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13話 朝日の中で

 朝日に照らされ、ササハは宿屋の自室で目が覚めた。

 確か昨晩は町の外にいて、崖の上でリオとレンシュラに会った。特にリオの前ではみっともなく泣きわめき、細かい部分はあまり記憶にない。それでも辺りは真っ暗で、町の門はとっくに閉まっており、次の日の開門まで入ることは出来ないはずだった。

 なのにいつの間にか眠って、気づけばベッドの上で寝ていた。

 服はそのままだが、靴は脱いでいる。鞄はベッド脇のサイドテーブルの上に置いてあり、鞄の上には祖母の欠けた髪飾りと、ササハの欠けてない髪飾りが並んでいた。それとこの部屋の鍵が乗っかっている。


 ササハは起き上がろうと手を付き、僅かな痛みに眉根を寄せる。

 手には包帯が巻かれていて、微かに滲んだ血はすっかり乾いて色が変わっていた。熱を持った右手で祖母の髪飾りを手に取った。間違いない。夢などではなかった。

 昨日散々泣いたのに、また目頭が熱くなり、乱暴にこすって腕についていた砂利がパラパラと落ちる。


「お風呂、入りたい」


 初日に共用のシャワー室なるものを覗いたが、衛生的にも、防犯的にも、金銭的にも使用しようとは思えなかった。

 しばらくぼうっと座り込んでいたが、明日話しをしようと言っていたレンシュラの言葉を思い出し、水を汲みに行こうとだるい身体を持ち上げた。


「え!? お……おはようございます」


 気だるい動作で部屋の扉を開け驚く。すぐ部屋を出た辺りに、レンシュラが目を閉じて壁に寄りかかっていた。


「……おはよう」

「もしかしてずっとそこに居たんですか? 一晩中?」

「一晩中では無いな。戻ってきた時には夜は明けていた」

「でも、どうして?」

「鍵」

「へ?」

「ドアの隙間はほぼ無いから中に戻せないし、だからと言って俺が持って行く訳にもいかないだろう」


 一瞬、どういうことだと頭を悩ませた。なるほど、ササハが自力で施錠出来ないなら、外からレンシュラが鍵を閉め持ち去る事になるのか。


「律儀すぎまひひゃはひゃ。ふひはへん、はりはとうほはいはふ!」


 余計な事は言うなとレンシュラがササハの頬引っ張る。


「気にするな。元より夜通しの予定だった」

「うぅ……、ノアは?」

「山でお前が寝た後すぐに気を失った。まだ部屋で寝てるんじゃないか?」

「本当に――色々と、ありがとうございます」


 小さく笑みを浮かべ、ササハが礼を述べる。


「お話は、すぐしますか?」

「リオが起きてからだな。俺たちの仕事に関係がある」

「……化け物、についての仕事なんですか?」

「そうだな。――で、まだ早い時間だがどこに行くんだ?」

「ちょっと水を汲みに」

「裏の井戸か?」

「はい。そうですけど」


 宿屋の裏に、宿泊客は自由に利用できる井戸がある。井戸と言っても川の水を通して溜めているだけなので、飲料水にはならない。それでも洗濯や掃除などには利用出来る。


「俺も行く。ついでに湯にしてやるよ。洗濯のたらいが転がってたから、髪くらいは洗えるだろ」

「本当に! お湯にするって、レンシュラさん魔法使いなんですか!?」

「いや。既成の魔道具を使う」

「確か頭のも魔道具って言ってましたよね! いいなぁ~。あ、わたしタオル持ってきます!」

「下で待ってる。出るなら鍵も忘れるな」

「レンシュラさん、ばーちゃんみた、いえ、何でもありません」

「……俺は男で、まだ二十六だ」

「思ったより年上だった」

「幾つだと思ってたんだ」

「二十三か、四」

「言う割には大差ないな」


 背を向けて、レンシュラが階段をおりていく。

 ササハは着替えはどうしようと今の服を見下ろし、ついでに洗濯もしようと着替えずに井戸へと向かう。


「それがお湯にする魔道具ですか?」

「ああ。これくらいの水量なら、すぐ湯になるな」

「すごい! 欲しい! うちもばーちゃんのこだわりでお風呂っていうのを作ったんですけど、薪を常備して、沸かすのも大変なんです。けどすっごく気持ちいい!」


 まだ人の少ない時間。控えめながらも、楽しげな声が交差する。


「おい。服まで濡れてるぞ」

「せっかくだから、後で着替えて洗っちゃおうと思いまして」

「いいな。俺のもついでに頼む」

「良いですけど、なんでもう脱ぐんですか?」

「きれい好きなもんで」


 ずれたことを言って、レンシュラは手桶の水を頭からかぶった。ズボンは履いたままだが、気にした様子はない。

 ササハが祖母直伝の洗髪剤を貸し出すと、嬉しそうに手に取っていた。髪の長いササハは指が痛むこともあり、いつもより時間をかけて髪を洗った。


「長いと大変だな。気にしないなら手伝おうか?」

「いいんですか?」

「構わない。目を閉じていろ」


 台の上にタライを置いて、髪を垂らすササハの頭をレンシュラの大きな手がかき混ぜる。別のタライに溜めた湯で洗い流し、優しい手付きで髪を梳かす。


「なんで、こんなにしてくれるんですか?」

「ん?」

「食べ物をくれたり、傷の手当も、今だって……。沢山、優しくしてくれる」

「……なんでだろうな。俺も、そうしてもらったからかもな」

「カエデさんに?」

「カエデさんも。――ほら、終わったぞ」

「ありがとうございます」


 髪を絞りながら、タオルに水気を移す。宿の廊下が水浸しにならないよう、服の水分もしっかりと抜いていく。

 レンシュラがタライを持ち上げ、排水用のくぼみに流しに行く。ササハは立ち上り、裸足で使用した道具を片付けていく。洗濯待ちのタライにスカートを投げ入れて、振り返ったレンシュラがぎょっと目を丸めていた。


「下に薄いズボン履いてますよ」

「そういう問題じゃ……これだからガキは」

「ガキじゃありません。十六歳は、もう結婚出来る大人の女性です」

「淑女は着ていた衣類を野外で脱ぎ捨てない」

「レンシュラさんだってやった」

「俺とお前とじゃ話しが――いや、いい。きっと時間の無駄だ。行くぞ」


 二つ分の水差しを持って、レンシュラが裏口を開ける。身体を拭うために部屋で使う分だ。


「自分のは自分で持ちます」

「痛むんだろ」

「もう十分です。いっぱい甘やかして貰いました。ノアにも……」


 熱い痛みは昨日よりマシで、ぐちゃぐちゃの頭もさっぱり洗い流した。


「だから、大丈夫です。ありがとうございました」


 にっこりと、いつも通り笑えたことに安堵する。

 流石に片手で持つのは辛いかもと、差し出した両手を一瞥され、「そうか。どういたしまして」とレンシュラは言葉だけ渡して、二つ分の水差しを持ったまま階段をのぼった。




◆◆□◆◆




 腹の虫を叩き起こす刺激的な香りに、リオは開いた口から涎を垂らし、夢うつつのままに目蓋を押し上げた。

 いったいどこからが夢なのか。

 昨晩は調査の範囲を外まで広げようと夜通しの準備をし、山に入ってしばらくして意識が曖昧になる。いつの間にかリオはファンシーな森の中にいて、なんだ夢かと思いながら、うさ耳を生やしたササハと、黒い……熊? 猫? とにかく丸っこい獣の耳を生やしたレンシュラが、宴を開こうと食べきれない量の食べ物を押し付けてきたところで目が覚めた。


「はふぃ、これおいひい」

「…………」

「こっちのも美味しいんですか? じゃあ一つだけ――んん! ちっちゃいパンかと思ったら、中にお肉が入ってて美味しい!」

「…………」

「そっちのは――つるんとして初めて食べる食感。何……何ですかこれ? 薄く伸ばしたパスタ?」

「ねえ、二人して何してるの? 人の部屋でさ」


 夢ではなかったと、頬袋が出来ているレンシュラと、取皿を持ち色々と上に乗せられているササハに、リオの口が引きつる。

 別々に借りている一人部屋は、ベッドが一つに、サイドテーブルが一つ。それなのにどこから持ってきたのか、折りたたみの簡易テーブルに大量の食料が積まれ、レンシュラとササハは並んでリオの寝ているベッドに腰掛けていた。


「ちょっと、マットがへこむ。主にレンのところヒドいんだけど」

「おはよう。リオの分もあるよ。一緒に食べよ」

「おはよ……。ところで、どういう状況。なにこれ?」


 頭を掻きながら起き上がり、服も外套だけ脱いだそのままで、リオはげんなりと肩を落とした。着替えようかと思っても女の子もいるし、リオは面倒になって先に食事に手を付けた。

 レンシュラに「顔くらい洗え」と怒られたが、曖昧な返事で後回しにした。


「え……。なに、その包帯。手とか、どうしたの?」


 ササハの指先にリオが目を見開く。


「ちょっと切っただけなんだけど、大げさだよね」

「大丈夫なの?」

「平気。薬が取れちゃわないように巻いてるだけだし」

「そうなんだ」


 リオは少しだけ安堵し表情を緩める。


「で、二人はいつの間にそんなに仲良しになったの?」

「ついさっき?」

「なんで疑問形?」

「やっぱり昨日かも。そういえば、レンシュラさん昨日どうやって町に入ったんですか? 城門閉まってましたよね?」

「壁をよじ登った」

「うぇ?! 壁を? どうやって」

「魔力で身体能力を上げて」


 眠ってしまったササハとリオを抱え、あの壁を越えたと言う。尊敬に目を輝かせるササハの向かいで、リオが怪訝そうに眉を寄せた。


「昨日?」

「昨日。俺も話した。お前の中の誰かと」

「そ――、……ぉん?」

「何なのかは判らない。自分の名前すら知らないと言っていた」

「………………、へー……」

「だが、身体は確実にお前だ。お前の中に、別の誰かがいる」


 戸惑う様子に、ササハも口は挟まなかった。

 リオは立ったまま壁によりかかり、すっかり冷めたスープを口に含む。

 何を思い、どう受け取ったかは知らないが、食欲が失せたと飲みかけのスープを半分以上残している。


「あー。ちょっと、レンの部屋で着替えてくるね」

「早くしろ」

「さっき起きたばっかだよ。少しくらいのんびりさせてよ」

「昨日見たらしい」

「何を?」

「黒い化け物」


 着替えを手に取るリオの動きが止まる。


「まだ(たね)の状態だ」

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