだろうか。

「じゃ、頼むよ。」

パールがルビィにそう言うと、二人は部屋を出た。


洞窟の中で、他愛もない会話を交わしながら歩く、滝の手前までやって来ると、

「私の後ろに立つんじゃ、パール。」

と、ルビィが言った。パールはそれに従って彼女の背後に廻る。

ルビィが何か呟くと、水の泡のようなものが現れ、二人を包み込んだ。そのまま二人は滝を擦り抜け湖を渡った。


「魔術が使えると便利なものだね。知ってたけど。」

行きとはうって変わって体も服も、水滴ひとつ分も濡れていない様を見て、パールが言った。

「魔術が全てにおいて有効だとは限らないがの。ま、お前は痛いほど思い知らされているから、今さらじゃろうがのぅ。」

「…ああ。…。くりあが待ってる、行こうか。」

目を伏せ眉を顰め、過ぎる面影に胸を締め付けられた。それでも。今するべきことがあるなら。パールは気を取り直す。くりあが待っているはずの場所に、二人は向かった。


「あっ、クイーン・パール。どうだった? 魔道具は貰えた? て言うか、あの呪われてそうな魔道具、ホントに渡したワケ?」

パールの姿を見付けたくりあが、矢継ぎ早に問い掛ける。

「あれのお陰で快く引き受けてくれたよ。一緒に行ってくれるそうだ。」

「…え? ホントに渡したんだ… てか、一緒に行くのかよ!」

嫌そうな顔でくりあが言うと、

「何ぞ文句でもあるんかのぅ? ボウヤ。」

パールの背後から姿を見せたルビィが。

「うっ。イエ、何でもございません。」

シマッタ、居たのか… と、くりあは思わずルビィから視線を逸らした。


「それにしても、何日も旅をするのは億劫じゃのぅ。」

そんなくりあに構うこと無く、ぽつりとルビィが呟いた。

「…やっぱりばあさんだよなあ。大丈夫なのかよ…」

ぼそっと、そっぽを向いたくりあが呟く。


「何か言ったかの? ボウヤ。」

「いやっ、なんでも、無いス。 …てか、聞こえてたのかよ…」

慌てるくりあの顔に冷や汗がたらり。そんな彼の様子を気にする気配も無く、

「それにまた許可証を貰うのも面倒だよ。」

「全くだね。馬はその辺に繋いだままでも、数日なら大丈夫じゃろう。ここならね。 …行くか? パール。」

と、パールとルビィが話し合っている。


「なんだかイヤな予感が…

いや、むしろ悪寒が… って、

うわあぁあぁあああぁぁああああああああああぁぁっっっ。」

「あっはっはっ。気持ちいいねえ。」

「ボウヤ、あんまり騒がないでおくれ。」

ルビィが前触れ無く、とは言えそれはくりあにとってだが、魔術を使った。飛行の魔術である。高速で空を切る。くりあだけが悲鳴を撒き散らしていた。

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