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2 星の竜

 長老が居住しているのは村の象徴とも言える木の洞の中で、料亭のすぐ裏手にある。


 村に建つ家屋は、ほとんどこの木の張る根を土台にしていると言っていい。


 村のどこにいても確認できる村の指標でもある。


 その大木の洞を居住とするのが長老、大婆である。


 クワンは階段状に加工された根を上って洞の前に立った。


 奥に大婆の姿を認め、挨拶の言葉を投げかけてから中へと入る。


 ハクもそれに続いた。


 ウマなどの動物は外に繋いでおくものだが、この村でハクを「外に繋いでおけ」と言う者はいない。


 クワンとは兄弟も同然で皆同等に扱っている。料亭では単にハクがウマ達のために用意されていた水を飲んでいただけのことだ。


 クワンは大婆の前に腰を下ろし、ここに来るに至った経緯を簡潔に話す。


 大婆は優しく笑い声を上げると、クワンはバツが悪そうに頭をかいた。


「でも大婆。オレはもう子供じゃねぇ。一人前の漢だ」


 大婆はそれを否定することなく、優しい口調で話し始める。


「森羅万象、万物自然の下にワシらは生かされておる」


 クワンは「意味分かんねぇ」と口をへの字に曲げた。


「クワンはこの村が何に支えられておるか知っておるかえ?」


「この木だろ? 知ってるよ」


「この木の力の源は知っておるかえ?」


「竜だっていうんだろ? それも何度も聞いたよ」


 大昔、不毛の砂漠だったこの土地に竜がその身を沈め、土地を肥やした。


 このウィンダリアは山岳と海と砂漠に囲われた辺境の地。


 行き来するためには砂漠を渡らなければならないが、そこは魔物が巣くう無法地帯。軍隊も近づけないほどの恐ろしい砦があると言う。


 少人数なら魔物に見つからないことで渡り切れる例も少なくないが、よく商隊が襲われたなどの話も耳にする。


 海も大渦と岩礁で船での行き来は難しい。


 山を越えるなども同じ。単身ならともかく、軍隊で攻め入るなど無謀すぎる。


 そんな地域にポツンと肥えた土地がある。


 それは普通はありえない事だと。


 それは今もこの土地深くに竜の心臓が脈打っているからだという。


 それが土地を肥やし、魔力で外界から守っている。


「そんな話、信じられねぇよ。じゃなにか? 村の外にいるやつらは何者の恩恵も受けずに生きられてるってのか?」


「そんなことはないねぇ」


 昔は素直に聞いていたものの、理屈っぽく反論することを覚えた少年にも大婆は優しく答える。


「星の竜というのを知っているかえ?」


「星の竜?」


 それはクワンも初耳だった。


 星の竜とはこの大地全てを司る竜。


 この世で最も大きく、最も強い力を持っていた存在。全ての始まりとも言われている。


 星の竜がその生涯を終える前、丸まって塊となった。それがこの世の始まりと言われている。


 竜の表皮が岩となり、水が流れ、芽が出て大地になった。


 今も大地深くに星の竜の心臓が熱く燃え盛っている。


 大地に生きとし生ける者は全て星の竜から産まれたもの。


 命は全て大地の恵み。


 星の竜はその命が完全に尽きるまで、我々に命を分け与え続けてくれているのだ。


 獲物を狩って食べるのも、その命を頂いて自分の命に繋げている。


 自分の命に繋げてくれたことを感謝しなくてはならない。


「じゃ、オレも何かに食われんの?」


 村の外に出れば人間も魔物に食われる、と大婆は静かに言う。


「でもオレは食われたくないし。食われても相手に感謝なんかされたくないな」


 ふてくされたように言うクワンに大婆はそれは皆同じさねと笑う。


「動物も魔物も感謝を見せないだけで心得はしておる。人間だけがそれをせずに無益な虐殺をする生き物なのじゃ。だからワシらは特に感謝の意を忘れてはいかんのじゃ」


 もう行っていいかー、と痺れを切らしたように言うクワンに大婆は優しい笑みを返した。


 肯定と受け取ったクワンは立ち上がり、取ってつけたような礼を言うと洞を後にする。


 ついてきたハクが何かを言いたそうに顔を近づけるが、クワンは気にする様子もない。


「だってよー。食いモンにいちいち同情してたら生きていけないぜ?」


 コカ鳥だってオレに食われりゃ嬉しいさーと笑うクワンに、ハクは困ったように小さく鳴いた。


 大婆の説法など全く身になっていないといった様子で颯爽と歩くクワンの前に、ふわりと羽根が落ちる。


 その白い羽根が落ちてきた方に目を向けると、白い羽根に覆われた塊が降りてきた。


 その人の形をしたものはふわりと地面に降り立つと、くりくりとした目をクワンに向ける。


「まーた大婆に怒られてたのぉ?」


 半鳥半人の生き物は腕から伸びる羽根を一度大きく広げると内側に畳む。


「そんなんじゃねぇよ。なんの用だよウーラ」


 ウーラと呼ばれた鳥の姿に似た亜人は明らかに人ではないが、言葉を話し同じ文化圏で生活をしている。


 亜人とは太古の昔、妖魔との交配によって生まれたとか、呪いをかけられたとか伝承は残っているものの真実は分からない。


 妖魔よりは人間に近いため、人間から派生した生物だろうと言われている。


 人間より秀でた能力を持っている場合が多いが、絶対数が少ないため人間と敵対したといった話はあまり聞かない。


 このウーラも完全に村に溶け込んでいるクワンの幼馴染みだ。


 羽を畳んでいるとほとんど人間の姿形だが、衣服は羽との相性が悪いとかで着けていない。体が羽毛に覆われているので違和感はないが、それでも顔、腹部に羽毛はなく、人間のそれと変わらない。


 目は黒目だけで、それを愛嬌とみるか気味が悪いとみるかは人によってまちまちだが、足は完全に鳥類のそれである。


 腕を広げるとそのまま大きな翼になるが、鳥のように大空を羽ばたいて飛ぶことはない。


 羽根に浮遊の魔力があるそうで、その力を利用して木の高い所まで飛び上がり、そこから滑空するように降り立つ。


 身が軽く宙を踊るように舞うので、よく村の皆を魅了したものだ。


 ウーラも幼い頃に魔物に襲われた商隊から助け出されて村に来た。


 境遇が近いためクワンとは気が合い、小さい頃はよく一緒にいて、冷える夜にはよくくっつき合って寝たものだ。


 だが思春期が近くなってくると、種族的な価値観の違いもあり、クワンは少し遠ざけていたのだが、ウーラは気にせずよくまとわりついてくる。


 体つきも全体的に丸みを帯びて、衣服を着ていないということもあり、クワンはちょっと気まずいのだ。

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