プロローグ
砂漠の夜空は、地上で燃え盛る炎に照らされて赤く光っていた。
やや熱を帯びた風が焦げた匂いを運んでくる。
「おおい! 何か見えるか?」
何事かと様子を見に集まってきた者の一人が遠見櫓の上で目を凝らしている男に声をかける。
「いや。火だけだな。かなり遠いが……、砦の炎に焼かれたんだろう。間違いない」
「商団か?」
「分からない……が、そのくらいの規模だろうな」
砂漠を越えてはならない、と何度も忠告しているのになんで……といたたまれない気持ちで遠くの明かりを眺めていた女性の服を小さな女の子が引っ張った。
「ディメディア。危ないから出てきちゃダメだって……」
「お、おい! 何か来るぞ!」
女性が女の子を窘めようとした時、見張りの男が声を上げた。
見張りが指す方向を皆で凝視していると、確かに何かこっちに向かってきていた。
段々と大きくなる黒い塊は、ウマにしては小さい。それに誰も乗っていない、単体の騎獣のようだ。
あの商団で使われていたのが逃げ出してきたのだろう。
普段砂漠で見かける動物ではないし、なにより荷物や手綱などが付けられているのが見えた。
男達が捕まえようと近づいたが、興奮しているのか男数人を跳ね除けて突進する。
「おい! アルーラ。逃げろ! 危ないぞ」
二足で駆けるオオトカゲのような獣は、真っ直ぐに女性と女の子のもとへと走り、目の前で止まった。
「アルーラ! ディメディア!」
男達が騒ぎ始める中、女性は落ち着き払った動作で獣の頬を撫でる。
「大きな声を出さないで。この子が怯えるわ」
女性は落ち着かせるように獣の首を撫でていたが、その首に布の包が括り付けられているのに気がついた。
包の下に手をやり軽く持ってみると、覚えのある重さと感触。
獣の首から外し、布をめくってみると、思った通りだった。
「赤ん坊か?」
男達は動揺するも、獣が大人しくなったので余計なことはしない方が良いのかと様子を見守った。
女性が愛おしそうに揺らすと僅かに反応がある。
生きている。特に危険な状態でもないようだ。
女性は獣の頬を撫でて労いの言葉をかける。
「ありがとう。この子を守ってくれたのね」
母親から託されたのか。母親と似た姿形をしている年配の女性を見て、この人間なら何とかしてくれるだろうと駆け寄ったのかもしれない。
賢い動物のようだと頬を撫でる。
……あら? と女性は獣の口元を見る。
手綱のようでもあるが、口全体を覆うようになっていて、これでは口を開けることができない。
金具のような物を引くと、それは簡単に外れ、獣の口は自由になった。
獣はゆっくりと後ろを振り返り、砂漠に響き渡るように声音で大きく鳴いた。