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7話 影のアレ

 天気は良くも悪くもなく、曇り空。

 リオークの屋敷は、小高い丘の向こうにある。一番近い町でも馬車で四半刻はかかり、周辺には民家の一軒すら建っていない場所にあった。


「頼むから入れてくれ」

「悪いな、シラー。俺にそれを許可する権限は無い!」

「分かっているが……ああ、くそっ!」


 鉄門越しに、レンシュラが自身を阻む黒の鉄柵に八つ当たりをする。その反対側では、ベルデが気の毒そうに肩をすくめ立っている。

 鉄門の高さはレンシュラの倍ほどはあるが、越えることは造作ない。だが普通に不法侵入だ。


「ならリオを呼んでくれ」

「悪いが、奥様がもう客人を招くなと仰られている」

「元からいた事にすればいい」

「馬鹿な事を言うな!」


 ベルデは驚いた様子でレンシュラを見た。

 同じ年齢の、カルアンの特級騎士。リオーク(外部)から移ってきたリオを気にかけているのか、よく行動を共にしているらしい。


 ベルデ自身も何度か現場でレンシュラと共闘することはあったが、寡黙で、ベルデから接していかない限り関わろうともしてこない、冷淡な印象の男だった。


「……本当に、ベラバンナは貴殿が探していた娘で間違いないのだな」


 レンシュラは一瞬、ベラバンナが誰を指すのか分からず、怪訝そうに眉をひそめた。しかしすぐに思い至ったのか、黒の鉄柵を両手で掴み、辺りに大きな音が響いた。

 問い詰めたいが、迂闊なことは口に出来ない。そんな感情がありありと感じ取れるレンシュラに、ベルデは更に追い打ちをかける。


「あのド阿呆が普通にバラしていたぞ」

「リ……ォオ・・・・・・」

「黒の賢者は、今はどうなっている?」

「! そこまで…………」

「だから、ド阿呆と言った。――この事はまだ俺しか知らない。せめて中央への連絡はカルアンから入れろ」


 中央――王家と、フェイルを倒すために必要な特殊魔具を管理する教団。

 レンシュラは悩んで、呻いて、しゃがみ込んでしまい、かろうじての声を絞り出した。


「せめて、ササハを」

「先にするべきことを片付けたほうが良いのでは? ベラバンナの事も、なにか目的があって連れ回している様子だったが?」

「………………。はあ」


 ベルデの様子に、レンシュラはリオーク側がササハを囲い込もうとしているわけでは無いのだと知る。

 レンシュラに取れる行動は、正面突破の不法侵入か、カルアン側からリオークへ正式に話を通してもらうのを待つか。その二択だ。


「さすがにカルアンからの申し出なら、旦那様から許可を通して下さるだろう」


 リオークの現当主は夫人であるが、夫人の体調不良を理由に、代理として夫が領地管理を行っている。他領のことではあるが、それ程までに夫人の容態は悪化しているのかと、レンシュラは口を閉じた。


「手間を掛けた、すまない」

「こちらこそ。返事が遅くなってしまい悪かったね」

「何かあれば、すぐに連絡をくれ」

「今まで頑なに個人用(プライベート)の連絡石を通してくれなかったのに。大事にしようではないか!」

「今回のことが終われば破棄しろ。お前は煩い」

「失礼だな! やはりカルアンの人間だ! 非常に、とても、気に食わない!!」

「ついでに守秘義務すら理解してないド阿呆を吊るしておいてくれ」

「それはもちろん構わない! ベラバンナのことも任せておいてくれたまえ!」

「・・・・・・」

「ではな!」

「……ああ」


 レンシュラもベルデも、互いに背を向け歩き出す。通常なら馬車や馬が必要な距離も、能力補助の魔道具で身軽に距離を無くしていく。

 レンシュラの様子から、すぐに許可もおりるだろうと察する。


(ベラバンナは、なにか特別な子なのだろうか?)


 カルアンが回収を急いでいるのか、レンシュラ個人の理由か。

 ベルデは口元に笑みを浮かべ、屋敷に戻るべく歩を速める。しばらくし帰り着いた屋敷の入口から、走ってくる使用人を見つけ眉根を寄せた。


「オブビリド様! すぐにお嬢様の部屋へ!」

「何かあったのか!」


 使用人の様子に、ベルデの背に冷たいものが走る。

 しかし、使用人との距離が縮まるにつれて、興奮に表情が緩んでいるようにも見えた。


「お嬢様がお待ちです! ああ、早くお嬢様の元へ」


 ベルデは瞬きを一つし、走り出した。

 本来であれば、主人の邸宅を乱暴に走り抜けるなどあってはならぬ行為だ。それでも速度を落とすことは出来ず、進むにつれて増えていく使用人の言葉も耳に入ってはこない。屋敷がにわかに浮ついている。


「お嬢様!」


 ローサの部屋の前には人垣。使用人たちはベルデに道を譲り、ベルデはベッドの側に座る医者へ駆け寄った。


「どうした! なにかあ――」

「ベルデ」


 大きめのベッドからは、眠っているとばかり思っていたローサの声がした。


「ベルデ」

「ぉ、嬢様?」

「ベルデ。ふふ、変な顔」


 ベルデを見つけたローサが穏やかに笑っている。


 いつの間にか変わった服の趣味も、自慢の赤毛も気に食わないという様に、固く引っ詰めるようになった。だから、大きなクッションに波打つ赤毛が泳いでいるのを、久しぶりに見た気がした。

 医者が席を空けたが、ベルデは床に膝を付き、ローサの顔を見上げた。


「お嬢様、ご気分は?」

「今ね、とてもいい気分なの」

「そうですか、そう……」


 シーツの上にある小さな手を握る。ローサは安心したように笑み、そのまま眠ってしまった。

 しばらくしてから、バルトロがベルデに声をかける。ベルデは少し驚いた表情を見せた後、分かったと頷き立ち上がる。落ち着いた寝息に室内の灯りを落とし、メイドを一人だけ残し部屋を出る。


「二人は今どこに?」

「先程東棟のティールームに」

「ありがとう。詳しい話は俺が訊こう」


 バルトロとはそこで別れ、ベルデは一人離れたティールームへと向かう。

 ベルデが足早になってしまうのも仕方がなかった。




◆◆□◆◆




「待たせたね!」

「ん!?」


 興奮気味のベルデが勢いよく扉を開く。ちょうどカップに口を付けていたササハは吹き出しそうになったが、何とか堪えた。

 ベルデは控えていたメイドたちを下がらせ、丸テーブルの空席に腰を下ろす。ポットに残っていた紅茶を新しいカップに注ぎ、一気に飲み干した。


「ぬるい!」

「おかわりを貰って来ましょうか?」

「いや、いい。ありがとうベラバンナ」


 すでにお茶を飲むには遅い時間だ。

 数刻前、ローサが倒れた後。すぐにやって来たバルトロによって医者が呼ばれ、ササハとリオはローサに刺激を与えるかも知れないとその場に残された。ローサの様子は気になったが、とりあえずは、と落とした本を戻している時にメイドが呼びにやって来たのだ。


「あの、ローサさんは? 大丈夫なんですか?」

「バルトロは慣れた様子だったけど、よくあることなの?」


 ベルデに問いかける。


「お嬢様は大丈夫だ。倒れたのも寝不足のせいで体力が落ちていたのだろう――今は落ち着かれて眠っているよ」

「そうですか、良かった」


 言葉にはしなかったが、リオも安堵の表情を受かべている。


「それで、何があったのか詳細を聞かせてもらえるかな?」

「詳細……」

「て、言われてもねぇ」


 ササハとリオが顔を見合わせる。正直、何が起こったのか分からない。その上、見張りも兼ねていたのかメイドがずっと同じ部屋で控えていたので、話のすり合わせもろくに出来ていなかった。


「わたしたちも、何がどうとか詳しいことはよく分かってなくて」

「ならば分かる範囲で構わないから、実際に何があったのかを教えてくれないか?」


 ササハが申し訳なさそうにしながらも勝手にローサの部屋に入って、そのせいでローサを興奮させてしまったことを伝えた。


「それで呼吸のしすぎと、黒いののせいだって教えてもらったので、黒いのは掴んで投げました」

「――ん?」

「黒いのは結局逃げちゃって、そのあとローサさんが気を失って」

「んん、少々、待ってもらっても? んー、黒いなにを投げたって?」

「分かりません」

「ノア・リオーク!」

「僕だって知らないよ」

「どういうこと何だ!」


 ベルデが大げさに頭を抱える。毎朝手間ひまかけてセットしているベルデの髪が乱れた。


「なんて、言ったらいいんでしょうか? 黒い影で出来たお腹だけ大きいガリガリの赤ちゃん……みたいな。それがローサさんの影の中に居たので、引っこ抜いたらすごい叫び声を上げて」

「ササはそれを、誰かに教えてもらったって言ってたよね? それって誰?」


 リオの言葉にベルデがハッと顔を上げる。その言葉に同意するようにササハを見た。


「たぶんここで働いてる子かな。黒髪で、青い目の男の子」

「黒髪で、青い目――他に特徴は?」

「え、そうですね……服はバルトロさんに似てる感じの服でした」

「バルトロに?」

「はい。黒いあのビシッーって感じのカッコいい服で、ローサさんと同じ歳くらいの」

「お、お嬢様と?! お嬢様は現在十三歳になられたところだが、それに近いと?」

「たぶん。本人に年齢を聞いたわけじゃないですが、身長がわたしよりちょっと低いくらいだったので」


 その言葉にベルデは黙り込む。思い出すと言うよりも、驚きに考え込む様子にリオはため息をついた。


「いないんでしょ、そんな奴」

「――――現在屋敷に残しているのは、成人済みの者たちばかりのはずだ」


 「やっぱりね」とのんきに言うリオに、ササハが目を白黒させる。


「いないって……居たよ! こう、手を掴んで走ったもの」

「また幽霊でも見たんじゃないの?」

「~~~~~!!」

「また?」


 ササハは青ざめ首を横に振る。


「で、でも普通幽霊って触れないんじゃないの?」

「ササは黒いのだって掴んで投げたんでしょ?」

「ハッ…………ぅぁ……」

「なるほど。ベラバンナは霊を認識出来るほどの第六魔力持ちなのだね!」

「違います! そんなことない! そうであって欲しくない!!」

「便利なら良いんじゃない?」

「他人事だと思って! リオの馬鹿リオは馬鹿!」

「幽霊少年に黒い影。それがお嬢様の側に居たと……? ゾッとするな!」




 結局、少年の所在は不明のまま、黒い影と並行して探すことになった。

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