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5話 原因はなに?

「お風呂。最高ぅ!」


 おしゃれな一人用のバスタブに湯を張ってもらい、ササハは久しぶりの湯船を満喫した。

 村に居た頃は母のこだわりで風呂環境が整っていたが、ロキアでは濡れ布巾で身体を拭う程度のことしか出来ず、風呂への欲求が溜まっていた。

 満足顔で予備の服に着替え、染みのついた服はバルトロが回収し洗ってもらっている。最初、風呂に入る時に手伝いは必要かと聞かれたが、一人で大丈夫だと断った。


 しかし今、バスルームに一人のササハは長い髪から滴る水分を簡単に拭き、髪を乾かすのに便利な魔道具の存在など分かるはずもなく廊下へと出る。廊下には誰もおらず、ササハはルンルン気分で来る時に教えてもらった部屋を目指し歩き出した。


 どうやら屋敷を訪れたタイミングが悪かったようで、現在使用人の数を最低限まで減らしているらしい。なのでベルを鳴らせば迎えに行くと言われたのだが、それも申し訳ないからと断り、場所だけ教えてもらっていたのだ。


「確か、こっちだったよね?」


 角を一つ曲がり、奥へと進んでいく。途中に階段が出てきて、そこを登ったらすぐだったはずだ。周りを確認しながらも、ササハは廊下に置かれている調度品に触らぬよう通路のど真ん中を歩く。


 足取りは軽く曲がらなくてもいい角を曲がり、進んでは行けない道順を進んでいく。そうすれば少しもしない間に、絶対ここは違うなという場所に突き当たり眉根を寄せた。


「しまった迷子だ」


 確信を持ってそう呟いた。

 バスルームに向かう時の三倍くらいの距離を歩き、目印の階段は途中で出会えなかった。行き止まりから少し戻り、誰か人は居ないかと探してみる。この通路は普段使用しないのか、明かりもなく薄暗い。


 せめて来た道を戻ろうと振り返り、庭を挟んだ向こう側の廊下に人影があるのを見つけた。

 見た目は少年のように見えるが、黒いジャケットを着ていることから屋敷で働く使用人かも知れない。


(追いかけて道を訊いたほうが早いかも)


 辿ってきた通路とは逆方向。ササハは奥へと進む少年に声をかけようとした。


「あの」

「そこで何をしているの!」


 甲高い、非難めいた女性の声が背後から届く。


 ササハが振り返ると、赤茶の髪を結い、紅を引いた唇は真っ赤なのに顔色は悪い女性。これからパーティーに出掛けるのかのような派手なドレスは、真紅の重たい色をしていた。


 女性はササハの顔を見ると、表情を歪め金切り声で叫んだ。


「きゃあああ! 誰か! 侵入者よ! 誰かいないの!!」

「侵入者?! え?? もしかしてわたしのこと?」

「きゃあああ!! 誰か! 誰かぁ!!」


 女性は侵入者を前に耳を塞ぎ、座り込んでしまった。

 女性の向こう側からバルトロと、メイドらしき女性が二人走ってくるのが見える。


「奥様。大丈夫です、落ち着いてください」

「何をしているの! 早く捕まえて!! ワタクシを襲い盗みを働くつもりよ!!」

「その様なことはございません。奥様、ご安心くださいませ」

「駄目よ! 早く捕まえるのよ!」

「申し訳ございませんが、こちらに」

「は、はい」


 バルトロが青い顔で声をひそめ、ササハを女性から引き離す。

 女性はメイド二人に支えられ、どこかへと連れられて行った。


「すいません。わたしが勝手に歩き回ったから」

「お客様のせいではございません。どうかお気になさらないで下さい」

「そんな。……ありがとうございます」


 バルトロは白い口ひげを揺らすとそれ以上は何も言わず、すぐにリオのいる部屋に案内してくれた。

 部屋に入って早々、ちゃんと乾かしていなかった髪に、リオから怪訝そうな顔つきでお叱りの言葉を受ける。

 それから少しして、ベルデが部屋にやって来た。


「……そうか、奥様にも会ったか」

「ちょっと迷子になっちゃって」


 魔道具の使い方が分からず、横からリオに温風をあてられながらササハが言う。

 ブラシの歯がついていないような形状の魔道具を、リオはソファに胡座をかいて適当に振っていた。


「ならば、変に取り繕っても仕様がないな。奥様と、お嬢様。お二人について話しがしたいのだが、その前に確認しておきたいことがある。ノア・リオーク」

「なに?」

「キサマは今回、知りたいことがあり戻って来た。そう言っていたな?」

「そうだけど、だから?」

「具体的な内容が知りたい。俺は俺でお嬢様の現状について助力を要請したい。逆にキサマの用件で、俺に出来ることがあれば手を貸そう」

「ようは僕らの目的を把握しておきたいって事だろ?」

「いや。言いたくないのであれば構わない。好きにしろ」


 意外な返答にリオはぎょっと目を剥く。


「それ、本気で言ってるの? なにか良くないことかも知れないよ?」

「無理に聞き出すつもりはない。単に知って行動するほうが便利だと思ったから提案しただけだ」

「…………」

「ベルデさんは優しい。有難うございます」

「ふふふ。そう言ってもらえるとは、光栄だねぇベラバンナ」

「僕だって、別に隠してたいわけじゃないけど……なんだよ。そんな簡単に……」


 俯いてしまったリオに、ベルデが微笑を浮かべる。


「俺はキサマとは違って寛大だからな☆」

「うっざ! ……けど、やりたい事は資料探し。九年前、僕が誘拐されたことがあっただろ。その時の」

「誘拐?! 何の話だ!」

「リオ誘拐されたの!?」

「言ってなかったっけ?」

「言ってない!! リオのバカ! 忘れん坊!!」


 初耳な出来事に、ササハは眉を吊り上げ抗議する。

 それよりも困惑した様子のベルデは額を押さえ、割り切るように頭を振った。


「いや、待ってくれ。九年前なら、キサマが八つの時だろう? その時のことは家出だと聞いているが?」

「家出? あれ? そうだっけ……?」

「? そうだっけ、とは? キサマ自身のことだろう?」

「そうなんだけど、僕はそう思ったと言うか……」


 ベルデの訝しむ視線がリオに刺さる。


「ちゃんと思い出せなくて、僕にもよく分かんないや。ははは」


 曖昧と言うよりは誤魔化すようなリオの言葉に、ササハも、ベルデも微妙な表情を浮かべた。

 ベルデは一人掛けのソファで脱力し、思い直すように姿勢を正した。


「話す気がないのらなら別に良い。それで――九年前の資料だったか? 俺も協力しよう」


 腑に落ちない、という顔をしながらもベルデは協力してくれるようだ。


「じゃあ、お前の方は? ローサと夫人に何があったの? てか、旦那様は今どこに……?」

「順を追って話そう。ベラバンナも、これからの話しは他言しないように願う」

「分かりました」


 一瞬だけリオが本当に良いのかと、視線だけをベルデに送ったが、構わないとベルデは話を続けた。


「おそらく、予兆は随分と前からあったんだと思う。それこそ、お嬢様に『印』が移ってしまった十一年前から」


 『印』が移る。つまり印持ちの一人が亡くなったのだ。


「俺も聞いた話でしかないが大旦那様――お嬢様の祖父に当たられる方だ。急に養子を取れと奥様にご命令されたり、外出されることが多くなったそうだ。なのに、次には屋敷に引きこもり、領地経営を旦那様に任せっきりなってしまったりと、可笑しな言動が増えたらしい」

「その……、おじいさんの様子が変わったから、リオがリオーク家(ここ)に来ることになったんですか?」

「詳しいことは分からない。ただ、時期が重なっただけかも知れない。奥様と旦那様の間には、お子がお嬢様しかおられなかったから」


 その唯一の子供に『印』が出てしまった。元から男児が居なかった家だ。それが関係あるのか、無いのかは命令を出した大旦那様にしかわからないだろう。


「その大旦那様にお話は聞けないんですか?」

「ササ。その人は四年前に亡くなってる」

「え、あ……ごめんなさい」

「だから僕は外に出られたんだけどね」


 軽く肩をすくめたリオを、ベルデが睨みつける。


「本来であれば、特務隊(フェイル部隊)の指揮隊長はキサマが務めるべきだったのだ! なのに、なぜカルアンなどに」

「肌に合わなくて」

「キサマっ、そんな理由でっ!!」

「リオはベルデさんにいっぱい感謝して」

「そうだ! 感謝し、悔い改め、崇め讃えよ!!」

「求め過ぎだよねぇ??」


 口を尖らせ、結局リオはありがとうは言わなかった。

 ササハは少し考えてからリオのほうを向いた。


「リオは養子になった時のこと、何か覚えてないの?」

「んー……十一年前かぁ。自信ないなぁ。なんか原っぱで遊んでたり、夜に星をよく見上げてたり、当たり障りのない事しかしてないかな。――――でも、訓練に混ざりだした……えーと、七~八年前か。それ以降は結構覚えてるけど、その前はあんまり。ローサとも、そんなに話をした記憶はないし……て、ベルデ。顔。怖いから。すいません、悪く言うつもりは全然ないからホントごめん!」

「でも、リオはローサさんだけは、ちょっと好きよね? 好きっていうか、気を許してるっていうか」


 え? と言う顔をするリオに、ササハはだってと続ける。


「名前。ローサさんのことだけちゃんと名前で呼んでる。他の人は夫人とか、その人とか。え……おじいちゃんのことその人って……」

「ベラバンナ!! やはり君は話のわかる人物だ! さあ、ハイタッチだ!」

「灰? あ、特殊な握手!」

「違う、こうだ!」

「こう!」


 片手だったが、斜め向かいから手を伸ばされ、握り返した後に指導を受ける。ササハはハイタッチを覚えた。ついでに「いぇい」と言えばもっと良いらしい。

 リオだけが面白くなさそうにぶすくれている。


 ベルデが時計を見、窓の外にはやんわりと暗がりが広がっていた。


「推測でしかないが、お嬢様の『印』の継承がきっかけだったのかも知れない。それ以降、大旦那様の行動に不可解な点が増え、奥様と旦那様がそれに振り回され、徐々に疲弊し、お嬢様まで……」


 皆が少しずつ疲れていった。

 ローサの父親である旦那様は補佐と別の屋敷に移り、仕事に忙殺されるようになった。元から得意分野ではなかったのだろう、妻の待つ屋敷に戻る日数が減り、今では屋敷に戻るほうが珍しくなった。


 夫人は夫人でそのことがストレスに繋がったのか、不安定さが日に日に強くなり、周りの人間に当たるようになった。それは娘のローサが相手でも例外ではなく、最初のうちは使用人たちもローサを夫人から庇っていたが、庇う度に人が減っていった。


「気づけばお嬢様も、以前のお嬢様とは別人のようになられていた」


 些細な事で使用人を怒鳴りつけ、思うようにいかなければ癇癪を起こして暴れまわる。どこかで歯車が狂い、正すことも出来ず、なるようにしてなった。


「あの、ローサさんが変わっちゃったのって、他に心当たりはないんですか?」

「他とは?」

「その……例えば、あくまで例えばなんですけど、幽霊にとり憑かれちゃったとか、呪いを受けて操られている……とか?」

「幽霊、かい?」

「はい。幽霊です」

「幽霊……」


 ササハの言葉に、ベルデは間抜けな顔で固まる。


「それは、なんだ。フェイル絡みの話かな?」

「心当たりが無いなら良いです。気にしないでください」


 なにかノアについて関係があるかも知れないと思ったが、どうやら違うようだ。


「んー仮の話なんだけど、『印』の継承後からなら《赤の巫女姫》の呪いが影響している可能性は?」

「お嬢様の『印』はまだ次点のものだ。呪いは関係ないだろう」

「やっぱそうだよねぇ」


 リオとベルデの会話にササハがキョトンとする。それに気づいたリオが柔らかい笑みを浮かべササハへ向き直る。


「《赤の巫女姫》はリオーク家が封印している、《呪われた四体》にあたるフェイルのことだよ」

「なるほど。……けど、その赤の何とか姫が関係ないって決めつけるのはどうして?」

「『印』持ちは二人いるけど、実際呪いの影響を受けるのは一人ずつって言ったよね。ローサは次点の印持ちだから、まだ実際には」

「でも、ロキアにいたのは、黒い煙で『印』の無い人たちもっ――もが」


 リオが笑顔のままササハの口を塞ぐ。


 《黒の賢者》の呪い。そのせいでササハを含め、多くの人間が呪いの影響を受けた。それともあの現象は呪いとはまた別のことなのだろうか。


「ロキア?」

「うむむー?」


 ベルデが訝しむように眉を寄せている。

 リオは貼り付けた笑顔を浮かべていたが何か気づいたのか、ササハから手を離した。


「でも、確かにササの言うことは一理あるかも」

「どういう事だ?」

「ササがさっき言おうとしたことはね、呪いの影響は印持ちだけじゃ無いよねってこと」


 何を言っているんだと、ベルデの表情に困惑が乗る。


「呪いの影響が印持ち以外にもある……? 何を、そんな訳ない。現に三百年前からずっと」

「ルネアーロの街で僕が言った、ササはレンが探していた子で、本当は九歳だって言ったよね」

「九歳?! リオそんなこと言ったの! わたしは」

「うん、ササ本当にごめんけど、その話は後で。ね」

「むう……。わたし十六だもん」


 ぶつぶつ言いながらも、ササハは大人しくする。不本意すぎるが、ここで騒いでも仕方が無いことは分かっていた。

 リオは苦笑を受かべて、ベルデへと説明を続ける。


「ササは確かにカルアンの血筋だけど、『印』保有者ではないよ。ついでい言っとくけど、誰かに呪われたり、どっかで呪いを拾ってきたわけでもない」

「は?」

「何よりカルアンの当主はまだご健在だし、次代の『印』保有者は別の人物だ。誰かはお前も知っているだろう、ベルデ」


 カルアンの『印』保有者はカルアンの当主と、ゼメアの弟の息子――ササハの従兄弟にあたる人物である。


「今までは封印下にあって、近づく機会すら無かったから気づかなかったけど、《呪われた四体》の呪いは直に触れれば誰にでも」

「待て! 待ってくれ!」


 慌てた様子でベルデがリオの言葉を遮る。


「直に触れれば……だと? 封印下にあったとは……そんな、それではまるで」


 ベルデは信じられないとリオを凝視する。表情は青ざめ、薄っすらと脂汗が滲んでいる。なのにその瞳は絶望にも、期待にも揺れ、リオは明言を避け、ただベルデの瞳を見返した。


「《赤の巫女姫》の影響も視野に入れて考えよう。悪いけど、今はそれしか言えないや」


 リオはいつもの調子で明るく言った。

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