世界樹の巫女 ①
扉の中に吸い込まれたあと私は暗闇の中を漂っていた。
浮いているのかも落ちているのかも分からない不思議な感覚だ。私は暗闇の中で横になりながら頬杖をついて先程の光景を思い出しながら考え込んでいた。
……さっきの扉といい私の中から出てきた鍵といいなんだったんだろう?
私が扉に吸い込まれたあと、扉は跡形もなく消えていて真っ暗闇に1人取り残されたような感じだ。
この状況私だったからよかったけど他の人とか暗所恐怖症の人とかだったら間違いなくパニックになって大変だっただろうなぁー。
などと、どうでもいいようなことを考え込んでいたら突如辺り一面に眩しいほどの閃光が輝き出した。
あまりの眩しさに目を開けていられなくて反射的にギュッと目を閉じた。
眩しかったのは一瞬のことで徐々に光が落ち着いてきたのでそおっと目を開けてみると今度は、さっきまでとは反転して辺り一面が真っ白だった。
……あまりにも真っ白なのでめちゃくちゃ目が痛いしすっごい疲れるんだが……。
それにしてもこの空間……両極的すぎるだろ。暗いのか明るいのかどっちかにして欲しい。
目に非常に良くないから。 この空間に対して文句を言いながら取り合えず歩いてみることにした。
さっきの空間と違って今度はちゃんと地面があるみたいだった。
少し歩くと、遠目にでもわかるような大きな樹がそびえ立っているのが見えた。
「うっわぁぁ……おっきい……それになんだか不思議な感じ」
私は樹に近づくとゆっくりとその大きな幹の部分にそっと手を触れて撫でてみた。
「ようやく……会えた……」
大きな樹に見とれていると不意に後ろから声が聞こえた。
ん?どっかで聞いたことがあるような……?
とりあえず後ろから声が聞こえたので振り返って見るとそこには12歳くらいの少女が佇んでいた。
真っ白なワンピースを着ていて髪は長くて無造作に下ろしてあって髪の色は翡翠色で透明感があってとても綺麗だ。
そして裸足だった。
「えっと……どちら様でしょうか?」
向こうは私のことを知っているような感じだが生憎と私は目の前の少女のことは知らない。
どこかで会ったこともないし……だからとりあえずどこの誰かを聞いてみることにした。
「私は……世界樹を守りし巫女……名をエレシア。あなたをここに呼んだのは私よ」
「世界樹の巫女? ……それに私を呼んだって…………あぁ!」
どういう意味だと聞こうとしてふと、先程聞こえてきた声がフラッシュバックした。
「もしかして……扉の前で聞こえてきた声って……」
「えぇ、私よ」
私が恐る恐る問いかけると目の前の少女……エレシアは肯定するように頷いてそう答えた。
……ということはこのわけわかんない状況は彼女の仕業ってことか。
私はブルブルと震えながらエレシアに向かって指を指すと思いっきり叫んだ。
「あんたの仕業か!! 今すぐ私を元場所に戻して!!!!」
「それは無理」
怒りに任せて叫んだ言葉は無惨にも即却下された。
「戻してと言われて戻したらここに呼んだ意味ないじゃない」
「あんた馬鹿じゃないの?」とでも言いたげな呆れた目で私の方を見ると思いっきりため息を吐いた。
なんなんだろうか……こう……ふつふつと怒りが湧き上がってくるような……とにかくすごく腹立たしいんだけど。
そもそもなんで私がこんなふうにバカにされたような物言いをされなきゃいけないわけ?おかしくない?
とりあえず頭に血が上っていたらまともに話し合いができないと思い、深呼吸をして心を落ち着かせることにした。何度か深呼吸をして落ち着いてきた頃改めて私をここに呼んだ理由を尋ねてみることにした。
「私を呼んだのはあんたって言っていたけどどういうこと?
なぜ私を呼んだの?」
「それは……」
エレシアは何かを躊躇うように口を噤むとそっと大きな樹を見上げた。そして静かに目を閉じると何かを決心したかのように目を開けてこちらを見据えた。
さっきまでとは違って雰囲気がガラッと変わった気がした。その目に見られるとなんでか心の中まで見透かされそうで無意識に後ろに下がっていた。
「この樹は……世界樹。世界の象徴。私達がいる世界はこの樹から成り立っているの。世界樹と共に生き、世界樹と共に死ぬ。この世界は世界樹なしでは生きられない…………そして、私も」
そう話しながらエレシアは自身の手を見つめていた。
しばらく見つめていると徐々にエレシアの手が消えかけているのが見て取れた。
「!? すけてる……」
「もう……時間がないの。この世界も私も。世界樹の力が消えかけている。このままだと世界樹が枯れるのも時間の問題。だから、あなたを呼んだの」
「私?」
急に私の方に話を振られて驚いた。何故そこで私なの?
世界樹?の事情はなんとなく理解したけどそこで私が出てくるのは意味不明すぎる。
「あなたにはここではない………もうひとつの世界………ミズカルズへと行って、世界樹を救って欲しい」
「…………………へ?」
救う?……救う?……………救うってあの救う?
………………いやいやいやいや無理だから!
一瞬思考が停止しかけたけどすぐに頭を振って言われたことを頭の中で反芻して見ると、徐々に言われた意味を理解して反射的に拒否した。
「世界樹を救うってなに!? 無理だから! 私なんの力も持たない一般市民だから!そんなだいそれたこと出来るわけないから!!」
声をはりあげながら一息で言い切ると、ちょっと疲れたので肩ではぁはぁと息を吐きながら呼吸を整えた。
エレシアは目をまん丸くしてちょっと驚きながら「世界樹を救うってそのまんまの意味よ」とこいつ何言ってんだ的な感じの目で見てきた。
だからなぜ、私がそんな目で見られなきゃいけないんだ。
「今、世界樹は瘴気に塗れていて力を失いかけている。あなたには世界樹の浄化をしてもらいたい」
「…………浄化?」
いや、無理だから。え?浄化なんて無理無理。だって産まれてこの方普通に一般女子高生をやってきたのよ?その間に特別な力になんて目覚めた兆しなんて微塵もなかったもの。
だから私は冗談半分で聞き流してそう尋ねたのに何故かエレシアは当然だとでも言うように力強く頷いた。
「えぇ。浄化よ」
「浄化ってあの浄化?」
「……あなたの言うあの浄化が何を意味しているかは分からないけど簡単に説明すると瘴気を祓うちからの事よ」
「いや、そんな特別な力なんて持ち合わせていないって」
「あなたしかできる人はいないの」
エレシアは何故か私の言い分をスルーして話し始めた。
「あなたの中には秘された力があるわ!それはまだあなたの中で眠っているだけよ!」
「いや、だからさ……」
「だから今こそ力を目覚めさせ解放する時なのよ!」
「あの!ちょっとすみませっ」
「さあ!冷雪!力を解放しましょう!!」
「いやだから人の話聞けよ!!!」
私が大声でエレシアの話を遮ると、目をぱちくりさせながらめっちゃ凝視してきた。
最初の儚げな印象どこにいった?
え?エレシアってこんな情熱的なキャラだったの?
……人は見かけによらないんだな。
「というか私に秘された力って何?今までそんなもの感じたこともないから急に言われても分からないんだけど?しかも目覚めさせる?解放する?一体どうやれば目覚めさせて解放できるのよ?」
「………………………」
「エレシア?」
「そ」
「そ?」
「そ、そんなの……私は貴女じゃないから分かるわけないじゃない。」
「おい」
エレシアはスっと表情を消すと真顔でそう言い放った。
いやだったら私にどうしろと?
力の使い方も分からないのに世界樹の浄化をしろとかそんなの無茶ぶりすぎるでしょ。
「でもきっとミズガルズに行けば自然と使えるようになるんじゃないかしら?あの場所はとても魔力が溢れているから。あとはそうね気合と根性よ!」
「…………」
めっちゃ清々しい笑顔で言い切られても……。
私が何も言えずに固まっているとエレシアは気を取り直すようにコホンと咳払いをして話し始めた。
「とりあえず大まかな世界樹浄化の旅についての概要を説明するわ」
あ、もう私の意見フル無視して先に進めるのね?
まぁ、もう別にいいけどね?
「異世界ミズカルズでは5つの大国から成り立っているの。その5つの大国にはそれぞれ世界樹から生み出された聖木というものがあって、その木は世界に充満している瘴気を浄化する力があるの。この木によって世界は人が住める環境になっているの。つまり、この木がなければ世界は人が住める環境ではなくなり瘴気によって体を蝕まれてやがて衰弱して死に至ることになる」
思ったよりも世界樹がもたらす影響に驚いて私は息を飲んだ。
世界樹がないと人が生きられないのなら……さっきエレシアはもうすぐで世界樹が枯れると言っていた。
世界樹が枯れたら、その世界に住む人達は?
私は驚愕の表情でエレシアを見た。
「想像の通りよ。世界樹が枯れてしまえば世界で人は生きられなくなりただ、死ぬのを待つしか無くなるわ。それも……苦しみながらね」
エレシアは悲痛な顔で俯きながらそう言った。
「だからこそ私はあなたをここに呼んだのよ。あなたは救国の聖女だから」
「救国…………の聖女?」
なんかよく分からんが、とりあえず面倒なことに巻き込まれつつあるのは理解ができた。
……帰っていいかな? そりゃ、その話がホントならその世界に住む人には申し訳ないけど自分がそんな浄化するとかなんとかできるようなた力がないのは明らかだし。
私が返事を躊躇っているとエレシアは耳を疑うようなことを言ってきた。
「言っとくけどあなたに拒否権はないわよ。これは決定事項だからね」
「は? 拒否権ない? 決定事項? ……どういうこと?」
「だからあなたがどう拒もうとも、もう世界の扉は繋がっている。あなたが元の世界に戻る方法はただ1つ、世界樹を浄化するという目的を果たさない限りは戻る方法がない」
聞き間違いかな? 戻る方法がない? しかも浄化を完了しないと戻る方法がないと?…………いや、横暴すぎるでしょ!
「じゃあ最初から問答無用でそのミズカルズ?に連れていくつもりだったわけ?」
「…………ちゃんと状況は説明してあげてるじゃない。ほんとはなんも説明もなく直接ミズカルズに送る予定だったんだけどさすがにそれはどうかなって私の良心がいたんだからこうして私が直々に出向いて説明してあげてるんじゃない。ほんとは世界樹の巫女である私は人の前に姿を現すことは禁じられているのよ? それを上の連中を説き伏せて出てきてあげた私の優しさに感謝こそすれば責められるいわれはないわ。」
ふんっと鼻を鳴らしながら腕を組むとぷいっとそっぽを向いた。まるで拗ねているみたいだ。 いやいや拗ねたいのは私の方だからね? 私の意見も聞き入れられずに問答無用で世界樹の浄化に駆り出されるんでしょ? なんの対価もなく…………。
そんな不満が顔に出ていたのかエレシアがこっちを見ながら少し思案したかと思うとおもむろに口を開いた。




