ポンコツな少年 ②
…………目の前の男は今、なんて言ったんだろうか?
私の耳には落とし穴に落ちたって聞こえてきたんだけど……え? まさか、そんなわけないよね?
いやいや、なにかの聞き間違えに決まってるでしょ。
だって落とし穴って……こんな森の中に誰がそんなしょうもないもの作るのよ。
「落とし穴って…あの落とし穴?」
「あぁ、落とし穴って言ったらひとつしかないだろ?」
「…………」
「いやーあれにはまじビビったね。だって普通に歩いてたら急に地面が消えて真っ逆さまに落ちたんだぞ?一瞬死んだかと本気で思ったわ」
「………………………」
少年は頬を掻く仕草をしながら朗らかにハハハッと笑っていた。
後ろの方で私が冷めた目で見ているのに気づかずに少年はなおも続けて話し始めた。
「しかも落ちた時、打ちどころが悪かったのか少しの間気絶しちゃってたみたいでさ」
「……………………………………」
「目が覚めた時には随分日が高く昇っててビビったね」
「あんたは一体何時頃にこの森に来てたわけ?」
「ん?んーと………5時くらい?だったかな。まだちょっと暗かったし、その時間目掛けてこの森に来た感じだから」
なぜそんな時間目掛けて来てんのこの人。
多分だけど……こう言っちゃなんだと思うんだけど……絶対この人はそんな危険な時間に森に入っちゃいけないと私の感が叫んでいる。
「いつもその時間に来てるの?」
「いや? 今日はたまたまだな。いつもはお昼頃に来てるんだ。何故かいつもは朝方とか暗い時間帯に森に行こうとするとみんなに止められるんだよな」
「……………」
少年はそう言いながら何故なんだろうと頭を傾げた。
なるほど……つまりこいつの周りにいる人はこいつの危険性を十分に理解していたんだな。
じゃあ、何故今日は止められなかったわけ?
絶対そのせいで今私は命の危険に晒されてるよね?
ちゃんとしてこいつの保護者!!
絶対こいつを野放しにして放置しちゃダメでしょ!!
私が遠い目をしながら少し現実逃避を仕掛けたところで後ろから響く雄叫びにビクッとして意識を引き戻した。
チラッと後ろを振り向くと何故なんだろうか、確実にさっきよりも足が早くなっている。
口からは変わらずに黒いモヤを吐きながらグルルルルと唸りながら追いかけてくる。
めっちゃ怖いんだけど!!!
というかなんかあいつめっちゃ怒ってないか?
すんごい人相………もとい、魔相?(魔物の顔つきのこと)がさっきより明らかに悪くなっていると思うんだけど!!
こいつほんとマジで何したわけ?!
「ねぇ!!なんかあいつめっちゃ怒ってない?!」
私が叫ぶようにそう聞くと少年は「やっぱあれのことまだ気にしてるのか」と呟くように言った。
あれのことって何?!
そう問いかけるように前を走っていた少年の背中をバシバシ叩いた。
「痛い痛い痛い!」
「あれのことってなんだ!?一体何をしたの!? ねぇねぇ!」
「痛い痛い!分かったから!話すから叩くなよ!」
「じゃあさっさと話して!!」
「話は落とし穴の所に戻るんだけど」
………落とし穴のところまで戻るのね。
一体そこから魔物に追いかけられるようになる話にどう繋がるのかは分からないが………。
「まず、落とし穴に落ちて気絶して目が覚めた時の事だがとりあえず俺は重要な見落としをしていたんだ」
「重要な見落とし?」
「あぁ、何せ俺は気持ちが急いたばかりにいつもより早めに起きてしまいそして、何故か今日だけはこの時間に森に行かなければいけないという虫の知らせがあったんだ。だから俺は周りにいる護衛の目を掻い潜り何とか脱出することに成功し森を訪れた。だけど………俺はひとつ重要なことを忘れてきてしまった!」
少年は悔しそうに顔を歪めながらそう言った。
そんな顔をしながら言うってことは余程重要なことを忘れてきてしまったようね。
私はゴクリと唾を飲み込みながら固唾を飲んで見守った。
「重要なこと……それは……」
「…………それは?」
タメにタメながら少年が口にしたことはとてもどうでも良くてしょうもない事だった。
「朝ごはん食べ忘れた」
「……………………………はぁ?」
「だから、朝ごはん食べ忘れたんだって」
いや聞こえてるから。 聞き取れなくて聞き返したんじゃないから。
え?朝ごはん食べ忘れたから何?
それと落とし穴の話がどう関係あるわけ?
私は呆気に取られて言葉を発せないでいた。
真面目に聞こうとした私が馬鹿だった。
私が呆けていてもお構い無しに少年は話を続けた。
「そして目が覚めた時にそれを思い出してさ、お腹がめっちゃなってたんだよな。つまり端的に言うととてもお腹がすいてたんだ」
「はぁ」
「で、俺は困ってたんだ。お腹すいたのにいるのは落とし穴の中だったからな。だけどそんな中で奇跡が訪れたんだ 」
「…………」
「なんと!周りを見渡したら果物がたくさん落ちていたんだ!」
果物のが落ちてた? 穴の中に? それ絶対明らかにおかしいでしょ。
まさかその果物を食べたりしてないでしょうね?
そんな状況でなんの警戒心もなしに不用意に口にしたりはしないはず……普通なら。
「めっちゃ美味かった……よく熟してて甘くて……今までで一番美味かったかもしれない」
「え? なんて? 」
ちょっと耳を疑う言葉が聞こえてきたんだが?
信じられない言葉が聞こえてきて思わず反射で聞き返してしまっていた。
「いやもうさ、ちょうど食べ頃の果物がさ穴の中に落ちてたなんてめっちゃラッキーだったよなー」
「……食べちゃったの?」
「だって落ちてたんだもん」
こいつ食べてたーーーーー!!
ありえないんだけど!
なんで………なんでそんな…………。
あぁぁぁぁぁ! なんか色々と衝撃的すぎてうまい言葉が出てこない!!
「……落ちてたからって不用意に食べないでしょ。穴の中に落ちていたものだよ? 普通なんかおかしいなとか思わなかったの?」
「さすがの俺でも最初は警戒してたよ。……だけど空腹には勝てなかったんだ」
「………勝てなかったんじゃねぇよ」
ちょっとイライラしてきて少し口が悪くなってしまった。
「そして腹が満たされた俺はようやく穴から出る方法を考え始めたんだ」
「へぇ……それで?」
「考え始めて少しだった時だった……。上の方から地響きが聞こえてきたんだ。なんの音だと思って上を見てたら、そこに現れたのは……ビックベアだった」
「はぇ?」
自分の口から聞いたこともない間抜けな声が出た。
今なんて?
本日何度目か分からない今なんて?だよ。
ちょっと待てよ……落とし穴の所に現れたビックベア……もしかしてそこにあった果物とかって………。
「まさか……」
「あぁ、そのまさかだ。落とし穴だと思っていたそこはビックベアの巣で、その場所にあった大量の果物はビックベアの食料だったんだ」
「………………」
「ビックベアを見て思い出したんだ。 本来のビックベアはとても大人しいんだ。穏やかな性格で、こちらが何もしない限り襲ってこない。 争いを好まない性格から、外敵から隠れるために地中深くに穴を掘って住んでるんだ。だけどそんなビックベアもあることをすると豹変したように手の付けられない程の凶暴化する」
「………あること?」
「……ビックベアは自身の好きなものを奪われることを嫌うんだ。 ……ビックベアの好物は果物。……ここまで言えば何となく察せるだろ」
「……つまり……ビックベアがあんなに怒ってあんたを追いかけてきてるのって……」
「俺が、あそこにあった果物を全部食べちゃったからだな」
少年はそう言うと舌を出しながらてへっと頭に手を当てた。
…………………何してんだこいつはァァァァァァ!!!!!