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11話 月闇の館

 月闇の館と呼ばれる屋敷は同じ敷地内にある。

 とは言え建物間の距離はそれなりにはあり、移動時間も考慮し、馬車で送ってもらうことにした。屋敷を区切るようにある小さな林を抜け、すぐに建物が見えた。

 馬車での移動はあっという間で、御者には夕方にまた迎えに来るようベルデが告げ、ササハは閉じられた屋敷の前に立つ。


 庭の手入れは定期的に行なっているのか、庭木や植物は僅かに伸びているが景観を損なうほどではない。

 屋敷の石階段には風で寄せられた砂や、散って枯れた植物の残骸などが残っているが、寂れた印象はなく建物事態は立派な佇まいだ。


「入ってすぐは暗いと思うが、窓は開けないでくれ」


 扉に鍵を差し込み、重たいドアノブを引きながらベルデが言う。

 ベルデを先頭に中へ入ると屋内に灯りはなく、窓も締め切られているため昼間だというのに真っ暗だ。ベルデが屋敷の奥にある照明用の魔道具を作動させ、エントランスが一気に明るくなった。


「なんだ。思ったよりはきれいじゃん」


 多少埃っぽいがそれだけで、寝泊まりするわけでもなし問題はない。両手をズボンのポケットに差し込み、周囲を確認しながらリオが進んでいく。


 懐かしんでいるのか、そうでもないのか。リオの様子からは分からない。

 やはりササハには理解出来ない規模の屋敷に、そろそろと意味もなく足音をひそめる。それをレンシュラが後ろから不思議そうに見ていたが、何も言われなかった。


「旦那様から書斎に入る許可も頂いている。ただしリオークの敷地内から外へ持ち出すことは禁止だ」


 戻ってきたベルデが二階を指差して言った。


「なんで二階? 書斎って一階じゃなかったっけ?」

「何を言っている。旦那様の書斎も、書庫室もどちらも東棟の二階にあるじゃないか」

「そうじゃなくて……」

「? ……もしかして大旦那様のコレクションルームのことを言っているのか? それなら確かに一階にあるが、あちらにあるのは絵画がほとんどだぞ」

「あれ? そうだっけ。なんかあんまり高いところにある印象がなかったから」

「昔住んでいた屋敷のことすら覚えていないのか? 全く……騎士寮に入り浸ってばかりいたからそう」

「あーと、それじゃあ二階にある書斎とやらに行こうかー」


 説教の気配にリオはわざとらしく話を切る。

 不服そうなベルデに案内を頼み、大きな扉の前に着く。ベルデが書斎の鍵を開け中に入ると、壁面を埋める書棚の殆どは、中身を抜き取られていた。


「殆ど空っぽだ」

「すまないベラバンナ。今の屋敷に移る際に、大半の資料は旦那様が持っていかれたのだ」


 申し訳なさそうにベルデが嘆く。


「持ち出した資料ってのも、領地関連のものだろうし。関係ないから別に良いよ」

「そう言えば旦那様って方は別のところにいらっしゃるんですよね? いつ頃帰って来るんですか?」

「しばらくは戻られないと思うな。もともと、旦那様が外の別邸に移られたのも、明けの館に移られる前に、奥様が別邸の方へ移りたいと仰られたからなんだ。仕事の関係で旦那様だけが先行して移動されたのだが、結局奥様の気が変わられて、一年半前に今の明けの館に移ることとなった」

「そんな理由だったの?! 旦那様可哀そ過ぎない??」


 領地の仕事で帰ってこないとは聞いていたが、そんな理由だったとは。

 結局、旦那様は別邸から戻ること無く、夫人もその件に関しては何事もなく過ごしているらしい。詳しいことはベルデも知らないし、立ち入った話だとその話はそこで終わった。


「ここじゃなくてさ、書庫室に行きたい」

「キサマが書斎に行こうと言ったのだろう!」

「あの時は咄嗟に口から出ただけ」

「ノア・リオークゥ!!」

「ごめんて」


 ブチギレ寸前のベルデに軽く答える。

 口論しながら廊下へ出る二人を追ったササハに、レンシュラが小声で話しかけた。


「ここには何の目的で来たんだ?」


 数時間前に来たばかりのレンシュラは、碌な説明もないままササハたちについて来た。


「最初はノアの事を調べるためだったんですけど、ベルデさんはフェイルの呪いについてですかね」

「は? ……フェイルって」

「赤のなんとかって言う」

「駄目だ。止めろ。帰るぞ」

「駄目じゃないし、止めないし、帰りません!!」

「ばっ――・・・」


 捕まえられる前にササハは走って逃げ、レンシュラは頭を抱える。どうして自ら厄介事に飛び込んでいくのか。

 レンシュラは矛先をベルデに変えた。


「リオークの資料を、俺たちに見せても良いのか?」

「ベラバンナなら構わない。キサマはベラバンナのついでだ」

「…………」

「どうにか出来るのなら、どうにかしたいからな」


 声をひそめない会話はササハにも聞こえたが、意味は分からず、一人奥へと進むリオについて行く。ようやく調べものが出来ると意気込むが、ノアのことにしろ、ローサのことにしろ、何から手をつければ良いのか検討もつかない。


「リオ」

「あの子のことでしょ」


 書斎とは違い、壁面以外にも書棚の並ぶ奥へと紛れる。


「九年前だ。きっとその時に何かあったんだと思う」

「うん。わたしもそう思う」

「けど、此処にある資料は役に立たないと思う」

「え? な、なら何のために」

「本当に書斎に行けばいいと思ってたんだけど、思ってたのと違って……それなら大旦那様の部屋を調べたいんだよね」

「大旦那様の部屋?」


 リオは小さく頷いた。

 けれどササハには分からない。


「何のために?」

「ベルデも言ってただろ。九年前、僕がいなくなった時、大旦那様と戻って来たって」

「つまり大旦那様って人が何か知ってるんじゃないかって事?」

「……分からない」

「リオ?」

「分からないけど、怖いんだ」


 リオが情けない声で呟いた。


「何故か、昔あの人を前にした時、今、あの人の事を思い出す度――――怖くて仕方がないんだ」


 僅かにリオの手は震え、それに気を取られたササハは気が付かなかった。

 リオの背後に伸びる影から、小さな小鬼の手が伸びていたことに。







「ちょっと疲れちゃったからさ、屋敷の中ぶらついてきて良い?」


 書庫室に着いてからものの僅か。真剣に資料をさらっていたベルデにリオが言った。すぐ側にはササハもレンシュラもおり、各自書棚から目ぼしい資料を探している最中であった。


「昔僕が使ってた部屋って、まだ残ってる?」


 わざと俯きながらの言葉に、ベルデは眉を吊り上げた。


「当たり前だ。キサマが騎士寮に部屋を持つようになった後も、奥様はいつでも使えるようにと気にかけて下さっていたからな」


 そうだったのかと、金切り声で叫ぶ夫人の姿しか浮かばないササハは、意外そうにベルデを見た。


「折角こっちの屋敷に来たんだし、少しだけ見ておきたいんだ」

「別に構わないが――」


 それまで帰郷を懐かしむ素振りを見せなかったリオの言葉に、ベルデは訝しみ目を細める。しかしリオはその視線を無視してササハの手を取った。


「なら、ササとちょっと気分転換してくるよ」

「なんでわたしも?」

「えー。ササは僕の部屋に興味ないの? さみしー」

「行くならお前独りで行けばいい」

「レンには聞いてませーん。僕はササと二人っきりがいいんだよ。ね、ササ」


 取られた手から指を絡められ、ササハは訳も分からず気恥ずかしくなる。


「じゃ、いってきまーす」

「ちょっと、リオ!」


 繋いだ手を引っ張られ、戸惑いながらもついて行く。


「………………」

「……大丈夫か、シラー」

「俺がいない間に何かあったのか?」

「知らないが、あのくらいなら好きにさせてやれ」

「まだ九つだぞ??」

「それは……うーん」


 返す言葉を見つけられなかったのか、ベルデは重くレンシュラの肩を叩き、うっとおしそうに払いのけられた。


 一方――――。


「上手く二人で抜けられたね。このまま大旦那様の部屋に行こっか」

「リオの部屋じゃないの?」

「僕の部屋見たかったの?」

「うん。気になる」

「なら後で時間に余裕があったらね」


 書庫室を離れ、中央の階段を下りていく。気持ち足早なのはベルデにバレると面倒だからで、リオはかつての記憶を掘り起こし屋敷の奥へと進んでいった。

 次第に大きな窓が続く廊下に差し掛かり、通常なら日差しがふんだんに差し込む明るい場所であったのだろうと分かる。


「あちゃー。やっぱり鍵がかかってるか」


 一つの扉の前に立ち、リオがドアノブを何度か引いてみる。両開きの扉は僅かに前後するも、金属音を響かせるだけで開く気配はない。


「どうするの?」

「こういう時に便利な魔道具を持ってるから大丈夫」

「え?」

「ほら、開いた。……――レンには言っちゃ駄目だよ」


 丸みを帯びた魔道具をかざすとガチャリと音がし、ササハは軽蔑の眼差しをリオへ向けた。


「言っとくけど悪用なんかしてないし、実際に使用したのも仕事で二、三回だけだからね」

「本当に?」

「本当だよ。失礼だな」

「そんな悪質なもの持ってたなら、鍵を送って貰わなくてもお屋敷にも入れたんじゃないの?」

「屋敷には防犯用の魔道具が設置されてるから、正規の鍵以外では開けたくなかったの」

「本当に悪質だわ」


 遠慮なく扉を開け、中を晒す。リオは適当に周囲を見回したあと、一直線に書斎机へと向かって行った。個人部屋だと聞いていたが室内は先程見た書斎と似た雰囲気で、室内にベッドなどの家具はなく、絵画や置物などが置かれていた。

 ササハは右奥にある書斎机の正面。壁に飾られた肖像画に意識をとられた。


「これ……」


 肖像画には五人の人物。若い男女に、まだ幼い二人の子供。そして中央の椅子に座っている一人の老爺。


「養子に来てすぐくらいの頃かな? ローサや夫人は分かるだろ。ローサの父親と、真ん中のじじいが大旦那様」


 ササハはゆっくりと近づき、肖像画の前で止まる。絵の中の、淡い金髪の男の子に手を伸ばしかける。


「触っちゃ駄目だよ」

「ご、ごめん」


 やんわりと止められて、振り切るように踵を返す。

 書斎机を調べるリオの後ろで、壁際に並ぶ書棚に目を走らせた。脈打つ心臓を誤魔化しながら、理解不能な難しいタイトルを眺める。


「難しい本ばっかりね」

「フェイルの資料にしろ、分かり易いところにはないと思うから……適当に勘で怪しいところ探ってみて」

「了解」

「ここに無かったら、そこの扉の奥にある寝室まで探らなきゃなんだよ」

「さすがに寝室まで入るのは」

「だよね。僕だって男の、しかもじじいの寝室なんか入りたくないよ」

「女性だったらいいの?」


 視線が冷たくなるが仕方ない。

 ササハは気を取り直して書棚から一歩後ろに下がる。


 探しものは九年前に関するなにか。もしくはローサにも関係がありそうな《赤の巫女姫》に関する資料。


 フェイルは一般的には知られていないと言っていたので、簡単に目につく場所にはないような気がする。とにかく今は、共通する“九年前に何かがあった“という事だけに焦点を当てるとすれば。


(日記とかがあれば・・・・でも、九年前かぁ)


 残っていなさそうだと表情に渋みを持たせ、ならば手帳などはどうかと再度書棚を見回す。手帳と考えるなら小型のものが持ち運びにも便利だ。しかしどれもお堅いタイトルが記されているものばかりで、手帳どころか、紙束やファイルらしきものすらない。


「見られたくないものは隠すものよね!」

「ササ?」


 急に地面に這いつくばり、書斎机の裏側を覗き込んだり、ラグの端をひっくり返したり、ふかふかソファの背もたれとマットの隙間に手を突っ込んだりしてみた。


「あれ?」

「もう。何してるの。遊んでないでササも」

「何かあった!」

「嘘ぉ!?」


 一人がけのソファの隙間から何かを引き抜き、リオにも見えるよう掲げる。ササハが右手に握っているのは、鈍い金色に輝く一本の――。


「鍵?」


 少し大きめの、ササハの人指し指大の鍵。


「これどこの鍵だろう? リオ見覚えあ」


 そう言ってササハが振り返ると、リオは真っ青な顔色で立ちすくんでいた。


「リオ、どうしたの! 大丈夫?」


 鍵の存在すら忘れてリオに駆け寄る。

 うずくまり、まるでローサが呼吸困難に陥った時のように、乱れた息を吸い込む音が耳につく。


「リオ! しっかり、リ…………ノア?」


 不意にリオは意識を手放しその場に倒れ込む。刹那に重なった視線は、綺麗なハチミツ色だった。

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