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20話 天板裏にあったもの

 どうしようとササハは左手をポケットに入れたまま、地下を抜け小屋の外へと出た。

 夜は更け星空が広がる。正確な時刻は知りようがないが、夜はまだまだ続きそうだ。月明かりは眩しい程だが、光を遮る林の中は薄暗い。


(わたしのポッケ、鍵だらけだわ)


 右にもすでに二本忍ばせている。急いだほうが良いのに、ササハの足は重くなる。先程から少し前を歩くレンシュラとリオが心配そうにササハを見ていた。


「どうかしたか」


 呪具を右手に持っているレンシュラが立ち止まリ振り返る。それに合わせて、呪具の周りで飛び跳ねる小鬼の姿も見えた。小鬼たちもレンシュラには興味を示さず、呪具から出たり入ったりして、まるで遊んでいるようだ。


 呪具をベルデに渡せば屋敷は騒がしくなるだろう。それだけでなく、カルアンの当主が呪具に関係していると知れたら、ササハとレンシュラはどうなってしまうのか。

 追い出されるか、逆に捕らえられ人質にされるかも知れない。無意識に歩みを止めていたササハは、意を決したように顔を上げた。


「今から寄りたい場所があるんですが」


 レンシュラの表情が険しくなる。


「子供はもう寝る時間だ」

「子供じゃありません!」


 わざとの言葉にムキになる。


「明日じゃ駄目なの? と言うか今からどこに行きたいって言うの?」

「月闇の館の大旦那様の部屋」


 言って、ササハは左ポケットの鍵を取り出して見せる。リオの顔がゆっくりと驚愕に変わる。


「はあ? なん、」

「さっきメル君がくれた。あの男の寝室に行けって。だから大旦那様の部屋のことかなって」

「はああああ??! あのガキっ」


 黙っていれば女性が放っておかないリオの顔が盛大に歪む。先程のやり取りだけで、メルへの印象はよろしく無いようだ。


「お願いします。呪具を返すとそれどころじゃなくなると思うし、今しか無いんです!!」


 鍵を両手で握りしめ懇願する。

 ササハは強く目を閉じ、祈るようにレンシュラの言葉を待った。

 しかし、両者から反対されると思っていたお願いは、予想外にリオが賛同を示してくれた。


「この際いいんじゃない? 僕がササについてくよ」

「…………」

「睨むなよ。僕だって何かしらの手がかりが欲しいし、悪いけどレンは先に呪具(それ)をベルデに渡しておいでよ。今リオークの舵を取っているのは当主代理の旦那様だ。連絡を入れるにしても、フォローは入れてもらいたいだろ」


 だから戻ってベルデに言い訳してこい。という事だ。

 それはレンシュラも思うところで、迷ったのは一瞬だけだった。


「なら俺は先に戻る」

「僕等の事を訊かれたら適当に誤魔化しておいてね」

「ササハ。何かあったらコイツを囮にして逃げろ」

「解りました!」


 レンシュラが駆け出し、あっという間に遠ざかっていく。

 リオとササハは一度小屋に戻り、ランタンを拝借してから月闇の館へと向かった。


 月闇の館にはすぐに到着し、リオは「個室にも照明があるから」と屋敷の明かりはつけずに真っ直ぐ目的地を目指す。

 夜の屋敷は暗く、閉じられた窓から薄まった光が入り込むだけで、リオは魔力でランタンの光を強くし、伸びる影が大きく揺れている。

 薄暗い廊下を抜け、大旦那様の部屋の照明をつけてから、ササハはようやく緩んだ息を吐き出した。


「廊下暗かったね。怖かった?」

「怖かった……」


 ササハはしょもんとしながら頷いた。


「結局寝室か」

「あとクローゼットの天板」

「わぁーご丁寧だねー有り難ーい」

「ね」


 リオの目が笑っていないことにササハは気が付かなかった。


 リオが先に寝室の扉を開け、続いて中に入る。繋がる書斎とは違い、寝台のマットはむき出しで、家具も大きな物しか残されていなかった。部屋の主は四年前に他界しているから当然と言えばそうなのかも知れないが、殺風景で物悲しさを感じさせた。


「クローゼットってあれだよね?」


 一つしか無い両開きのクローゼットをササハが指す。


「天板だっけ?」

「うん。中から見たら分かるかな?」


 空っぽのクローゼットを見上げる。中には何も残されておらず、こもった木の香りが広がった。

 レンシュラよりも背の高いクローゼットは中も広く、背伸びをしても天板には届きそうもなかった。


「ササ、中に入ってちょっと押してみてよ」

「分かった」


 クローゼットの下段は引き出しになっているため、ササハは靴を脱ぎクローゼットの内側に立つ。今度は余裕で手が届き、ちょうど左半分の板が不安定に揺れた。


「あぃたっ」


 ガコンという音がし、天板の隙間から薄い木箱が落ちてきた。天板は隠し棚になっていたようで、持ち上げた板はどこかに引っかかり、残り半分は収納スペースとなっている。

 リオが木箱を手に取り蓋を開ける。ササハは他に何か無いかと手を這わせてみたが埃がついただけで何もなかった。


 ササハがずれた天板をもう一度押すと元の位置に戻り、振り返る前にリオが小さく呟いた。


「ササ。見てこれ」

「なあに?」


 ササハはクローゼットから出て靴を履く。中板の上で木箱を広げていたリオの隣に立ち、彼の手元を覗き込んだ。

 木箱の中にはむき出しの手紙と、一枚の人物画。


「これアイツだ。メルだ」


 人物画はスケッチブックの一枚をちぎったもので、鉛筆画の人物は指で何度も触ったようにところどころボケている。文字などは書かれておらず、スケッチの人物画がおそらくメルであろうという以外、何の情報もない。

 リオは次に手紙に目を通す。


「え――」


 手紙は短く、宛名も、差出人の名もなく、内容もたった一行だった。


「『大切なあの子を返してください』『許されない』『絶対に取り返す』」

「これって、手紙?」

「……全部で七枚ほどだけど、どれも似たような内容だな。返せとか、取り戻すとか」

「あの子って誰? もしかして」


 同じ木箱に入っていた人物画を見る。

 リオは手紙の文字を指でなぞっている。ゆっくり、しっかりと。


「そんな、まさか――――」


 今度は指だけでなく、掌で文字を覆った。リオの眉根にシワが寄る。


「何か分かったの?」

「……呪具と一緒だ。インクに血を混ぜ込んであるんだと思うけど――――文字からカルアン当主の魔力を感じる」


 リオが手紙を手放し、代わりにササハが拾い上げる。同じ様に真似てみてもササハには何も分からず、文字も短い恨み言ばかり。


「その手紙や呪具を送ったのがカルアン当主だとして、取り返したいあの子って誰なんだろう」


 独り言に近いリオの呟きに、ササハは鉛筆描きの人物画を見る。

 黒髪の、ササハが見たメルよりも、更に幼い年齢の少年。


「もしかしてメル君は、カルアンの当主様の子供とか?」

「いいや、子供がいたなんて聞いた事無いよ……結婚すらしていなかったはずだ」

「そうなんだ」

「当主様を見たことないから容姿が似てるかは分からないけど、関わりがある人物かも知れない」


 関わりがある程度の相手に、ここまで執着するだろうか。


「流石にレンも知らないだろうな」

「隠し子とか?」

「サーサ。憶測で滅多なこと言わない。メル(本人)がどこかで聞いてるかもよ?」

「ぅ、そうだね。ごめんなさい」

「謝らなくていいよ」


 ササハは手紙を揃え箱へ戻す。なんとかメルから情報を引き出せないかと思案し、蓋を閉じようとした時、蓋の内側に一枚のメモが挟まっているのを見つけた。


 ササハが気づいたように、リオも一緒に顔を寄せる。黄ばんでなにか――手帳から一枚引きちぎったような紙に、特徴的な書き癖のある文字で『あの呪具と子供を利用し、足りないものを補う』と書かれていた。


 ササハはヒュと息を呑み口を押さえた。


(呪具と子供を、利用?)


 利用とはどういう事で、子供とは誰の事を指しているのか。

 ササハの震える指から紙切れは滑り落ち、すぐ横でドサリと鈍い音がした。

 両手を床に付き、尻もちをついたリオが座り込んでいる。


「リ、オ……大丈夫?」


 そのまま動かないリオに、ササハは右手を差し出し顔を覗き込む。声に反応してササハを見上げたリオの瞳はハチミツ色で、大きく見開かれていた。


「ノア?」

「サ、サハ?」


 自分がどこにいるのか理解(わか)ってないのか、リオは確認するようにササハの名を口にした。


「びっくりした。急にノアになるから……あ! もしかして頭とか打ってない? どこか痛かったりは?」

「何もねーよ! そんな触んな」


 頭の形が変わっていないか確認するササハに、リオが恥ずかしそうに抵抗する。

 リオはようやく立ち上がり、きょろきょろと当たりを見回した。特に気を引くものはないのか言葉は発さず、ただ、僅かに眉をひそめている。


「なんかここ、嫌だ……」


 無意識だったのだろう。リオは一歩下がりササハの服を掴む。一度外に出るかとササハが提案する前にリオが振り返り、その表情が大きく変わる。

 ササハの背丈よりもずっと上の方を見上げ、ササハもその視線を追って背後を振り返る。


 影はない。


 振り返った空中には、真っ赤な薔薇の宝玉を咲かせた、一体のフェイルが二人を見下ろしていた。


「お……だんな、さま」


 リオに呼ばれ、黒い煙が大きく揺れた。

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