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6話 リオが悪い

 ササハがリオークの屋敷に訪れてから四日目。何の手がかりも進展もなく、時間だけが過ぎた。


 また、初日以降はローサや夫人と会うこともなく、ベルデの指定通り、限られた範囲内で生活をしていた。

 広い屋敷だ。意図的に接触を拒んでいれば、不必要な遭遇は回避出来た。


「けど、リオにとっては自分のお家なんでしょ? わたしに付きあってばかりいないで、好きにしたら良いじゃない」


 そうリオに言ったのは二日目の夜で、リオはササハと同じ、一階の端にある客室に泊まらせて貰っていた。ササハにとっては個別のバスルーム付きの部屋は十分すぎるほど贅沢で、ふかふかのベッドに飛び込んだ初日にはあまりの快適さに若干引いた。


「好きも何も、飛び出す形で強引にカルアンに行ったからな~。あと、幼い時に住んでた屋敷じゃないから、こっちには僕の部屋はないんだよね。屋敷を移動する時はすでに、カルアンに行ってたから当然なんだけど」


 帰るつもりのない部屋は重いしね。そう、聞こえないだろうと呟かれた言葉を、ササハはしっかりと聞いていたが、リオが話をやめたがったので何も言わなかった。


 そうしてリオと二人気ままに――時折バルトロが様子を見に来てくれるが、それ以外の使用人たちは別の、ローサや夫人が居るスペースに集められ、食事の用意や掃除以外の事は自分たちでした。

 やれと言われたわけではなく、やろうとバルトロがメイドを一人連れて現れた時には、ササハとリオが勝手に終わらせていた。リオは頼めばいいことは知っていたが、逆に自分たちで出来るからと、バルトロ以外の使用人を遠ざける様子すらあった。


 ベルデに至ってはとても忙しいようで、顔を合わせたとしてもすぐにどこかへと行ってしまう。


「それにしてもこの書斎、絵本とか物語集だとか、子供向けのものが多いわね」


 九年前の、家出、もしくは誘拐事件の詳細を調べようと、ササハとリオは連日屋敷にある書斎にこもっていた。こもると言っても午後の限られた時間だけで、それ以外は書斎に近づかないほうが良いと二日目の日にリオから言われた。


「だって、ここはローサの趣味部屋みたいだからね」

「へ?! うそ! なら、勝手に入っちゃ駄目じゃない!」

「なんで? この時間ならローサは来ないし、大丈夫だよ」

「そうゆう問題じゃないでしょ! 本人の許可は?」

「知らないよ。ベルデも―――ん? ベルデも良いとは言っては無かったかな? ローサのお気に入りの場所だから、注意しろって」

「さいってい! リオ馬鹿! 大馬鹿リオ!!」


 早く出よう、と踵を返し、いや使用したならせめて綺麗にしてから出ようとまた方向転換する。特に乱暴に扱ったつもりはないが、せめて原状復帰くらいはするべきであろう。


 昔の話だが、隣町に住んでいたササハの幼馴染が図鑑マニアで、図鑑に無闇に触れたり、持ち主基準での丁寧な扱いが出来なければ、怒られ強く責められた。そのことを数年の時を経た今でも根に持たれているため、ササハもあまり思い出したくない出来事となっている。


「こういうのはね、弁償とか、新しく買っただけじゃすまい事にもなるんだからね!?」

「え~そんな大げさな」

「大げさかも知れないけど、大げさじゃ無いかも知れないでしょ!」


 他人の拘りを甘く見ると痛い目をみるぞと、ササハは一人冷や汗をかく。


「僕が調べたい部屋は前の屋敷にあるんだよね。だから今あっちの屋敷の鍵をベルデが旦那様から送ってもらってるんだけど……言ってなかったっけ?」

「言ってないし聞いてない!」


 つまりは鍵が到着するまでの暇つぶし。ササハは持っていたロマンス小説をリオに向かって振り上げる動作だけをした。本気で投げるつもりはない。なぜなら本が傷むから。


「もう! リオには趣味とか、拘っちゃうくらいの好きってないの! そういうの勝手に触られると嫌な気持ちになるでしょ!! わたしは一生懸命育てた野菜が、野鳥に食べられたらすっごいがっかりするのに」

「それはなんか違くない?」

「とにかく――」


 ササハが片付けようとしないリオから本を奪い、棚に戻そうと振り返った。


「それ、」


 いつの間にか、開かれていた扉の前にローサが居た。ローサはササハの持っている本を見、次にササハ自身を確認すると、大きな目を吊り上げて叫んだ。


「ワタシのものよ!! 返せ!!」


 ササハに掴みかかろうとしたローサを、リオが焦った様子で羽交い締めにし止める。


「触らないで! イヤ、返せ!! 触るなぁ!!!!」

「ローサ、な……力つよっ」


 ローサはぽろぽろと涙を流しながら、リオを振り切ろうと必死に暴れる。

 触るなと、その言葉に咄嗟に本を棚に戻そうとしたが、ササハは思い止まり、ローサに近づき頭を下げて本を差し出した。


「勝手に読んでごめんなさい!」

「返して!!」


 リオに片方の腕を取られたまま、ローサは乱暴に本を奪い返す。深緑色の表紙に、金の文字でタイトルが書かれている物語集。ローサは本を大切そうに両手で抱え込むと、ようやく静かになった。


「……僕も、ごめん。そんなに大切にしていた物だったとは思わなくて」


 ローサの様子に、リオも気まずそうに声を落とす。ローサは荒い呼吸を繰り返しながらも、疲れた様子でその場にへたり込む。

 十三歳にしては小柄な身体に、表情もやつれて見える。高い位置でまとめられた髪に引っ張られた目元が、じわりと歪みきつく閉じる。


「ぅ……ふぅ……」

「ロ、ローサ。本当にごめん。それとも強く掴みすぎた?」


 ローサは先ほどとは違い、今度は静かに泣き出した。背を丸め本を抱え込むローサに、リオもササハも罪悪感で狼狽えるしかない。

 しかしローサの嗚咽は止まること無く、むしろ徐々にひどくなり、終いにはまともに呼吸が出来なくなった。


「ローサ!? ――ササハ! 出来たらバルトロ! とにかく誰でもいいから人を呼んで来て!」

「わ、分かった!」


 急にどうしたんだと焦りを押さえ、何か持病でもあったのかとリオが叫ぶ。ローサの名を呼ぶ声を背にササハは廊下に飛び出し、人の気配を必死に探す。探すだけでは見つけられないと、大きな声を上げながら通路を駆けていった。


「誰か、誰かいませんか!!」


 返事はなかったが客室に戻れば、バルトロに繋がる魔道具があったことを思いだす。

 闇雲に駆け回るよりは早いかも知れないと、ササハは振り返った。するとちょうど一階に繋がる階段の前に、十ニ、三歳ほどの少年が居た。少年は黒のジャケットに、白のシャツに黒の蝶ネクタイをしていた。


「あの、ここの人ですか! ローサさんが、お嬢さんが大変で!」


 バルトロも白のシャツに、クロスタイと似たような格好をしていたと、ササハは少年に声をかけた。現在は二階で、階段の側にいた少年は、驚いた表情でササハへと振り返る。

 ササハは魔道具のことはすっかり頭から抜け落ち、自分よりも年下の少年の手を必死に取り、廊下の奥へと引っ張った。

 角を曲がったずっと先。開けっ放しの扉から、リオがローサを抱えソファに移そうとしているのが遠目に見えた。


「いっぱい泣いて、そしたら急に苦しそうに」

「――呼吸のしすぎだと思います」

「呼吸のしすぎ?」

「タオルや分厚い布で口を覆って、あとはなるべく興奮させないように」


 少年は引かれていた手を緩く解き、立ち上がったリオの足元、()()()()()()()()()()


()()が視えるならアレの除去を。アレが人の感覚を狂わせる」

「分かった!」

「ぇ」


 勢いよく返事し、ササハは一人部屋へと戻る。


「リオ!」

「ササ? 人は」

「呼吸のしすぎなんだって! だから布とかタオルで口を塞いで」

「え? え? ちょっと待って、布? 上着でもいいかな?」

「あとは……居た!」


 つまり上手く息が出来ていないのかと、リオは自分の着ているベストに手をかけこれはないなと、ローサが羽織っているショールを拝借する。厚みを出すため折りたたみ、完全に口を塞いでしまわないようソファに座らせ様子を見る。

 ササハは少年に言われた、ローサの影。影には混ざるように、蠢く何かが確かに居た。


「よーしっ――ってうへぁ! 気持ち悪い!!」

「ササハ!?」


 急にササハが足元にしゃがみ込んだかと思うと、ローサの影の中に手が沈み、ずるりとナニカを引きずり出した。


――ギィっ! ギィギィッ!

「いやあぁぁ!! 怖い、無理! あっち行け!!」

「待っ」


 小さな、人間の赤ん坊よりも小さい、おとぎ話に出てくる小鬼(こおに)の様な真っ黒いナニカ。口はあるのか無いのか、甲高いのにひしゃげた叫び声を上げ、その声がササハの耳にこびり付く。

 そんなナニカをササハは、そいやぁだぁっと投げ捨てた。

 感触は掴んだはずだが実体は無く、纏わりつくような余韻と鳥肌が治まらない。


「なに? 何今の動作?? また何かいたの??」

「わたしもよく分かんない。ただ、教えてもらった通りに」


 思い出して、ササハは廊下を振り返る。扉は開けっ放しのままで、照明をおさえた通路が続くのが見える。つい、先程。扉の前まで手を引いてきた少年は


「――誰も居ないけど?」

「…………ヴ!!」


 姿を消し、そこには誰の姿もない。

 代わりにローサの呼吸は落ち着き、気を失ったのか、今は静かに寝息を立てている。それだけがせめてもの救いだった。


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