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15話 考えろ

「ばーちゃんを探さなきゃ」


 そう言って立ち上がろうとしたササハに、リオが前に出て進路を塞ぐ。


「それも僕たちがやるよ。任せてもらえるかな」


 確認、というよりも念押し。


「危ないからね。キミはここか……うーん。すでに接触してるなら、別の町まで避難してるほうがいいかもね」

「いやだ! わたしも」

「ないよ。キミに出来ることなんて、ひとつもない。あるとしたら一人で勝手な行動をして、僕等の邪魔になることくらいかな」


 優しい笑顔を浮かべながらリオは言う。

 リオの言うことは最もだが、納得出来るかと言われれば出来るはずがなかった。


「邪魔にならないようにするから!」

「何を? どうやって?」

「あの黒いのには近づかないようにする! ただわたしは、ばーちゃんに会いた」

「ササハ」


 レンシュラがササハの言葉を遮った。


「フェイルの事を話したのは、お前の協力を得るためじゃない。理解してくれ」

「…………」


 ササハはレンシュラの言葉に何も返せず、一歩も動けなくなった。

 なのにリオは「じゃあ話は終わりだね。お疲れ様」とササハを部屋から追い出した。

 今すぐ目の前のドアノブを回せば扉は開くかもしれないが、ササハはそれをせず、おぼつかない足取りで三階の部屋へと歩き出した。

 他に宿泊客のいない建物は静かで、自室の鍵を開ける音がやけに大きく聞こえた。


 開けた鍵を閉めたかは覚えていない。

 どさりと、靴を履いたままベッドに身を投げる。きつく唇を噛み締め、右腕で目元を隠し静かに耐えた。

 考えねばならない。邪魔になるだけ――二人に言われたことは何も間違ってはいないから。

 いつだったか似たような事があって、その時もササハは何も出来なかった。

 あれは三年……四年ほど前だったか。ササハの住んでいた村で、食料が食い荒らされる事件が起こった。形跡からイノシシが迷い込んできたのが判り、イノシシを狩ることになった。


『ばーちゃん。ササも一緒に行く。一緒に行って村の人探す』

『やあだ、この子ったら。寝言は寝て言うもんだよ』


 村で仕掛けた罠はことごとく破られ、しびれを切らせた二人の村人が、直接退治してやると山に乗り込んでしまった夜だった。昼間に武器を手に家を飛び出し、夜になっても帰ってこないと騒ぎになったのだ。


『今はイノシシもいるし、夜の山や。ササは行けないよ』

『でも、危ないんでしょ。女将さんも、村の皆も怒ってたよ。探しに行く人も危ないって。なのにばーちゃんが行かなきゃいけないなら、ササが一緒に行ってばーちゃんを守らないと』

『馬鹿な子だねぇ。ちっちゃ岩ジャンプも出来ない泣き虫んぼが、行ったところで迷子が増えるだけよ』

『でも、だって、ばーちゃんが危ないのはやだ』

『ばーちゃんは強いから大丈夫。昔は熊だってぶっ飛ばしてたよ』

『そんなの嘘だもん……』

『嘘じゃないしー』


 嘘か真か。いつだって豪胆な女性だった。


『……じゃあ、行かないで。ばーちゃんもササとお家で待ってよう?』

『ばーちゃん行かなきゃ、みんなイノシシ見つける前に山の穴ぼこ落っこちて迷子になっちまうよぅ』

『ならササが案内するから、だから』

『サーサ』


 結局のところ、何だかんだ説き伏せられたササハを一人残し、祖母はあっさり迷子の村人を見つけて帰ってきた。どうやったとか、何があったとか詳しいことは覚えていない。ただ、何も出来ず悔しかったことだけは鮮明に覚えていた。


『しんどい時に、何も出来ないのは悔しいねぇ』


 泣いて、拗ねていたササハに祖母が言った。


『サーサ。ササちゃん』


 カサカサと、カタシロを踊らせて見せてくれた。ササハは下手っぴな、紙のカタシロ。

 罠もはれない、小さな岩の段差も飛び越えられない。カタシロだって何がどうして動いているのか、教えてもらってもさっぱり理解出来なかった。


『悔しかったら泣いてないで、出来ることからやりな』


 ササハはバチンと顔面を叩き、勢いよく立ち上がった。


『ササの出来ることは(なぁ)んだ?』


 ベッドの脇に立て掛けておいた鞄を引っ掴み、ベッドの上に中身をぶちまける。

 所持品が分かりやすいよう、白いシーツの上に並べていく。


(考えろ)


 今のササハにも、出来ることを。

 祖母を見つけるために、なにが出来るのか。


(そもそも、本当にばーちゃんはあの黒いのに襲われたのかな?)


 リオはどちらか分からないと言ってくれた。だから、知らなかっただけでササハは強い第六魔力の持ち主で、あのフェイルが視えた可能性だってあるのだ。髪飾りだって――まだ、ササハに都合の良い結果が残されているかも知れないじゃないか。


(どの道わたしがフェイルに対して出来ることはない……、という前提で考えてみよう。悔しいけど)


 まずは、祖母の髪飾りを手に入れた場所を確認しに行きたい。しかしあのフェイルと遭遇する可能性が高く、遭遇してしまった場合逃げるしかない。だが、本気で追いかけられた場合、逃げ切れるかと言えば難しい。よって保留。却下にはしたくない、だから保留。


 次にあの男性――名前はルーベンと言ったか。ルーベンは祖母が襲われているのを見たと言っていた。だから一緒に化け物を倒そうと。

 自分の目で見た訳ではないからか、確認が取れるまでは信じたくないと、ササハは目頭を押さえる。


「ばーちゃん……」


 ルーベンの言うことが見間違いや勘違いでないのであれば、祖母が生きている可能性は限りなく低くなる。そうなると、やはり積極的には関わらず、リオやレンシュラの報告を待つほうが良いのだろう。


「フェイルが出る付近への確認は、保留。ルーベンさんのことはレンシュラさんには伝えてあるから、二人に任せる。あとは」


 一番確かめたいことは、祖母の無事だ。

 祖母がこの町から離れていたって良い。どこで何をしていようが、例えササハを残して失踪したのであっても、生きて元気でいてくれればそれで十分だ。

 ふと、手元にあるカタシロに目が留まった。ササハが使うのは布製が多く、小さな子どもが遊ぶ人形のようである。祖母が使うのは力が馴染みやすく、強力だけどコントロールが難しい紙製のカタシロだった。


『これ持ってな。ばーちゃんの代わり』


 先程の記憶の続きを思い出す。

 祖母に置いていかれて泣いた夜。


『とっときのカタシロ。ばーちゃんと繋がってる。代わりに持っときな』


 祖母が力を込めたカタシロは淡い光を放ち、ササハの手の中でゆらゆらと袖を揺らしていた。


「繋がってる……ばーちゃんの、カタシロ」


 ササハもついこの間まで知らなかった、無色の第六魔力と呼ばれる不思議な力。


「ばーちゃんのカタシロ!」


 祖母のカタシロは、なぜかいつも役目を終えると燃えてなくなった。痕跡が残らないよう燃やしていた時の癖が抜けないと祖母は言っていた。


「一度村まで戻ろう」


 一枚でも。カタシロで無くてもいい。祖母が(じゅつ)として使用したあとに、燃えずに残っている物が見つかるかも知れない。逃げるように村から出てきてしまったため、家がどうなっているかは分からないが。


(痕跡はわたしには分からないけれど、レンシュラさんたちなら)


 あくまでも可能性だ。これまで祖母の言う痕跡なんて感じたことはかった。

 それでも――――。


「よし! 荷物が少な過ぎて良かった」


 ササハは鞄に全てを詰め込み、鍵を手に部屋を飛び出した。

 一階の受付には宿屋の主人がちょうど出てきたところで、階段を駆け下りてきたササハを見て少し驚いた様子であった。


「なんだ嬢ちゃん居たのか? どうしたそんな慌てて」

「す、すいません。ちょっと町を出ようと思って、鍵返します」

「え? まだ三日分くらい先払いしてあったろう? なにかあったのか?」

「ちょっと、忘れ物を?」

「よく分からんが、退室手続きをしたいってことか?」

「お願いします」

「返金の用意もあるからな。ちょっと待ってろ」


 主人が受付の奥にある扉へと引っ込み、ササハはそれを大人しく待つ。

 来た時は徒歩だったが、移動時間を考えると乗合馬車を利用したほうがいい。その場合どこへ行けば良いのか、ササハは懐を抑え込む。心もとないが何とかなる額は入っているはずだ。


「なあ、それで嬢ちゃん。二階の兄さんたちはいいのかい?」


 扉の向こうから、声だけがする。

 二階の兄さんたちとは、レンシュラ等のことだ。


「いいって何がですか?」

「ん? 昨日も夜、部屋に居なかったろ。イイ仲になったんじゃないのか?」

「夜? イイ仲……? ・・・え! な、何言ってるんですか!! 違いますよ!!」

「そうなのかい? 二人共いい男じゃないか」

「本当に違います! 確かに親切にして貰ってますけど、たまたまと言うか、別にそういう関係じゃありませんから!」


 全く思ってもみなかったことを疑われ、羞恥がじわじわと押し寄せる。

 確かに良くしてもらっているし、昨晩も確かに同じ場所で夜を過ごしたが、色気のある話は一切ない。レンシュラは明け方に宿に戻ったと言っていたから、主人はそれで勘違いをしたのかも知れない。

 だが、今はそれどころでは無いのだと、ササハは眉根を寄せて受付の台に身を乗り出した。


「もう。おじさん、変なこと言ってないで早くしてください!」

「悪い悪い。久しぶりなもんで、なかなか見つからなくってよ。――まあ、関係ないってんなら、こっちも好都合ってもんだ」

「え?」


 主人が奥の部屋から戻り、身を乗り出していたササハの首に手を回す。カチンと音がした後すぐ、耳鳴りがして目の前が暗くなる。


「たく、手間かけさせやがって」


 かろうじて届いた声は煩わしそうで、ササハの身体が受付台を滑るように床へと落ちた。男は台を周り、力の抜けたササハの身体を持ち上げる。ササハの意識はすでに無く、首に取り付けられた魔道具だけが、微かな稼働音を発していた。

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