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3話 ロキアの町

 すっかり日も昇り、むしろ昼の鐘が迫るころ。ササハは木の上から町の入口を睨みつけていた。

 目の下には薄っすらと隈が浮かび、ぐったりとした様子で行き交う人々を見送る。町を塞ぐ城壁は高く、しかし手入れはされていないのか所々欠けていたり、穴すら開いている。人通りは思いの外あるようだが、来る者は拒まず精神なのだろうか、検問所としてはあまり機能していなさそうだ。


 今すぐ木から飛び降り、少し歩けばすぐにでも中に入れる。

 しかし、大木に張り付く両手が緩むことはなく、大地を踏みしめるべき両足は体重を支える幹に絡みついて離さない。

 行かねばならい。あの町に、祖母がいる可能性があるのだから。


「ぅ、うぎゅぬぅぅぅぅっ……。う、噂なんて嘘。昨日見たのも、夢。人は消えないし、幽霊だっていない。いないったらいない!」


 昨晩の出来事を思い出し、思い出してはビビリ散らかし、終いには拒否反応すら覚え始めてしまった。


「やだぁ。ばーちゃん、ばーちゃん。ばーちゃんが迎えに来てよう」


 誰も聞いていないからと弱音を吐く。

 そうしてぐだぐだ時間を無駄にしている内に、通行人の誰かが気づき通報された。町の中から自警団らしき男が二人出て来て、木の上から降ろされ事情聴取された。しばらく話をして害はないと判断されたのか、無理せず、暗くなる前に帰りなさいと諭され、これでも食べて元気を出しなと干し葡萄を貰った。男の携帯おやつらしい。

 そうして何だかんだ貰った葡萄を頬張り、ありがとうございますと鼻をすすりながら門をくぐった。自警団の男たちは結局町に入るのかと苦笑を浮かべていたが、門まで一緒について来てくれた。いい人たちだ。


 早朝、開門前から様子を窺い、ササハが城門を通過するまで半日かかった。

 ササハの鞄の中には、今なお昨日の幽霊(推定)の忘れ物が入っている。




◆◆□◆◆




「うわぁぁ」


 城門をくぐり、ひとつ角を曲がっただけ。

 ササハの目に飛び込んできたのは、想像していたものとは異なる、活気のある賑やかな情景であった。

 建ち並ぶ建物はどれも背が高く、建物同士の距離も近い。村では隣の家まで随分な間隔が空いているし、ササハの家など山の中だ。お隣さんなんていなかった。

 道も馬車がすれ違えるほどには広く、少し歩いた中央には大きな広場があり、屋台のような店がいくつも並んでいた。広場のど真ん中には、案内板も兼ねた大きなオブジェクトまである。


「本当に家が長いっ!!」


 村で一番大きな建物でも女主人の宿屋で、それも二階建てであった。それが今目の前にあるのは倍の、下手したら倍以上の高さがありそうだ。


「いち,に,さん……わ! 五階建て! 嵐の日とか揺れたりしないのかな!!」


 指差しで数えている姿は田舎者丸出しで、すれ違う人に小さく笑われたりして顔が赤くなる。即座に澄まし顔でその場を離れ、いい匂いの屋台の前で似たようなことを繰り返す。


「はっ。こんな所で散財してる場合じゃなかった」


 右手に甘辛いタレの串焼き。左手には芋を潰して焼いた、食べたことのないもちもちした何か。朝昼兼用だと言い訳し、財布はしまって食べることに集中した。


「全く。早くばーちゃんを探さないといけないのに」


 タレで汚れた口元を拭い立ち上がる。

 何の当てもなくここまで来た。祖母が何を目的にこの町を訪れていたのか、それすら知らない。

 まずは聞き込みかしらと広場を見渡し、あるモノが目に留まった。

 広場の中央にある、ササハの背丈の二倍ほどはある案内板。元は噴水だったのか、大きな円形のくぼみに、色味の違う円柱がぶっ刺さっている。円柱の上部には、申し訳程度の板が突き出しており、港の方角を示していた。


(みんな避けて通るから、あそこだけ変な空間が出来ちゃってる)


 邪魔なら解体して退かせばいいのに。噴水の名残の段差に足をかけ、その上に立つ。雨風に晒された石面はザラつき、しかしササハの体重を難なく受け止め、頭二つ分ほど目線が高くなった。

 ササハは鞄から三体の布カタシロを取り出すと、勢いよく空中に放り投げた。放り出された三体のカタシロは、空中で蠢くような動作をし、緩やかに高度を落とす。本当は軽やかに輪になってダンスを披露する予定だったが、あくまで予定なので仕方がない。


「ばーちゃん! どこーー? 見てるーー?? いたら返事し」

「コラァーーーー!! そこ、広場での芸目は禁止だ!」

「ひぇ、すいません!」


 怒鳴られ、ササハの頭上を浮いていたカタシロが、一気に浮力をなくし落ちる。

 遠目に、入り口であった自警団の男とは違う男が走ってくるのが見えた。


「まったく……、一体どこの店の子だ? 出店許可証を提示しなさい」

「許可証? えっと、その」


 ヤバい、と表情に出し、笑って誤魔化した。が、許されなかった。


「……少し詰め所に来てもらえるかね」

「違うんです、すいませんーー!!」


 首根っこを捕まれ、謝罪も虚しく連行される。

 多くの通行人が足を止めていたが、遠ざかる声に興味をなくし、日常へと戻っていく。そんな中


「――今のは」


 誰かも分からぬ小さな呟きが、ササハの背に向けられた。






 ササハが自警団の詰め所から開放されたのは、鐘一つ分ほど時間が経った後だった。

 そもそもが、収益を目的とした無許可パフォーマンスだという誤解があり、その誤解を解くのに半刻。残りの半刻はササハの「祖母を探しに来たんです」と言う言葉を起爆剤に、男から延々と慰めの言葉と、仕事の愚痴を聞かされていたのだ。

 ()()、この町から行方不明者が出たのかと。


「そうかぁ。山側からここまでばあさんを探しに……大変だったなぁ」

「山側?」

「ああ。すまん。こっちではロキアを海側、農村が多いアジェの方角のことを、山側って言ってんだ」

「へー。はじめて聞きました」

「俺たちが勝手に言ってるだけだからな」


 男は豪快に歯を見せて笑った。


「――で、本当に目撃情報依頼書は作成しなくていいんだな?」

「はい。まだ来たばかりだし、まずは自分で探してみます!」

「そうか。なら必要に……いや、早く見つかると良いな」

「……そうですね。ありがとうございます」


 入り口まで見送られ、男はおざなりに手を振って建物の中に戻って行った。

 扉が閉まるのを見届け、ササハは荷物を持ち直す。

 詰め所の壁沿いには沢山の張り紙がされており、どの紙にも大きく『目撃情報依頼』の文字が書いてあった。


 まだ新しそうなものから、黄ばんで長い年月を感じさせるものまで、十数枚の張り紙を眺める。中には小さな子供の依頼書もあり自然と眉根が寄る。

 ササハはしばらく無言で眺めた後、広場に戻ろうと踵を返し悲鳴を上げた。


「きゃあっ……びっくりし、え?」


 ササハのすぐ真後ろに、十にも満たない小さな子供が立っていた。

 先程、振り返った時にぶつからなかったのが不思議なほどの至近距離。少年なのか少女なのか、服装や見た目からは判断がつかない。

 ほぼつむじしか見えなかった子供から一歩後ろに下がり、しゃがんで目線を合わせた。この辺りでは珍しい、真っ黒な瞳の子供だった。


「どうしたの?」


 首をかしげ訊いてみる。

 親が近くにいる様子はないし、友達や連れがいる様子でもない。


「もしかして迷子かな? あ、だから自警団(ここ)に来」


 ぞわりと、冷気が背をつたい、背後から伸びた人影がササハを覆い隠した。大きく長い。ササハ一人すっぽり収まるほどの影。地面に伸びる影はまるで、ササハを見下ろすかの様に首が前にめり込んでいた。


「!」


 ササハは勢いよく立ち上がり後ろを振り返る。

 しかし、あるのは依頼書だらけの壁だけだ。影が出来るような物は無いし、なにより自身から壁まで、人が入り込めるほどの隙間は無かった。


――ごめんなさい。


 すぐ耳元で子供の声がした。

 再び前を向き、しかし、そこに先程の子供の姿は無い。


「――――――っ?」


 殆ど、荒い息だけの声が漏れる。

 誰も居ない。いや、人通りはある。向かい側では薄着のじいさんが木陰で水を撒いているし、少し離れた家からは夕食のための香ばしい匂いも漂ってくる。


「!!!?!???」


 何だかもう、泣きたい気持ちで、なんなら半べそをかきながら詰め所に飛び込もうかと視線をやって、ササハは昨日見たハチミツ色を見つけて走り出した。


「ノ、ア!」

「ぐっぅ!」


 頭突く勢いで、通り過ぎようとした背に縋り付いた。

 驚き振り返った顔はやはり昨晩会った人物で、「触れる! あったかい!」別れ際の出来事が忘れられず感触を確かめる。


「なっ」

「貴方やっぱり生きてるじゃない! 昨日のはなんだったの!」

「何を」

「わたし、あの後びっくりして、本当に、貴方が幽霊かと――あれ?」


 押し倒しはしなかったものの、腕を掴み、密着したままの姿勢。顔を上げればすぐ近くにあったハチミツ色は、暗がりで見た時より青みがかって見えた。


「貴方、目の色」

「離せ」

「え――きゃっ!!」


 どん、と強く拒まれ、ササハは後ろに倒れる。

 尻を強打し、抗議の意を示しノアを見上げるも、見下ろされる冷たい瞳に血の気が引いた。


「はあ。なんなの? 最悪。――――悪いけど、他所(よそ)をあたってもらえるかなー」


 笑顔で、なのに纏う雰囲気は真逆で、ササハは困惑し固まる。


「……?」

「身売りなら、別の町でやったほうが効率いいよ。じゃあね」


 不思議そうなササハに、迷惑そうに侮蔑を吐く。

 汚いものでも払い落とすかのように衣服を正すと、ノアは座り込んだままのササハを無視して歩き去って行った。


「……え?」


 ただ、ノアが消えていった通りを眺め、呆然とした思考を手繰り寄せる。

 尻もちをついた時に手を擦りむいたのか、じくじくとした痛みを右手から感じた。


「身売り?」


 誰が? わたしが?


「はああああ??」


 顔を真っ赤にし立ち上がるササハを、薄着のじいさんが気の毒そうに見ていた。

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