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19話 呪具

「カルアン当主の魔力って、どういう事ですか?」


 牢獄がある薄暗い地下。

 小さな、鶏の卵より一回り大きいくらいのサイズで、包帯のような古びた布が幾重にも巻かれている物体。呪具と呼ばれたそれは、黒の煙が布を突き抜けたゆたっている。それを直に持つレンシュラは苦々しい表情を浮かべるも、身体的な不調は感じていない様子だ。


「そのままだ。この呪具から現カルアン当主の魔力を感じる」


 現在のカルアンの当主は、確かササハの叔父。夢の中でした会ったことがない父親の、兄に当たる人物だとササハはロキアで聞かされた。

 レンシュラの言っていることは分かるが、話しが飛躍しすぎていて理解しきれない。


 ササハの口から意味をなさない音が漏れた。


「え……、そ、」

「この呪具に当主様が関わっている可能性が高い」


 リオも眉を寄せるが否定はしない。

 呪具という物騒な媒体。今も布から漏れ出す黒の煙は、からかうように小鬼の手を模しては溶けてを繰り返している。


「そんな物を、どうしてカルアンの当主様が?」


 ササハの問いに誰も答えられぬ中、また一匹、どこから来たのか黒の小鬼が呪具へと吸い込まれる。小鬼は地下牢の外から来たように見え、何となしにササハは元を辿り悲鳴を上げた。


「ひゃあ!」

「こんばんは」

「ササハ?」

「こんなところにあったのですね……」


 立っていたのは黒髪の少年で、急に声を上げたササハにリオが驚く。

 地下牢と隠された部屋を繋ぐ扉の向こう、ササハには黒髪に青の瞳を持つ少年の姿が視えているが、他の二人にはそれが分からない。


「……何かいるのか?」

「あの子! 呪鬼を教えてくれて、えーと、ローサちゃんの時も」

「メルと言います」

「メル君だって!」

「…………危険では無いんだな?」


 何もない空間に向かって話しかけるササハは奇妙に映るだろう。それでもレンシュラとリオは納得はしたようで、いつの間にか光らせていた特殊魔具の光を解いた。

 それと同時にレンシュラとリオが目を見開く。


「は?」

「嘘! あ、コイツがメルって奴!?」

「え?」


 急に腕を引かれたと思えば、ササハはレンシュラの背中に隠された。驚きの声を上げるレンシュラとリオに、どうしたんだと顔を覗かせる。

 ササハには違いは分からなかったが、指を差し、メルの名前を呼ぶ二人には、今になってメルの姿が見えているようだ。


「ぅわぁ~……見えるのに触れない。本当に霊っていたんだ」


 リオが無遠慮にメルの腕辺りを何度も貫通させている。


「二人にもメル君が見えているんですか?」

「……ああ、ぼんやりとだが見えている」

「貴女方とお話がしたくて、少々無理をしています」

「話だと?」


 レンシュラの声音が強くなる。メルは気にしていないのか、幼さが残る顔はピクリとも動かない。

 ただ、無言のままに頷いた。

 メルはレンシュラが持つ呪具を指すと、変わらぬ表情のまま言った。


「その手に持っているものを壊してもらえませんか?」

「!?」


 レンシュラとリオが驚いた表情をする。


「……これが何か理解して言っているのか?」

「はい」

「ならどうして壊そうなどと? この呪具はいったい何だ?」

「それが呪具と呼ばれるものだとは知っていますが、詳細は知りません」

「どういう事だ? よく知りもしないものを壊したいのか?」

「そうです」

「………………」


 単調な様子のメルに、レンシュラは苦い顔をする。


「…………悪いがお前の要望に応える気はない。応える理由もない」

「そもそも、誰なのキミ?」

「メルと言います」

「それは聞いたよ。そうじゃなくて、もう少し詳しく教えてくれないかな? 僕等も、どこの誰かも分からない、しかも死んでる霊から無茶な要求されても困るんだよね」

「さあ。私もこの姿になった影響でしょうか、覚えがありません」


 表情を変えずにメルが言う。リオは悪態の代わりにため息を吐いた。


「悪いけど。僕もレンに賛成。怪しすぎ。壊したいなら自分で勝手にやれば?」

「私には無理なのでお願いしています」

「僕等になら出来るって?」

「はい。貴方と彼女なら」


 言ってメルが指したのはリオとササハ。ササハは腕を掴まれたままで、レンシュラの背中越しにメルを見る。


「メル君はこれのせいで困ってるの?」

「ササハ」


 レンシュラに咎められる。


「はい。困っています」

「話にならない。しかも解呪ではなく呪具の破壊。こちらにも、周囲にも、どんな影響があるか分かったものではない」

「解呪が出来るならそれでも良いのですが、それほどの技術は持ち合わせていないでしょう?」


 レンシュラがイラっとしたのが伝わった。メルの見た目が十ニ、三の子供でなければ、嫌味の一つも返したはずだ。何とか堪えたが口元が引きつっている。


 メルの視線がリオとササハへと戻る。答えたのはリオだった。


「正直、呪具の破壊はリスクが高すぎるし、壊せたところで呪いも消えるかは分からない」

「そうですね」

「だから教えてよ。危険を犯してまでこれを壊す理由を」


 本来であればベルデに報せ、リオーク家預かりとなる話である。

 呪具の目的や呪いの内容も判明しておらず、さらには呪具からカルアン当主の魔力が感知されているのに、その呪具をカルアン側の人間が独断で破壊するだなんて……。


 ましてやフェイル討伐の要である四家門のうちの一つ、カルアン当主の呪いだ――――下手に手を出した惨事など、考えたくもない。


「それを壊す理由ですか?」


 幽霊も瞬きをするんだなとササハは口を開けている。


「あの方が望まれたからですよ」

「あの方?」

「はい」

「……・・・いや、誰だよ。あの方のお、な、ま、え、は?」

「さあ? どなたでしょう?」

「ふざけんな!」


 リオもレンシュラも、ブチギレ寸前。メルはしれっと涼しい顔で佇んでいる。

 あの方と呼ばれる人が呪具の破壊を望み、メルはそれを叶えたいと言うことのようだが。


「ねえ、呪具を壊すのをどうして反対するの? 呪鬼……リオの記憶がないこととか、ローサちゃんの様子がおかしいのも、呪具のせいかも知れないじゃない? なら壊したらそれも解決するんじゃないの?」

「解決するかも知れないし、しないかも知れない」

「そうなの?」


 リオの言葉にササハは尻込みする。


「それに呪具はそう簡単に壊せるものではない」

「そうそう。中途半端に叩いて呪いを歪ませちゃったりしたら最悪だよ? 術者の力が強ければそれだけ反動もあるし、呪いの力が増しちゃうかも知れない。そうなったらこっちの命が危ない」

「そう……なんだ。無責任なこと言っちゃってごめんなさい」


 ようは正しく処理が出来ないなら手を出すな、だ。

 もしくは――。


「私が言っているのは呪いの解呪でも、中途半端な攻撃でもない。反動が出ないほど圧倒的な力で破壊して欲しいと言っているのです」

「だから、そんなこと出来るわけないじゃん」

「出来ます」

「…………」

「――――」

「なら黙ってないで、どうやるかを説明しろよ!」

「説明? 今、言ったではありませんか。圧倒的な力で破壊して欲しいと」

「無理コイツ。合わない~」


 リオが愚図るが、レンシュラも似たような心境だ。

 二人の顔に青筋が浮かぶ。


「呪いでもなんでも、実在するなら必ず核がある。人間で例えるなら心臓のような。植物で例えるなら根のような、そのものの生命線となる核が」

「じゃあ、呪いにもその核があるの?」

「あります。呪いの反動は核を一度で破壊できず、半端に刺激を与えることによって生じます。ですので一度で核を破壊すれば反動は無いはずです」

「だから、それが現実的話じゃないって言ってるの!」

「出来ます。――先程も言いましたが、貴方たちお二人であれば可能です」


 メルはリオの言葉を切る。メルの瞳には、どうして理解できないのかと、怒りを含んでいるように見えた。


「なら、この呪具の核はどんな物なの?」

「…………」


 ササハの問いにメルは黙った。


「結局黙りかよ」


 リオが冷たく言い放つ。話にならない。


「どのみち呪具の破壊はしない。呪具については……俺達の一存で手を加えることは出来ない」

「普通にカルアンの立場ヤバくない?」

「……仕方ないだろ」

「気づかなかったことにして戻しちゃう?」

「リオ!」

「いいや。どのみち霊相手に口止めも出来ないし、無理だろう」


 言ってレンシュラは目を細める。メルは視線すら寄越さなかった。

 「残念です」とメルは無表情のまま目を伏せる。僅かにリオとレンシュラは身構えたが、メルは特に何をするでもなく姿を消した。

 すっと消えるメルに、ようやく緊張の糸を解く。


「消えた……」

「なんだったのアレ! 話がややこしくしなっただけなんだけど!」


 メルが消えた様に見えたのは二人だけで、ササハの目にはまだ、口元に人差し指を突き立てるメルの姿が視えている。


「貴女だけに内緒のお話です」

「あーもう、今日は流石に戻ろう? なんか一気に疲れた」

「そうだな」


 ランタンを取り、隠し部屋の方へと歩き出す。呪具はベルデに押し付けようと言うレンシュラがメルをすり抜け、メルはササハへと手を伸ばす。


()()()の寝室にあるクローゼットの天板です」


 強引に手を引かれ、ある物をササハの掌へと落とす。


「ササー。行くよー」

「腹の膨れた小鬼たち。小鬼が奪ったモノはどこにあるのでしょうね」


 ササハの手には、月闇の館の鍵が握られていた。

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