3 鍛冶屋のフドー
森に入るとクワンは大きく息を吸う。
せせらぎの音が心地良い。
山と村の間にある森は自然が多い。その分危険もあるが村に近い所なら子供だけでも立ち入ることはできた。
クワンは足元から手頃な古技を見繕って拾う。手一杯に集めた所でハクの背にある革袋に詰めた。
他にも枯れ葉など、燃料になりそうな物を集めては袋に入れる。
燃料はこんなもんか……と汗を拭って川沿いの、少し滝のようになっている岩壁に手を当てて撫で、時に叩く。
しばらくそうやって周辺の岩を調べていたが、
「ハク。ここを頼むよ」
と少し出っ張った岩を指した。
ハクは歯の並ぶ口を開いてクワンの指した岩を咥え込む。
ぐっと顎に力が加わると、ビシッと岩に亀裂が入り、砕けて落ちた。
クワンはバラバラになった石を選別するように探る。
「やっはり重晶石だ。今日はツイてるぜ」
満足気に頷いていると、頭の上でガサッと音がする。
見上げると、白い鳥人が枝に降り立った所だった。
片方の足で枝を掴み、もう片方の足はアル・ウサギを掴んでいる。
森に入った後、見ないと思ったら狩りをしていたようだ。
ウーラはウサギの頚椎に牙を立て、クワンは顔を背ける。
見ていられないというのもあるが、血が顔に向かって飛んでくるからだ。
野生的な幼馴染みのことは気にせず、クワンは自分の仕事に専念する。
採取はこんなもんかな、と袋の口を締めていると、ウーラが音もなく降りてきて、手に持った物を差し出した。
屈託のない笑みは愛らしいのだが、口元から胸にかけて赤く染まった姿では乾いた笑いしか出ない。
食べ終わったアル・ウサギの毛皮をくれるのだろう。
「あ、ありがと」
種族間の隔たりを感じつつ、川の水で血を洗い流す。
ウーラにそんなつもりはないと分かってるのだが、クワンから見れば自分で狩りをして自立しているウーラに「自分で狩りもできない半人前」と思われているような気がしてしまうのだ。
狩り技術はないが、今は立派に日銭を稼いでいるんだ……とクワンは収穫物を持って村の外れにある小屋に向かった。
「よー、フドーさん。今日の収穫持ってきたぜ。他に何か手伝うことある?」
クワンは小屋に入るなり中にいた大男に声をかけた。
「クワンか。んーそうだな。このガラクタを整理してくれるか?」
フドーと呼ばれた大男は元々村の者ではない。
ドラコニアと呼ばれる帝国から派遣された兵士だ。
このウィンダリアも帝国の領内だということだが、それは村の知ったことではない。
帝国が立ち上がるよりも前から村は存在していたのだから、侵略者が勝手に言っているだけにすぎない。
帝国としては領地から資源を搾取したいのだが、このウィンダリアは自然の要塞。
他からの侵略も資源の運搬も困難なため、長いこと捨て置かれていた。
しかし帝国も何もしていないわけではなく、このフドーを内部調査のために送り込んできた。
フドーは村に住み、常に情報を帝国に流すのが任務だったが、長老や村の人々と触れ合ううちに考え方が変わってきた。
平和でのどかな村だが、資源に溢れているわけではない。
村の人々が暮らすには十分だが、一国の兵を賄うことに比べれば微々たるもの。
帝国の侵略を手引した所で瞬く間に資源は取り尽くされ荒野と化すだろう。僅かな資源のために村を全滅させるなど国を統治する者のやる事ではない。
そう思い「この村は侵略に値しない」という報告をし、以後何か進展がないかを見張り続ける命を受けているのだが、フドーは村の人々を騙し続けることに耐えかねて、長老――大婆に全てを打ち明けた。
今では村人は皆フドーの素性を知っているが、今までと変わらず彼を受け入れている。
それだけこの辺境の村が侵略されるというのに現実味がなかったということでもある。
それよりも村の者が知り得ない外界の知識を持っているので皆頼りにしていたし、特にクワンはフドーのことが好きだった。
色々な資材から道具や武器、鎧を作る技術に長け、今は村の外れでいわゆる「鍛冶屋」をやっている。
クワンはよくここに手伝いに来て日銭を稼いでいた。
乱雑に積まれた資材を見上げ、足元の物から集め始める。
「フドーさん。星の竜って知ってる?」
クワンは手を動かしながら、大婆に聞いたこの世で最も大きいとされる竜について聞く。
この外の世界から来た大男なら、詳しいことを知っているかもと思ったのだ。
「この世界が竜で出来ていて、俺たちはその上で暮らしてるって話だろ? 知ってるぞ」
「本当なの?」
「いや、本当かって言われるとなぁ。まあ伝説だよ。俺は色んな土地に行ったことがあるが、世界の広さっていうのは……なんというか、とてもひとつの生き物の上だとは思えないな」
クワンはふーん、と作業を続ける。
「じゃあ、大婆の言っていたことはウソなのか……」
「いやウソって言うわけじゃないが……」
竜が年老いてその生涯を閉じる時に地に潜って眠りにつく。
そしてその力が完全に尽きるまでの間、大地に暖かさを残し、命が芽吹く。
別にそれは竜に限った話ではなく、生きとし生けるものは生涯を終えると土に返り、次の命となる。
ただ竜の場合、生命力というか魔力が大きい。
竜を倒した伝説の勇者の話は各地にあるが、その死骸には火球のような心臓が残り、数年に渡ってその土地を焼き続けたという逸話が残っている。
「フドーさんは竜を見たことがあるの?」
「ああ、あるぞ。ものすごくでっかい。帝国は幾度となくその力を利用しようと画策したが、結果多くの人の命が失われただけだ」
フドー自身もその任務に赴いたことがあると言う。生きて帰れたのは運が良かっただけだ。
「オレが見た竜は山みたいにでっかかったが、このウインダリアに眠る竜はもっと大きかったんじゃないかな。噂じゃもっと大きいのもいるって話だ」
つまり竜とは長く生きるほどに大きくなると言われている。
「だからこの大地はこの世でもっとも古く、もっとも大きな竜から始まったというのが各地にある伝説だ」
フドー自身が見聞きした限りでも、それを本気で信じている人は稀だという。
「だが大地の奥深くに魔力を秘めた石が埋まってるってのは、帝国の研究で分かっていることだからな。高度な魔物は古くからその石の力を利用する術を持っていたようだ」
帝国にはその技術を盗もうと研究する機関があるらしいが、もう何年もやっているのに未だ目立った成果を上げられていないと聞く。
世間的には税金の無駄遣いと言われているが、どうも国の王がご執心らしい。
「まあ、それで仕事にありついている人達もいるからな。バカにもできんよ。それにそういう無駄みたいな研究から便利な物が作られてきたのも事実だからな。クワンもそういう勉強をしてみたらどうだ?」
と笑う。
そういった勉強などといった類が苦手なのを知っていて言っているのだろう。
クワンは少し膨れたように言う。
「ま。オレはコカ鳥の肉が食えるくらい稼げりゃ、それでいいんだよ」
フドーはウーラを横目に声を落とす。
「お、おい。鳥類の亜人の前でそんな話するか?」
「なんでだよ。コイツはコカ鳥じゃねえじゃんか」
「それはそうだが……」
遠慮気味に言うが、当のウーラは全く気にした様子もない。
「まあ、遠い親戚みたいなもんなんだし」
「そんなこと言ったら生き物はみんな親戚みたいなもんだろ? いちいち気にすんなって」
「ま、まあそうだな」
フドーは話題を逸らすように口調を変えた。
「なあクワン。お前もそろそろ『試練の儀』を受けられる年だろう?」
クワンはせっせと手を動かしながら肯定する。
何と話を続けたものか……と言い淀むフドーに、クワンは歯を見せて笑う。
「分かってるよ。オレももう十四なんだ。いつまでもこんなお駄賃で生計立てるなんて漢じゃねぇ」
「まあ、それならいいんだ」
ディメディアにあまり甘やかすなと釘を刺されている、とバツが悪そうに頭をかく。
クワンもディメディアの言うことに従うつもりはないが、試練ででっかい獲物を狩って大人として認められてこその漢だ。もとより人に甘えていくつもりはない。
「試練、あたしも一緒に行ってあげようか?」
手伝うでもなく見ていただけのウーラが口を開いた。
「バカ言え。一人でやらないと意味ないだろ」
試練とは村に伝わる通過儀礼。
村の外で獲物を取り、外の世界でも生きていけることを証明する。
それは狩りでも採取でも何でもいい。要は村の外へ出て、無事に帰ってきたと証明できればいい。
どんなものでもよいのだが、当然持ち帰った物で勇気のほどを測られる。
村の者に一目置かれるためには、それ相応の物を得なくてはならない。
そのため身の丈に合わないことをして命を落とす例もあったが、今ではそれも愚かしいとあまり無理をする者はいない。
元々は亜人よりも身体能力で劣る人間が力を証明するために始まった風習なので、人間の間でしか行われないが、特に基準は定められていないため仲間を募っても良い。
言ってしまえばやらなかったからといって迫害されたりはしないのだが、村を出るために砂漠を渡るには、そのくらいできなければならないので必然とも言えた。
ちょっと砂漠に出て落ちている物を拾ってくるだけでも、十分に外界の厳しさを知ることができるというものだ。
だが大抵の若者は自分の勇気を示そうと少々無茶をやるものだ。
そういう意味では、クワンに試練をやらせるのは心配だというのがフドーの顔に出ている。
だが無茶するなと言って聞くような少年でないことは、フドーにもよく分かっていた。
「それで、試練の後はどうするつもりなんだ?」
「オレは村を出ようと思う」
「そうなのか?」
フドーは意外そうな顔をする。
「外の世界は広いんだろ? それを見てみたいんだ。それにハクの仲間にも会えるかもしれないしな」
横でずっと大人しくしていたハクに笑い掛ける。
「おいおい、うろ覚えだって言っただろう? 本当にハクっていう獣がいたのかどうか、自信が無いんだ」
「なら本当の種族が分かるかもしれないだろ?」
「そうだな。それはいいな」
村を出てもハクと一緒にいるつもりなんだなと、フドーもハクの頭を撫でる。
「それにはまず、認められなくちゃな」
フドーは先程から研いでいたナイフをクワンに向かって差し出す。
「このナイフを貸してやる。試練に合格したら祝いにやるよ」
クワンは感嘆の声を上げてナイフを手に取る。
刃渡りは長く短剣と言っていいくらいだ。少し反っていて力を入れやすい。金属で出来たそれは見た目よりいいナイフのようだ。
「いいのかよ。こんなの」
「ああもちろん。だが今は貸してるだけだぞ。ちゃんと返すんだ。合格したらその時にやる。約束を破る奴は漢じゃないぞ」
「わかった」
と顔を引き締めるクワンに、フドーは安堵の表情を浮かべた。