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幻肢駆使

幻肢駆使{コウタアネミー}

作者: はらけつ

{本文}


「モタ」


デネが、言う。

デネは、モタの情報屋、みたいなもんだ。


「なんや?」


モタが、答える。

前を向いたまま、答える。


二人は、眼を、合わさない。

顔も、突き合わせない。

それぞれ、前を向いたまま、ベンチに、座っている。

そのまま、会話して、いる。


情報取得・情報交換が、一段落したところ。

そこで、デネが、モタに、話し掛けている。


珍しい。

どころか、初めてかも、しれない。


「近松門左衛門って、知ってるか?」

「ああ、知ってる」

「最近」

「最近」

「好きになってな」

「おお」

「近松脚本の歌舞伎とか文楽とか、その他諸々、読んでんねん」

「マジか」


モタは、デネに、顔を向けずに、驚く。


「特に、心中もの」

「心中もの?」

「そう、心中もの。

 他にも、色々あるけど、やっぱり、近松と云えば」

「云えば」

「心中ものに、尽きる」

「心中ものって、あの?」

「そう。

 男女が共に死んで、あの世で添い遂げようと、するやつ」

「なんや、爽やかやないな~、ドロドロしとんな~」

「まあまあ、作りもんの世界やし」

「そうなんか」

「尤も、『現実の事件を元ネタにしたもんも、幾らかある』、らしい」

「マジか。

 昔の方が、人々の情念、キツかったんかもしれんな~」

「かもな。

 まあ、読んでみてみ」

「おお」


ここで、デネは、立つ。

話を切り上げて、何も無かったかの様に、立つ。

そして、モタとは一切顔を合わせず、立ち去る。


時間を置いて、モタも、立つ。

軽く伸びをして、立ち去る。



ウタは、読んでいる。

近松門左衛門の脚本集、だ。

最近は、この手の物も、文庫になっているから、手に入り易い。


「ウタ、何、読んでんねん?」


リョウが、訊く。

相も変わらず、達磨状態、だ。

だけど、それは、仕方無い。

リョウも、好き好んで、達磨状態を、しているわけではない。


ここは、【リョウ探偵事務所】の、応接間。

応接間の椅子に座り、ウタは、近松を、読んでいる。

体面に、リョウが、位置している。


リョウは、高機能車椅子に、乗っている。

『ジェームス・ボンドの、アストンマーチンもかくや!』と云う様な車椅子、だ。


そんな車椅子に、リョウが乗るのも、かくありなん。

リョウには、腕・脚が、無い。

肩から先、股関節から先の、腕と脚が、無い。

所謂、四肢が、無い。


そして、坊主頭。

高機能の眼鏡を、掛けている。

いかにも、特徴的な容姿である。


そんな達磨状態なので、移動・行動には、車椅子が、必須。

が、高機能車椅子がある限り、日常生活には、困らない。


「近松」

「近松って、近松門左衛門?」

「そう、それ」

「なんで、また?」


リョウは、眼を丸くして、問う。


「うん、実は、モタが ・・ 」


ウタは、近松を読む様になった経緯を、説明する。


モタが、デネに『読め』と薦められた。

が、読むのが面倒なので、ウタに読ませている。

そして、『要点だけ、教えてくれ』と。


つまり、モタが、ウタを活用して、《おいしいとこだけ取り》を、しようとしている。



「そう云うことなんか」


リョウは、ちょっぴり苦笑して、言う。


「うん」

「当人達が、それでええんやったら、別に、ええけど」

「 ・・ それと ・・ 」

「それと?」


ウタの口調が、ちょっと、変わる。

それに合わせて、リョウも、口調を変えて、問う。


「別件で、気になることを、訊いた」

「何や?」

「『ウチの探偵事務所を、探しているやつらがいる』、らしい」

「誰や?」

「分からない。

 でも『正確には、カップル』、らしい」

「なんで、また?」

「それも、分からない。

 ただ、『ウチの探偵事務所を、ピンポイントで探している』、らしい」

「別に、ウチの所在、隠してる訳やないから、

 早々にでも、辿り着くやろな」

「そうだろうな」

「でも、なんか、モヤモヤした話やな」

「そうだな。

 なんか、時限爆弾作動中、みたいな感じだ」

「ああ、そんな感じ」



数日後。


一組のカップルが、リョウ探偵事務所を、尋ねて来る。

おずおずと、それでいてキッパリと、入って来る。


先頭は、女性。

背筋を伸ばし、額を出し、眼力が強い。

全体的な印象が、キリッ、としている。


男性は、その後ろ。

女性の背後に隠れる様に、後ろに付いている。


女性の影の様に、時々、顔だけ覗かせる。

そして、すぐ、引っ込む。

全体的な印象は、オドオド。


女性の名前は、アネミー。

男性の名前は、コウタ。


二人して、リョウ探偵事務所に、依頼に来る。


なんでも、許されない仲、だそうだ。

身分違い、だそうだ。


アネミーは、お嬢さん。

コウタは、アネミーの家に雇われている執事(実質上は、小間使い、丁稚の様な者)、らしい。


その二人が、恋仲になる。

将来を誓う仲に、なる。


水面下で、愛を温めていた。

が、水面上に出るとこまで、温まってしまう。


で、一念発起。

腹を決め、覚悟を決めて、家の主人夫婦(アネミーの両親)に伝える。

現状を伝え、許しを乞う。


激怒。

アネミーの両親、激怒。


ああ、認められない。

決して、認めない。


アネミーとコウタは、幾度となく、話し合う。

アネミーの両親と、話し合う(主に話すのは、アネミーだったが)。


が、一切、シャット・アウト。

いつまで経っても、平行線。


この方法では、埒が明かない

­

悟ったアネミーは、他の方法を取ることに、する。

搦め手から、攻めることに、する。

両親の弱みを握って、交渉に臨むことに、する。


そこで、両親の身辺調査を依頼に、来る。

【リョウ探偵事務所】に、来る。


「何で、ウチを、選んでくれはったんですか?」


リョウは、訊く。

アネミーは、達磨状態で独特な容姿のリョウに、奇異の眼を向けない様に、努める。

努めながら、答える。


「エリ先輩から、聞きました」


リョウは、エリの名を聞いた途端、顔を、綻ばせる。


「ああ、エリさん、ですか」

「はい。

 かなり、ここのこと、褒めたはりましたので」

「ありがとう御座います」

「で、ちょっとデリケートな依頼なので、『頼むなら、ココ』と、

 思いました」


リョウは、顔を、かしこめる。


「そんな、デリケートな依頼、なんですか?」

「ありふれた依頼と云えば、ありふれた依頼なんですけど、

 私達二人にとっては、デリケートで、大事な依頼なんです」


アネミーの眼が、真剣味を、増す。


モタ、ウタ、キタは、聞き耳を、立てている。

各自の部屋で、聞き耳を、立てている。


「それで、どんなご依頼、何ですか?」

「はい ・・ それですけど ・・ 」


アネミーが、話し出す。

で、前述の様に、依頼内容は、判明する。



アネミーとコウタが、帰る。

依頼をし、質問に答え、書類を交わすと、そそくさと、帰る。

なんやかんや云うても、後ろめたいところが、あるのだろう。

なんせ、ある意味、『両親を、嵌めることになる』、のだから。


結局、コウタは、一言も、しゃべらなかった。

二人の大事な事柄だから、自己主張しても良さそうなもんだが、一言も、無かった。


立っている時は、アネミーの背後に、隠れる様に立つ。

座っている時は、アネミーの腕に、隠れる様に座る。

帰る時も、アネミーの後ろに、続く。


うむ


リョウは、眉間に皺を、寄せる。

寄せて、向き合う。

高機能車椅子を、方向転換し、向き合う。

玄関のドア及び応接間(と云っても、机と椅子があるだけだが)を背にして、向き合う。


向き合ったのは、各自の部屋。

奥右側は、モタの部屋。

手前左側は、ウタの部屋。

手前右側は、キタの部屋。


今頃、各々、聞き耳を立てている、ことだろう。

固唾を飲んで、待ち受けている、ことだろう。


今度の依頼は、誰が、担当すんねん?

僕か

俺しか、いいひんやろ


と、思っている、ことだろう。


リョウは、考える。


なんか、裏に有りそうな気がするし ・・


「ウタ」


リョウが、ウタを、呼ぶ。


ウタなら、頭がスマートに働くから、任せても安心やろ


ウタが、自分の部屋から、出て来る。

指先を、舞わせながら、出て来る。


左腕上腕を、胸元に水平にし、

右腕上腕を真っ直ぐ立て、その肘を、左腕の掌で、支える。

右手を拳にして、人差し指のみ、伸ばす。

ピーンと、天空を指すように、伸ばす。


その指先を、舞わす。

体勢としては、ウルトラセブンの様、だ。

ウルトラセブンが、ワイドショット光線を発する体勢、だ。

異なるのは、右人差し指のみ伸ばし、それを、舞わせている。


いや、姿勢も、異なる。

ウルトラセブンは、前屈み。

対して、ウタは、背筋が、伸びている、ピーンと伸び上がっている。

右人差し指に、呼応する様に。


ウタは、いつもの、《ワイドショット右人差し指伸ばし》の体勢で、部屋から、出て来る。


やっぱり、僕か


と言いそうな顔で、登場する。


「聞いてたやろ?」


リョウは、分かり切ったことを、尋ねる。


「いや、あんまり」


抜け抜けと、ウタは、答える。

ウタは、青ら顔に、キョトンとした眼を浮かべ、答える。

キョトン眼の奥には、面白がる笑みを、秘かに浮かべている。


青ら顔は、病的な色では、無い。

俗に云う、蒼ざめた色では、無い。


どころか、どちらかと云えば、爽快感が、有る。

例えるなら、スカイ・ブルー。

例えるなら、チェレステ・ブルー。

そんな、色合い。


はあ、めんどくさ


溜め息混じりに、リョウは、説明する。

ウタに、一から、説明する。


ウタは、指を舞わして、聞く。

フンフンと、聞く。


「と云うわけ、や」


リョウが、話を、まとめる。


「了解」


ウタが、重々しく、頷く。

頷いて、続ける。


「つまり、アネミーさんのご両親の、弱みを握れば、いいんだな」

「そう云うたら、元も子もないけど ・・

 まあ、そう云うこと」



ウタは、早速、取り掛かる。

まずは、アネミーの両親の身辺調査、だ。


アネミーの家は、昔から続く、老舗企業。

家族・一族経営ながらも、健全経営で、続いている。

暖簾分け・小規模経営ながらも、顧客満足度が高く、続いている。


アネミーの父親は、そこの本家跡取り。

当代とって、二十六代目。


アネミーの母親は、アネミーの父親と幼馴染。

高校卒業と同時に、父親の家(本家)へ、嫁入りする。


そこから、二人三脚。

仲睦まじく、アネミーの家を、切り盛りして来た。


アネミーの家は、大きく儲かりはしない代わり、大きく損することも無く、コツコツと順調に、事業に従事する。

気付けば、その業界で、一定のポジションを、確立する。

そして、そのポジションは、そうおいそれと揺るがないもの、になる。



「う~ん」


ウタが、呻く。


「う~ん」


ウタが、もう一度、呻く。


その場には、ウタとリョウしか、いない。

リョウに向けられたものであることは、確実だ。

ウタは、リョウに、問い掛けて欲しい、らしい。

リョウに、かまって欲しい、らしい。


ああ、めんどくさ


リョウは、諦めた様に、問う。


「どうしたんや?」

「う~ん」


リョウは、もう一度、問う。


「どうしたんや?」

「う~ん」


リョウは、もうもう一度、問う。


「だから、どうしたんや?」

「う~ん。

  ・・ アネミーさんのご両親 ・・ 」


やっと、まともな返事が、来る。


「うん」

「見つからない」

「へっ?」

「ええご両親なので、弱みとか、見つからない」

「ああ、そういうことか」


ウタは、まだ何か、考えている。


「まだ、他にも、引っ掛かるとこがあるんか?」


リョウが、訊く。

今度は、急かさず、ウタの返答を、待ち受ける。


「 ・・ 何か、モヤモヤする」

「モヤモヤ、するんか?」

「する。

 何か、しっくりと来ない」

「何処が、や?」

「分からない。

 何か、見落としているところ、無いか?」

「 ・・ う~ん。

 思い付かんな」

「 ・・ そうか ・・ 」


ウタにしては、珍しく、ハッキリしない。

アネミーの両親が、思いの外、いい人間だったのだろう。

そんな人々を陥れて、依頼を達成することに、疑問を持っている様、だ。


「会う人、会う人」

「うん」

「聞き込む人、聞き込む人」

「うん」

「みんな、ご両親、褒めそやすから」

「うん」

「弱みと云うか、欠点でさえ、おいそれと、見つからない」

「そうか」


リョウは、視線を、宙に、彷徨わせる。



しばらく彷徨わせると、高機能眼鏡の奥の眼が、定まる。


「ウタ」

「うん?」

「こうなれば、正攻法で行けば、どうや?」

「どうやって?」

「事情を、真摯に話して、理解を求める」


リョウの言葉を聞いた途端、ウタは、手を振る。


「駄目だめ」

「あかんか?」

「それは、アネミーさんが、既に試して、駄目だったんだろう?」

「やっぱり、か」


リョウは、溜め息一つついて、続ける。


「 ・・ う~ん、ほな ・・ 」

「うんうん」

「勘当される様に、持って行ったら、どや?」

「勘当?」

「そう。

 アネミーさんを勘当する様に、ご両親に、

 アネミーさんの「ロクでもない」ネタを、提示する」

「では、ご両親サイドではなく ・・ 」

「アネミーさんサイドの情報を、洗い出しやな」

「そうか。

 では、そっちサイドの「それでも、人間か!」ネタを、

 探し出せばいいんだな?」

「そんな感じ」

「じゃあ、今から、アネミーさんの身辺調査に、切り換えよう」

「そうしてくれ」



「う~ん」


ウタが、呻く。


「う~ん」


ウタが、もう一度、呻く。


その場には、ウタとリョウしか、いない。

リョウに向けられたものであることは、確実だ。

ウタは、リョウに、問い掛けて欲しい、らしい。

リョウに、かまって欲しい、らしい。


また、か


リョウは、諦めて、問う。


「どうしたんや?」

「それなんだが ・・ 」


今度は、比較的すんなり、ウタは、答えて続ける。


「 ・・ アネミーさん」

「うん」

「近所・近郊全て、評判がいい」

「うん」

「友達・先輩・後輩関係も、問題が、無い。

 どころか、慕われている」

「ええこっちゃ」

「これだけ評判がいいと」

「うん」

「依頼を果たす手が」

「うん」

「また、失われてしまった」

「 ・・ そやな ・・ 」


個人的には、喜ばしいが、リョウは、途方に暮れる。

ウタも、同じ。


「どうしよう?」


リョウは、気付いた様に、問う。


「コウタ君は?」

「はい?」

「コウタ君」

「コウタ君か ・・ 」


ウタは、含みを持たせる様に、答える


「アネミーさんを調べるついでに、調べてみたが ・・ 」

「うん」

「 ・・ 薄い」


ウタ、一言の元、切り捨てる。


「何が?」

「存在が、存在感が」

「ああ、そんな感じやな」


リョウも、頷く。


「ちっちゃい時から、アネミーさんの家に、丁稚と云うか小間使いと云うか、

 そんな感じで勤めてて」

「うん」

「アネミーさん、アネミーさんのご両親に、楯突いたことがことが、無い」

「ああ、そんな感じやな」

「今回のことも、アネミーさん主導とは云え、会う人会う人みんな、

 その行動に、ビックリしてる」

「無理も無い、やろう」


今、『コウタ君の特徴を、述べよ』と問われても、述べる自信が、リョウには、無い。

それはおそらく、ウタにも無い、だろう。


「どうする?」

「う~ん」


手詰まり、か


リョウは、悟る。


「とにかく」

「とにかく」

「ここまでで一度」

「うん」

「アネミーさんとコウタ君に、報告しよう」

「そうだな」

「現状を、包み隠さず、報告しよう」

「僕も、そうした方がいい、と思う」



リョウ探偵事務所に、アネミーとコウタが、来る。

相変わらず、アネミー主導、その後ろに隠れる様に、コウタが、付いて来ている。


ウタから、アネミーとコウタは、依頼内容の現状を、説明される。


最初、アネミーとコウタは、明らかに、怯んだ。

ウタの容姿に、その青ら顔に。

こんな、病的でない、爽快な青ら顔は、そう拝めるものではない。


ウタの佇まいにも、怯んだ。

その、〈ワイドショット右人差し指立て〉の体勢に。

それには、何か、おのずと、こちらが卑下してしまうものが、ある。

先生や教授に、教えてもらっている様なものが、ある。


アネミーは、怯みながらも、立て直す。

立て直して、喰い入る様に、説明を聞く。

『こっちが、依頼者。怯んでたまるか』と言う様に。


ウタの説明が、一通り、終わる。


「と、云うわけです」


引き取って、リョウが、話を、締める。


「 ・・ つまり」

「はい」

「突破口が無い、と」

「はい。

 正直に、言いまして」


ここで、アネミーは、黙り込む。

両親の人の良さ、自分の人の良さが、仇になった恰好だ。

なんとも、皮肉な矛盾。


「ここでも、駄目なんですか ・・ 」

「・・ はい、すいません」


リョウは、頭を、下げる。

ウタも、下げる。


アネミーは、俯く。

そのままで、唇を、噛み締める。

さも、悔しそうに。


まさしく、八方塞がり、なんやろな


リョウは、痛々しそうに、アネミーを、見守る。


「・・ どうしたら、いいんですかね?」


アネミーが、絞り出す様に、声を、発する。


「どうしたら、いいんですかね?」


もう一度、発す。


リョウは、何も、言えない。

ウタも、何も、言えない。

アネミーの問いに、答えられない。


アネミーは、俯いたまま、動かない。

何も、発しない。


コウタが、動く。

アネミーの背に、そっと、手を、置く。

そのまま、アネミーの背を、撫でる。

優しく、いたわる様に、そっと、撫でる。


リョウとウタは、いたたまれない。

自分たちの無力を、まざまざと、感じる。

職務上の能力の限界を、見せつけられる。


アネミーとコウタは、ゆらりと、立ち上がる。

立ち上がって、リョウとウタに、一礼する。


後ろに向き直り、玄関ドアに、向かう。

アネミーの背を支える様に、コウタは、手を、添えている。

二人は、暗い雰囲気を漂わせ、ドアを出る。



「リョウ」

「うん」


ウタとリョウは、視線を交わし、頷き合う。

自分たちの無力感に、囚われる。

アネミーとコウタへの心配感に、囚われる。


「大丈夫だと、いいんだが」

「何が、や?」


ウタの言葉に、不穏なものを感じ、リョウは、問う。


「『近松、読んでる』って、言ってただろ?」

「うん」

「その近松に、心中物ってのがあって」

「うん」

「こんな場合に、心中したりする」

「こんな場合?」

「アネミーさんとコウタ君の様な、こんな場合」


リョウとウタは、眼を、合わせる。


 ・・ ・・

 ・・ ・・


視線で、会話する。


しばらく後、リョウの眼に、光が、宿る。

ウタの眼にも、宿る。


「ウタ」

「うん」

「幻肢、使う」

「頼む。

 俺も、動く」


言うやいなや、ウタは、椅子から飛び出し、向かう。

モタとキタの部屋に、向かう。


リョウは、眼を、閉じる。

眉間に皺を、寄せる。


と、


高機能車椅子に乗った、達磨状態のリョウが、光る。

身体の正中線に沿って、光が走る。

光は、高機能眼鏡を越え、鼻を越え、口を越え、顎を越える。


首を越えたところで、三方向に、分かれる。

そのまま真っ直ぐと、向かって左へと、向かって右へと。


向かって左へ行った光が、肩先に、到達す。

肩先には、何も無い。

が、光は、そのまま伸びる。


向かって右へ行った光が、肩先に、到達す。

肩先には、何も無い。

が、光は、そのまま伸びる。


真っ直ぐ伸びた光は、胸を越え、腹を越え、二方向に分かれる。

向かって左へと、向かって右へと。


向かって左へ行った光が、股関節先に、到達す。

股関節先には、何も無い。

が、光は、そのまま伸びる。


向かって右へ行った光が、股関節先に、到達す。

股関節先には、何も無い。

が、光は、そのまま伸びる。


光は、伸びる。

伸び続ける。

まるで、リョウに、腕・脚が生えた様に、伸びる。


おそらく、絶望したまま、すぐ行動するならば ・・


リョウは、考える。


 ・・ ウチのビルの、屋上


リョウは、考え至る。


幻肢は、伸びる。

光の腕は、光の脚は、伸び走る。


部屋を貫き、床を貫き、天井を貫く。

ドアを貫き、壁を貫き、人さえ貫く。


屋上に、出る。

四本の光の筋が、屋上に、飛び出す。


うねる様に飛び出した幻肢は、屋上の端に佇む、アネミーとコウタを、見つける。

既に、柵の外に、出ている。


間に合うか。



八方塞がり、打つ手無し

こうなったら、共に死ぬしか、ない

コウタと一緒に、心中を遂げるしか、ない


「コウタ」

「はい」


アネミーは、コウタの眼を見て、言う。


「ここまで来たら、二人して心中するしか、ない」

「はい」

「あの世で一緒に、なりましょう」

「はい」


アネミーは告げ、コウタも同意する。


二人は、屋上の柵を、乗り越える。

屋上の端に、立つ。


摩天楼の一隅、だ。

建物群の一角、だ。


地面まで、数十メートル、ある。

落ちれば、ぺしゃんこ、だろう。

即死、だろう。

血が広がるに、違い無い。


アネミーとコウタが、眼を、合わせる。

共に、頷く。


これで、やっと、一緒になれる。

この世では無く、あの世とは云え、一緒になれる。

アネミーの心には、飛び降り心中することの後ろめたさより、幸福感が広がる。


「じゃあ、行きます。

  ・・ 1 ・・ 2 ・・ 」



「なんでやねん」


コウタが、呟く。


「何で、俺が、お前と死なな、あかんねん」


コウタが、小さく、ツッコむ。


アネミーは、眼を、見開く。

目尻から血を流しそうなほど、見開く。


コウタは、笑う。

眼と口を歪めて、ニヤリと、笑う。


そして、押す

アネミーを、押す。


アネミーは、バランスを、崩す。

たたらを、踏む。

が、そこには、何も無い。

ただの空気中、無空間。


「あ!」


幻肢を伸ばして、垣間見ていたリョウは、叫ぶ。


アネミーは、投げ出される。

大気中に、投げ出される。

高層ビルから、投げ出される。


リョウは、幻肢の腕を、伸ばす。

目一杯、伸ばす。


幻肢の脚を、引っ込める。

物理作用を及ぼせる様に、幻肢を、左右の腕に、絞る。

その幻肢の腕を、できるだけ、伸ばす。


伸ばしつつも、思う。


幻肢だけでは、無理!

こんな、落ちる人を止める程の物理作用は、無理!


リョウは、半ば、諦める。

そんなリョウの眼の端に、映る。

ビルの下が、映る。


ウタ、モタ、キタが、配置済み。

マットを用意して、配置済み。

そして、ウタは、サムズ・アップ。


おっしゃ!

ありがとう!


リョウは、幻肢の腕を、方向転換する。

下への伸びを、上への伸びに、する。

幻肢の腕は、登り龍の様に、ビルを、駆け上る。


見る間に、ビルの屋上に、到達する。

ビルの屋上の上に、噴き上がる。


そこで、再度、方向転換する。

方向転換して、コウタに、向かう、襲い掛かる。


「うわっ!」


急に現われて、ビルの屋上に昇り上がって来たものを見て、コウタは、驚く。

それが、自分に向かって来るので、コウタは、逃げる。

踵を返し、屋上出入口の方へ、逃げる。


が、明らかに、幻肢の腕の方が、速い。


コウタは、速攻、追い付かれる。

追い付かれ、囚われる。

龍の顎の様に、幻肢の腕に、囚われる。


幻肢の腕に、コウタは、ガッチリと、ホールドされる。

口は、塞がれる。

眼も、塞がれる。


コウタは、闇の中。

しかも、身動きが、取れない。


ボスッ! ・・


その頃、ビルの下で、音が、響く。

割合、大きな音が、響く。

マットが、変形する音が、響く。



後日。


アネミーは、来ている。

リョウ探偵事務所に、お礼方々、来ている。

リョウとウタとアネミーで、談笑している。


「 ・・ 今度は、ええ男、見つけてください」


リョウが、言う。

ウタが、深く、頷く。

アネミーも、頷く。

頷くが、ちょっと困った様に、言う。


「でも、私、男運が、良くないから ・・ 」


リョウが、即、返す。


「世の中に、男運の良い・悪いは、ありません」

「はい」

「男運の良い・悪いやなくて、男を見る眼の良い・悪いが、あるだけです」

「はい」

「だから ・・ 」


ここで、リョウは、にっこり笑う。


「男を見極める眼を、養ってください」


言いながら、リョウとウタはアネミーを、ふうわりと、見つめる。


「はい。

 で、 ・・ 」

「はい」

「 ・・ 具体的には、どうすれば?」

「ああ、それですか ・・ 」


リョウは、悩む。

悩むが、案外すぐ、思い付く。


「本とかマンガとか、たくさん読んだら、いいんやないですかね?」

「本とかマンガですか?」

「はい。

 良い男も悪い男も、できた男もダメダメな男も、

 あらゆるバリエーションの男が出て来ますから、

 かなり、参考になると思います」

「 ・・ 分かりました。

 それ、やってみます」


アネミーは、素直に、納得する。



帰り際、アネミーは、ドアの処で、振り返る。

別れの言葉を言いながら、言葉を、紡ぐ。


「今回のことで、容姿に左右されず ・・ 」


リョウとウタを、見つめる。


「良い男を見極める眼が、多少付いて来たと、思います」


言うや、素早く振り返り、ドアを、出る。


リョウとウタは、お互いの顔を、見合わせる。


{本文 了}

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