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12話 探したり追いかけたり

「ノア!」


 気を失い倒れたリオに手をのばす。


「ぅ……大丈夫、だから」

「あれ? リオ?」


 意識をなくしたと思ったがササハが彼に触れる前に、リオは顔を上げその場に座り込む。リオの瞳には空色が戻り、しかし顔色は血の気を失い青白いままだ。


「リオ、本当に大丈夫? 真っ青よ」

「びっくりしたよね。ごめんね、本当に平気だから」


 額には脂汗が滲み、リオはそれを乱暴に拭う。薄く笑みを浮かべているが顔色は変わらぬまま、ササハは人を呼んで来ようと立ち上がる。


「あっちのお屋敷に戻ろ。わたしレンシュラさんたちを呼んでくる」

「いいから。ちょっと――急に目眩がしただけだから」

「でも」

「それより鍵。あれ拾っといて」


 先程リオに駆け寄る際、咄嗟に放り出してしまった金色の鍵。それをリオが力なく指差すものだから、ササハは仕方無しに拾いに行く。


「リオが気分悪くなったのって、この鍵のせい?」

「たぶん」

「たぶん?」

「僕じゃない。あの子が怖がってる」


 鍵を握りしめ、リオの元へ戻ろうとした足を止める。

 あの子とはノアの事だ。


「これは何か悪いものなの?」

「さあ? 僕にも分からないけど、ただの鍵にしか見えないね」


 何の変哲もないただの鍵。手に持つササハにもそうとしか映らない。けれど彼がこの鍵を嫌がるというのなら、目に触れないようにとポケットに仕舞う。

 リオがゆっくりと立ち上がろうとし、しかし足に力が入らないのか体勢を崩し書斎机にもたれかかる。


「悪いけど肩、貸してくれない」

「なんなら背負っても」

「それは嫌。お願い止めて」


 意外と出来てしまいそうで、リオは全力で首を横に振る。再びレンシュラを呼ぶと言い出しそうなササハに先回りして、リオは書斎机を支えに何とか立ち上がる。リオの足は頼りなく震え、しかしその理由は全く分からない。

 埃を掻いて指の跡が残る机に、リオは苦い表情を浮かべた。


「どうしよう。このままにしといたらベルデにバレるかな?」

「ちゃんと説明して謝ったらいいじゃない。下手に隠して泥棒が入ったと誤解されたらどうするのよ」


 勝手に物を持ち出そうとしているのに、誤解も何もないだろうと思うが、リオは訂正すること無く事実を伏せる。

 徐々に落ち着いてきたのか、部屋を出る頃にはリオは一人で立てるようになった。それでもまだ顔色は悪いままで、少し外の空気が吸いたいと二階に上がる階段を通り過ぎた。


「寒いだろうし、ササは先に戻ってなよ」

「心配だし、邪魔じゃないなら一緒に行く」

「そ。じゃあ一緒に行こう」


 常より遅い足取りで入り口まで歩く。

 知らずの内に慣れてしまっていたようで、外に出た瞬間埃っぽくない空気を大きく吸い込んだ。


「さっむい!」

「だから言ったじゃないか。風邪引くから中に戻りなよ」


 ササハには中に戻れと言うのに、リオは扉を避けて壁に持たれながら地べたに座る。そんな姿をベルデに見つかれば、リオークの人間としての振る舞いがどうとか説教が始まりそうだ。

 逆にササハは石段の際まで走り、馬車の姿があったりしないかと飛び跳ねて遠くを見ようとしていた。


「ベルデさん夕方にって言ってたもんね。やっぱりいないや」


 しょぼんとした背中をリオが眺める。

 ササハはやっぱり寒いと、何か羽織るものでも探して来ようかと振り返り、リオの足元に黒い小鬼が居るのを見つけた。


「い、やめぇぁぁぁぁぁ!」

「え!?」


 大声を上げながら、リオに当たらないよう黒の小鬼を蹴っ飛ばした。リオには何も視えていないようだが、ササハに蹴られた小鬼は吹っ飛び、リオは突然の奇行に肝を冷やしていた。


「な――ササ?」

「アイツよ! リオがしんどいのも、きっとアイツのせいだわ!」

「へ?」


 小鬼は重さを感じさせない放物線を描き、ころころ転がって普通に起き上がった。怒ったように二、三その場で飛び跳ねると、今度は消えずにどこかへ走り去っていく。


「あ! 逃げちゃう!」

「ちょっと、ササハ!?」


 ササハは小鬼を追いかけ走り出し、驚いたリオは立ち上がろうとして足が絡みそのまま転ぶ。


「サ――」


 ササハは屋敷の裏側へと姿を消し、すぐにリオの視界からいなくなる。


「いったいどうし――――あ」


 ササハはリオの足元で、足を振り上げた。まるでボールか小さい何かを蹴り飛ばすように。


「あれか! ローサについてた黒いのがいたんだ! ちょ、レーン!! ベールーデー!!!!」


 リオは腰につけていたポーチから魔道具を取り出し、肩と手で器用に耳を塞ぎ魔道具の金具を引く。魔道具からはバカみたいなラッパの音が飛び出し、振動が痛いとリオはへたり込んだ。






 ササハとリオが二人で抜け出し、レンシュラが年頃の娘を持った父親のように、落ち着き無く書庫室を歩き回っていた時。


――――ズッパラッパッラッパパパッパラッパ~♪


 バカみたいなラッパの音が、二階の書庫室まで響き渡った。


「なんだ!? この音程もメチャクチャで気に障る音は!」

「リオだ!」

「なに? もしや何かあったのでは――シラー!」


 ベルデの言葉など待たずレンシュラは部屋を飛び出す。音は屋敷内と言うよりも、むしろ外。入り口あたりから聴こえたと、考える間もなく感覚に身を任せた。


「レン! こっち、外! ササハが」


 入り口の扉を開いたリオが叫ぶ。


「ササが裏の林のほうに何かを追いかけて行っちゃった!」


 階段に着く前に二階から飛び降りる。

 何かってなんだとか、なんですぐに追いかけなかったんだとか、言いたいことは山程あったが、殺意は視線に込めるだけで一気に外へと駆け出た。


「あっち! あっちの方角! あと、今の僕じゃ絶対追いつけないと思ったからなんだよーごめーん!」


 背後で遠ざかる謝罪の声に、文句を言いにくい顔色をしやがってと思考を切る。


「ササハぁ!」


 姿は見つかっていないが大声で名を呼び、屋敷の死角から抜け出した。

 裏手にはなにもない平地が続き、しばらくしてから葉の色を変えた林が始まっている。

 その林の入口には、今まさに林の暗闇に溶け込もうとしているササハの背中が見えた。


「ササハ、止まれ!」


 しかしレンシュラの声が届いていないのか、または別に気をとられそれどころではないのか、ササハが足を止める気配はない。レンシュラは舌打ちを漏らすと、頭の横で浮いている特殊魔具に魔力を流し、全身が赤い光を纏った。

 レンシュラの首筋に血管が浮かび、踏み込んだ足先が地面を踏みつぶす。


 ざりっ、と地を蹴る音だけを残し、今まであったレンシュラの姿が消えてなくなる。レンシュラは通常ではありえない速さで地を蹴り、あっという間にササハへと追いついた。


「きゃあ!」


 ぐっと腹部に衝撃を感じ、ササハは初め何者かに攻撃を受けていると勘違いした。


「え、レンシュラさん?!」

「何をしている。迂闊に一人になるな」

「だって、あっちに」

「………………」

「ぅ、ごめんなさぃ」


 無言の圧に耐えかねてササハはぺしょりと縮こまる。それでも諦めきれないと逆にレンシュラの腕を引いた。


「お願いします。あっちに行った黒いのを追いたいんです」

「黒いの?」


 ササハが林の奥を指差し、レンシュラはそちらを見る。レンシュラは未だ赤い光を纏ったままで、薄暗い林の奥までしっかりと見えた。


「あの小屋のことか?」

「小屋? 暗くてよく見えないけど、小屋があるんですか?」


 腰帯を掴まれたままササハが飛んで目を凝らす。かろうじてシルエットが見え、勢いよくレンシュラを振り返った。


「あそこまで」

「駄目だ」

「何でですか! あの小屋、絶対怪しいじゃないですかぁ!」

「怪しいなら尚更近づくな」

「黒いのもあっちに逃げたし、きっと黒いののアジトだと思いませんか!」

「思わんし、そもそも黒いのって――」


 そう言えばロキアでササハはフェイルの事を黒い化け物と呼んでいた。


「もしかしてフェイルが出たのか?」

「フェイルかは分かりませんけど、こう、黒い赤ちゃんサイズの……樹木!」

「樹木?」

「屋敷にいた子が、アレは樹木だって言ってました」

「樹木? 木なら周りに沢山生えているが……じゅき」


 一瞬だけ周りにある木々に目をやったレンシュラだったが、何かに気づいたように目を見開く。


「もしかして呪鬼か?」

「だから樹木だって言ってるじゃないですか」

「呪鬼を追いかけるだなんて、なぜそんな危険な事を」


 なぜあの小鬼を指して樹木と呼ぶのかササハには全く理解出来なかったが、レンシュラには話しが通じており、本当のことだったのだと気持ちが高まる。


「レンシュラさん、樹木っていったい」

「帰るぞ」

「は? え、やだ。嫌だってば、帰りませんー!!!」

「暴れるな。大人しくしろ」

「んいぃーーーーー!!!」


 肩に担ぎ上げられ景色が方向転換する。


「横暴だー!!」

「言ってろ」


 遠くからベルデが二人を探す声が聞こえた。

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