2話 やかましき男
離れ孤島の島国、イクリアス王国。
その南部地域の中心に位置するリオーク家領。領土自体は他の四家より小さいが学術や芸術が盛んで、戸籍を持たない流民の受け入れも積極的に行っている。
領主の屋敷に近い主要都市は二つ存在し、一つは学術都市モンキトール。もう一つは芸術都市ルネアーロという。
「今日はルネアーロに泊まって、明日リオークの家に向かおうか」
馬車の乗り継ぎ待ちをしている途中でリオが言う。
「ルネアーロ?」
「そう。絵画に服飾、建築関係から音楽隊まで色んな店があって賑やかなんだ」
「そんなに色々あるの!」
「ほぼ毎日、自由市みたいなのもやってるから、ササも楽しめると思うよ」
「うん! すっごく楽しそう!!」
「なら決まり。昼頃には着くから少しだけ観光しようか」
「やったぁ♪」
そう話をしてから、ちょうど鐘三つ分後のお昼過ぎ。朝、外が明るくなりだした頃に一つ目の鐘がなり、今は昼を告げる四番目の鐘。
立派な城壁には祭りでもやっているのか、カラフルな旗が幾つも垂れ下がっている。入都に並ぶ列を素通りして、リオが手続きをさっさと済ませた。
「ぅあ!!!! す!!!!」
「なにそれ? 興奮の鳴き声?」
笑いを堪えたように言われ、ササハはコクコクと頭を上下に振った。
街に入り、まず視界を襲ったのは色の洪水。赤、青、黄、緑……様々な色のガーランドが建物の合間を張り巡り、かと思えば洗濯物と思わしきシャツなどが紛れていたりする。地面は地面でカラフルなタイルで模様を描き、建物も色鮮やかで面白い。
広く取られた路面には、移動式の屋台が並び、その屋台ですら華やかで装飾品も凝っている。何より――
「人が多いっ! 今日はお祭りね!」
「違うよ。特に何もない普通の日だよ」
「これで?!」
「そう、これで」
目を丸くして、興奮のあまりササハの頬が紅潮する。
ササハのこれまでの世界は育った村と、離れた場所にある隣町だけだった。
ロキアに初めて足を踏み入れた時も、広くて人の多い場所だと思った程なのに、ルネアーロの街はその幾倍にも広く、街並みも綺麗で、大きくて、それでいて楽しい。何もかもが見たこと無いものばかりで目が回りそうだ。
今もちょうどササハの前を奇抜な衣装に身を包んだ、やたら足の長い道化が通り過ぎて行った。
「ねえ、リオ! あれ、今の! 何? 何であんなに足が長いの!?」
「あの人は、どこかのお店のパフォーマーの人だよ。ほら、チラシを配ってる」
「あっちは。あのガラスのキラキラ! あれは何屋さん!」
「確か海向こうから輸入したガラス細工の店だったかな。値札にはフーリンって書いてあるね。たしか風が吹くと音がなるおもちゃだった気がする」
「そうなのね! ねえ、ならあれは――」
目を輝かせ、ササハがリオの手を引いて右へ左へ歩いて行く。あれは何、これは何と訊くササハに、リオも苦笑交じりに説明をしていく。
「リオの住んでるところは凄いのね! 素敵なものがいっぱいある」
頬を真っ赤にし、はしゃぎすぎて薄っすらと汗を滲ませながらササハが笑う。
「ここには住んでないけどね。今はカルアンにいるし」
「そっか、そうだった。でも素敵。わたしこの街好きだわ」
「そう」
「うん! だって、皆親切なんだもの」
「そりゃー、あんなに好意全開のキラキラお目々で褒められたら、店の人も悪い気しないだろうさ」
リオは独り言の様に呟いた。
「ん? なんて? ちゃんと聞こえなかった」
「なんでも無いよー」
「リオはたまにボソッて呟いて、なのになんでもないって言うよね」
「なんでも無いからね」
「変なの」
ササハはそっぽを向くが、気分を悪くしたわけでもなく、すぐに興味が別に移る。今リオの両手には、大量の「いいからコレ持ってけ」が握られていて、その大半は食べ物だった。
「サーサ。せっかくだから頂いたもの食べちゃおう」
「うん」
「けど、二人でも食べ切れるかな。こんな時こそレンが必要だ」
置いてきたことは棚に上げ、リオは肩を落として適当な場所を探す。
しばらくして中央に噴水のある道幅が広い場所に着き、ササハが噴水の近くはどうかと指を差す。しかし馬車の通り道でもあるため、ここは止めておこうと端により、大きな建物の石階段に腰掛けた。
「ここは何? 座ってていいの?」
「公共の貸しホールだよ。今日は何もやっていないみたいだから、汚さなければ大丈夫だよ。たぶん」
「え? また最後にボソっと言った」
「なんでも無いよ。それより食べよ。ササはどれがいい?」
どれがいいと聞かれても、全部いいと思っての結果なので悩みに悩む。結局、半分こ出来るものは分け合って食べた。
そんな二人の前に影がかかる。
顔を上げると、リオの前に一人の男が立っていた。
「ようやく見つけたぞ! ノア・リオーク!」
「げっ、最悪。つーか、大声で人の名前を叫ぶな」
「わざとだ! やめて欲しければ此方に来い。このままでは人が集まるぞ!」
突然現れたのは、リオと知り合いらしき男。見た目は二十代半ばのスラリと背の高い男だ。若緑色の髪は短いが、重力に逆らい一定方向に流されており、毛先だけ色味が違っている。その流してからのツンツン頭に、ササハは興味を引かれ釘付けになっている。
「その髪型はどうなってるんですか?」
気になりすぎて普通に訊いた。
男はまるで、今ササハに気づいたかのように目を見張ったが、すぐに髪に手をやり誇らしげに答えた。
「毎朝の努力の賜物さ!」
「色が違うのも?」
「気分によって変えている! 今日は定番のグラデコーデだ」
「おしゃれでイイと思います」
「ありがとうっ、お嬢さん!」
「えー……。もう、待って。このノリついてくのしんどい」
リオはげんなりしながら両手で顔を覆った。
男の声が大きく通る声質をしているせいか、人が遠巻きに集まり出している。「あの服、騎士様じゃないか?」「どこどこ」「本当だ。しかもオブビリド様だ」どうやら男は有名人らしい。
男は人好きする笑顔を振りまいたあと腰を曲げ、声をひそめて囁いた。リオもササハに少しだけ待っててと、白くて柔らかい菓子を手渡して小声で話す。
「向こうに馬車を停めてある。話をしようじゃないか。ノア・リオーク」
「……ササ。隣の子も一緒ならいいよ」
「はあ? 駄目だ。部外者に聞かせるような話ではない」
「なら行かない」
「ぅうむ……。しかし、いや、しかし……」
「ああ見えて実年齢は九歳なんだよ。なのに知らない土地に独り置いていくなんて」
「よし! 行こう! 共に行こう! 子供は皆で守るものだ!」
男はすくっと直立姿勢に戻り、慈愛に満ちた笑顔を浮かべ胸に手をあてた。
「俺の名はベルデ・オブビリド。決して独り置き去りにはしないさ、ベラバンナ。さあ立って。俺が案内しよう!」
「わたしはササハです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく! だ!」
「けど、今食べているモノを食べてからでもいいですか?」
「いいとも、待つとも! ゆっくり、いっぱい噛んでから食べたまえ! ああ、ほら急がずとも――口の周りが菓子の粉で白くなっているぞ☆」
「むぐむぐ、ん。大丈夫です、ハンカチ持ってるので」
「きちんとハンカチを携帯しているのだな。偉いぞ! ベラバンナ!」
「ササハです」
「もちろん分かっているとも、ベラバンナ」
「あれ? 話しが通じてない?」
「僕に振らないで。もう、本当コイツ無理。ダルいしきつい」
リオの暴言はスルーして、ベルデは白い制服で姿勢を正し立っている。
ササハは変な人だなと様子を窺いながらも、指先に付いた粉を払い落とす。
通行人の視線をそれなりに集めているが、ベルデを見ると納得して去っていく者も多い。珍しい光景ではないようだ。
ササハが片付けをして立ち上がると、ベルデは幼子を持て囃すように褒めた。
「もしかして、わたし馬鹿にされてる?」
「していないよ、ベラバンナ! 褒めるべき事をしたから褒めた。それだけさ☆」
「褒めへの基準が低すぎません?」
「俺は褒めて伸ばすタイプだ!」
「なるほど」
「よく会話が成り立つね。凄いよササ。尊敬する」
「リオも褒めて伸ばすタイプ?」
「優秀な先輩を習ったのか? いい心がけだ!」
「違うよ! あぁー、もういい! 行こ! 早く案内して!」
「忙しないヤツだな」
リオの握りしめた拳に血管が浮き上がる。が、リオはなんとか我慢する。とにかくこの場を離れたい。
まんまと乗せられた気もするが、どうせ目的地は同じだ。ササハと約束した観光は出来なくなってしまうが――リオは眉間にシワを寄せため息をつく。
「ササ、いつか埋め合わせするから」
「なんの?」
リオは力なく笑った。




