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8 竜の鱗

 それから数日、クワンはすっかり体力を取り戻し、村もいつもの様子に戻っていた。


 クワンはもともと試練が終わったら村を出るつもりだったので、その段取りを進めている。


 当面の路銀や装備。それらは試練の前から少しずつ準備していた。


 行先は決めていない。


 というより外の世界のことはロクに知らない。それを見たくて出るのだから、気の向くままに世界を見て回るつもりだ。


 預けていた物を受け取るためにフドーの店に向かう途中、道端に咲く花に手をやる。


 よくそこに咲く花を摘んでいたものだが、茎に触れた瞬間に手が止まる。


 しばらくその花弁を見つめていたが、クワンはそっと手を放した。


 いつもの料亭で、好物のコカ鳥の乗った皿を前にする。


 村の外に同じ料理があるとは限らない。今のうちに堪能しておきたかった。


 ナイフで丁寧に切り、口へと運ぶ。


 残さずきれいに食べたあと、感謝の祈りを捧げる。


 食べる前にもやったが、食べた後にもやるのがより丁寧な礼儀とされた。


 コカ鳥だって食べられたくはなかっただろう。ならばせめて、自然の巡りに則って失われた命なのだと思いたい。


 道楽で殺されたのではない。命の糧となるために捌かれたのだと表明するために残すことなく食し、礼節を持ってその命に感謝をする。


 人間は群れをなすためにその役割が分担される。


 だから直接狩りをしない者は、自分が何を食べているのか、何の命をもらっているのかを忘れないために祈りを捧げるのだ。


 クワンはそう思うようにしていた。こうやって形にしないと人間はすぐに忘れてしまう。


 閉じていた目を開けると、隣に座るチビ達が少し驚いたようにクワンを見ていた。


 クワンが食べている間に隣に座っていたようだが、食材になった生き物のことを真剣に考えていたために気が付かなかった。


 チビ達はハッとしたように目を逸らし、自分達の食べ物へ感謝の祈りを捧げる。


 チビ達が目を開けると、クワンは席を立ち、立派に教えを守っている子達の頭を撫でて店を出た。


 フドーの店を訪れると、大男が出迎えて明るい声を上げる。


「よおクワン。お前凄い物を持って帰ってきたなぁ。オレの知る限りでもあんな物を持ち帰った奴はいないぞ」


「……いや、オレ一人の力じゃねぇし」


 フドーは少し言葉を詰まらせるが「まあ、そうだな」とすぐに明るい調子を取り戻す。


「あれは『竜の心臓』と呼ばれている物だ」


 竜の心臓? とクワンは小さく反芻する。


 クワンが戦利品として砦から持ち帰った石のことだ。


「そうだ。まあ、魔力を持った石だな。この村の地下深くにも埋まっているとされているが、それは伝説だ。実際それを掘り当てたなんて話は聞いたことがない」


 確かに砦で見た石は小さいながらも合わさることで凄い力を出していた。


 それは、大地に眠ることで暖かさを与えてくれると言われている竜の話にも符合する。


「だがあの石が地下から掘り出された物なのは確かだろう。何にせよ貴重な石だ」


 だから……とフドーは小さな鎧の一部を取り出す。


「お前の鎧に組み込んでみた」


「これが……、ハクの?」


 フドーが出したものは、薄緑をした甲冑の胸当ての部分。


 金属のように光沢が美しい。やや虹色に輝くチェストプレートの真ん中に、赤い石がはめ込まれていた。


「竜の鱗でできた鎧だ。これは凄い物だぞ」


「じゃあ。やっぱり、ハクは竜だったのか?」


「ああ、そうだ。魔物はラグーンと言ったんだろう? それは竜の稚獣のことだ。オレも話に聞いただけでどんな姿かは知らなかったからな。それに、こんな所に竜の稚獣が迷い込んでくるとは思いもよらなかったんだ」


 竜も初めから伝説に聞く竜の姿をしているわけではない。産まれたばかりの竜は他の動物と同じ、小さく弱く、燃え盛る心臓も持っていないとされる。


 時と共に成長し、話に聞く竜になるのだが、その生態はまだ謎が多いと言われている。


 何より、なぜ竜の稚獣がウィンダリアに、幼いクワンを連れてやってきたのかは皆目見当がつかないと言う。


 ちょっと着てみろ、とフドーは鎧の他の部分も取り出した。


 兜、上半身と腰回りを守るプレート、手甲に脛当てで一揃いのようだ。


 形状に遊びはなく実用性を重視してあるように見えるが、赤い石だけでなく白い羽根がつけられてるのが飾りと言えば飾りだろう。


 見た目からは想像もできないほど軽い。まるでただの服を着ているのかと思うほどだ。


 あの後クワンは、竜の鱗――外殻を被るようにして帰ってきたというが、クワン自身はあまりその時のことを覚えていない。


 こんな大きな物を背負ってあの距離を歩いてきたのか……と帰り着いた直後は思ったものだが、この軽さを見れば納得できる。


「でも、ちょっとピッタリすぎないか? 体測る時に少し大きめに作るって言ってたじゃん」


「ああ、……まあな」


 フドーは言葉を濁す。


 クワンは「まあいいか」と鎧の調子を確かめるように動かした。


 手甲が大きめな気がするが、防御しやすいようにと配慮してくれたのだろうか?


 背の部分も必要以上に厚いようだ。確かに戦いは背後からの攻撃に注意すべきではあるが……と一通り確かめた所でフドーに礼を言う。


 代金を支払うと言ったが、材料は全て持ち込みだし、餞別のつもりだから気にしなくていいと笑った。

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