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16話 地下の部屋

 上げた視線の端で、ランタンから漏れるオレンジ色の光が揺れている。


「レンシュラさん?」

「なんだ」

「……身体がだるいとか、熱っぽいとかありますか?」

「いいや?」

「でも呪鬼が何かは分からないんですよね?」

「何か重要なことだったか?」


 何とも言えずササハは押し黙る。

 レンシュラから教えてもらったことを、レンシュラ自身が分からないと言う。

 どくどくと、自分の鼓動の音が気になった。


(覚えてない……? 記憶がなくなったの?)


 昨日レンシュラは、呪鬼は呪いの形だと言っていた。そしてその呪鬼が今レンシュラの足元にいた。

 薄く開いた扉から漏れ出る空気は冷たく、混乱していたササハの頭を冷やした。


「わたし、その扉の向こうを確認しに行きたいんです」

「……どうせなら、リオが起きてからにしないか?」


 どこまでは覚えているのかと、ササハは目を伏して首を横に振った。


「これ以上奪われたくない」


 記憶が奪われているか、いじられていると仮定して、呪鬼と接触した時点で駄目なようだ。


 詳しいことは何も分かっていない。なぜ特定のことを忘れてしまうのか、またその忘れてしまう記憶に、呪鬼が取り憑く人物に、条件や、共通点があるのか。誰から、いつ、何の記憶が消えるのか――――。


 次にリオが目覚めた時。ノアに会えた時。お前は誰だと言われたらどうすれば良いだろうか。


 ここへ向かう前すでに、ササハのお願いに敗北を宣言してしまったレンシュラは、仕方ないといった様子で扉を開けた。


 太陽光を感じさせない冷気が逆流し、軋む蝶番の音が反響して消える。扉の奥は闇で、かろうじて部屋から漏れでる光が地下へと続く階段を教えてくれた。

 レンシュラが少し待てと声をかけ、天井から下がるランタンを取り外し手に持った。背の低い扉をくぐる為にレンシュラはデカイ図体を小さく折りたたみ、ササハもその後ろから顔だけ覗き込む。


 階段は思ったよりも深くまでは潜らず、すぐに行き止まりの壁が見えた。そこから右手に空間が続き、部屋があることが分かる。

 くぐる扉こそ低かったが、中は十分な高さがあり、内側を石壁で敷き詰めていた。


「はっ。厳重だな」


 鼻で笑うレンシュラの声が階下へ響く。


「何がですか?」

「浸水や揺れで崩壊しないよう、保護魔法がかけられている」


 一人分ほどの道幅を順に下りる。ササハには魔法のことはよく分からないが、レンシュラが言うのであればそうなのだろう。


「これならたぶん、どこかに照明用の魔道具があると思うんだが」


 言うもレンシュラはすでにアタリを付けていたのか、ランタンで壁面を照らし目当ての物を自身で見つける。

 途端、ランタンのオレンジ色の光とは違い、白の太陽光の様な明るさが部屋に満ちた。


「わぁ……」


 一言で言えば学者の書斎。

 広さは先程の小屋と同程度か、それよりもやや小さいくらい。中央の壁側には大きめのデスクに、その正面の壁にはボードと、そこに貼り付けられているのはメモや、簡易な絵図が書かれた何やらの資料。残りの側面を埋めるように書棚が並び、そこかしこには本やらファイルが積み上げられていた。

 置いてあるデスクは付属の椅子も一人分で、この室が地下にあるという事を除けば、何の疑念も持たなかった。


 ササハはまず最初に、一番目を引く紙だらけのボードへと近寄った。ピンで突き刺された書面の文字は、知っている文字のようで全く違う、暗号か異国の文字のようだった。数枚だけ存在する絵図はどこかの地図と、まだ幼い一人の子供の姿絵。ササハはその描かれている子供に見覚えがあった。


「……ノア?」


 間違えたリオか。描きかけのデッサンのようなラフなものだが、幼い輪郭の、まだ子供の頃のリオ。


「レンシュラさん! これ、見て下さい」


 しかしレンシュラは側面の壁一点を見つめており、その表情は強張っている。


「レンシュラさん?」


 問う程度の声音には反応はない。


「レンシュラさん!」


 距離を詰め、声を張ったところでようやくレンシュラの意識が戻る。

 レンシュラの表情は、どこか当惑した様子だった。


「どうしたんですか? なにか怖いものでもありましたか?」


 ササハは青ざめ、恐る恐るレンシュラが見つめていた場所を見る。

 見る限りは壁面側に布を垂らした棚があるだけで、空白が目立つが倒れたファイルや紙の束が置いてあるくらいだ。


「いや、いい……それより、どうした?」


 レンシュラは誤魔化すように話をふり、ササハは素直にボードの紙束に埋もれている姿絵を指差した。


「あれ! あの絵見てください。あれって小さい時のリオですよね?」


 ササハの頭上を視線が通り過ぎ、レンシュラの目が細まる。

 秘密の地下室に暗号文字。どの様な理由であれ、レンシュラには楽しい話には思えなかった。


「他に何かない探そう。もうすぐ日も暮れる。暗くなる前には戻るぞ」

「はい」


 訳ありの気配しかない友人(リオ)の姿絵に、レンシュラにもやる気が芽生えた。




 しばらく地下の秘密部屋を家探ししたが、目ぼしいものは何も見つけられなかった。

 あるのは地図や、魔法に関するあれこれ。手書きの物は全て暗号文字で書かれており、書かれている内容は僅かも理解できなかった。


「この部屋怪しい! って事以外何も判りませんね」

「…………そうだな」

「レンシュラさん、本当にどうしたんですか? お腹減って元気ないんですか?」

「なんでも無い」


 レンシュラは適当に返し止まっていた手を動かす。なぜかレンシュラは先程から時折手が止まり、何かを探すように視線を動かしているのだ。

 追求しても解答は得られそうも無いので、ササハは最後にとデスクの上に乗り上げた。


「この姿絵が描いている紙だけでも持ち帰っていいですか?」

「何のために?」

「ベルデさんに見せてみようかと」

「………………」


 良いとも悪いとも言わないレンシュラに増々疑問が募る。


 もういいやとササハは姿絵に手を伸ばした。卓上に積まれていた書類に手を付き、引きちぎると同時に姿勢を崩す。

 ササハは積まれていた書類をばら撒きながらテーブルから落ち、頭を庇って左肩から床に落ちた。


「いたた」

「大丈夫か!?」


 レンシュラが駆け寄り、ササハの頭を撫で回す。レンシュラの角度からは、頭から落ちたように見えたからだ。


「大丈夫です。ちゃんと受け身を取ったので!」


 肩を擦りながら上体を起こし、ふとデスクの下を見る。

 通常椅子が収まっている、足を入れるスペース。両サイドを三段ずつの引き出しに囲まれ、デスクのカラーに溶け込むように一冊の手帳が落ちていた。


「あ! これって」


 葉書きより一回り大きいくらいの革の手帳。ボタン留めで分厚く、ササハは戦利品だと言わんばかりに手帳を持ち上げレンシュラを振り返った。


「レンシュラさん。手帳を見つけました!」


 ササハは床に座ったまま手帳を開き、冷えるぞと引き上げられながらページを捲る。

 しかしやはり中身は暗号化されており、残り四分の一にたどり着いた時ササハは声を上げた。


「このページだけ読める!」


 それ以降は白紙だけが続いているが、その前の書き文字の最終ページ。乱雑に、書き殴られたような掠れた文字が、規則正しい枠線を無視して綴られている。


「これって……?」


 そこにあったのは誰かの独白。ご丁寧に日付まで記されており、その日付は九年前のものだった。

 手記の内容はこうだ。


――気分が悪い。思い出せない。なぜ私がこんな目に。何がしたい。何が起こっている。忘れてはならない。残さなければならない。忘れるな 忘れるな わすれるな


 最後の文字は水滴の後が付着し滲んでいた。


「この人も記憶がなくなったみたいね」

「何の話だ?」

「いえ、それにしても誰なんでしょう。これを書いた人は」


 最後のページまで進めてみるが、身元が判りそうなものは無かった。

 手帳も姿絵と一緒に確認しようと、姿絵のほうは折りたたみ手帳に挟む。


「そろそろ戻ったほうが良いですよね?」

「そうだな」


 結局、これという程の進展はなく、地下室に下りてからは呪鬼の姿も無かった。


「リオ、起きてると良いですね」

「そうだな」


 レンシュラはササハの背を緩く押し、先に行くよう促す。最後に照明用の魔道具に手を伸ばし、レンシュラは布張りした棚がある方角を一瞥した。

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