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珈琲

作者: 浅羽


 「ぬるい関係ですね」


 そう、彼は言った。

 残暑もそのなりを潜め、肌寒さを感じる夜。私は助手席に座る彼に“一本いい?”と聞きつつも、返事を待たずに煙草の火を着けた。

 運転席側の窓は少し開いていて、煙草と同じ細い煙が夜風に流れていく。

 月一度ある職場の呑み会、その帰り道。帰り道と言っても既に彼の家は通り過ぎていて、白いアルファードは明かりの消えた飲食店の裏に停まっている。

 微かな虫の音と遠くに聞こえる車のクラクション、点滅を繰り返す信号の灯り。車のエンジンは切っているのに、隣に座る彼の呼吸音は聞こえない。


 「たまに、息するの忘れるんですよ」


 薄く笑う彼の横顔は左右非対称な長さの髪で見えない。だけど、口元は笑っている。

 もう幾度目だろうか、こうして夜の帳を二人で過ごすのは。毎夜毎夜会っている訳ではない、半月に一度程の頻度だ。

 彼が恋人と別れ、その話を聴いたのがきっかけだった。よくある話だ。

年上の異性に恋愛相談をし、そのまま一夜を過ごす。非現実的だがそれは紛れもない現実で、だけど私と彼の関係性は何とも言えないモノだ。

 手を繋ぎ、ハグをし、キスに続く。吐息重ね合わせ、肌から伝わる体温を感じる。

 だけど恋人ではなく、かと言ってセックスをするだけでもない。

 なんとなしに他愛の無い話をし、愚痴を言い合い、時折感じる孤独感に肩を寄せ合う。

 夜と言うには遅く、朝と言うには早い時間に、私達は日常へと戻っていく。シン、と静まり返った道に響く靴紐が跳ねる音。リアリティはそこにあった。

 一人は誰かと共に居る事で二人になり、一人が独りではなくなる。だけど、私はどうしようも無く独りを感じる時があって、そんな時に彼が隣に居ると安心するのだ。

 それは決して恋愛感情とは言えない別種のモノで、彼はそれをぬるい関係だと言った。私は納得し、同じように薄く笑う。

 運転席と助手席の間、僅かに空いた空間が私と彼の関係性を如実に表しているのだ。手を伸ばせば届き、抱き合い、唇を重ねれる距離。遠くも近くもない空間を埋めるのは、時折甘い、ぬるい空気だ。


 「もうすぐ五時ですね」

 「うん、明け方だよ」

 「明け方なのに朝日昇ってないのでまだ夜だと思います」

 「何それ、前言ってたヤツ?」

 「ですね、前話ました」


 この下り何回目よ、私は笑って新しい煙草に火を着けた。ピアニッシモの細く長い煙草、ライターのカチリと言う音が車内に響く。


 「缶珈琲って、開けるまでは暖かいのに開けた途端一気に冷めていくんですよね

 僕はそれが結構寂しくて、でもぬるい珈琲は好きです」


 ぬるくて程々に甘い珈琲、私と彼はそんな関係だ。珈琲を飲み干さなければならない時はいつか来るだろう。

 私の中に咲く花が獣に変わる頃。空になった缶珈琲はどこに行くのか。


 「私は微糖のちょっと熱めが好き

 でも、ぬるくて甘い珈琲もたまには良いかもね」


 空き缶は分別しなければならない。だけど、自販機横の屑籠を私は見ないようにしている。

 そして彼も、“鳥目なんで夜は何も見えないんですよ”と隣で笑うのだ。

 

 

 

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