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幸せ探しの上級者  作者: 聖なぐむ
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目が覚めると、ふっかふかのベッドの上だった。

あまりにもふわふわふかふかで、自分が浮いているのかと思うほど。


「目が覚めたかい?」


柔らかい声が聞こえたので、そちらを見ようと顔を動かそうとしたけど、頭が重すぎて動かない。というか、身体中が重すぎて動かない。

ええと、なんだっけ。眠る前に何をしていたんだっけ。

……あぁ、頑張ってないと、目が閉じてしまいそう。


ギシ、とベッドが軋んで、視界に綺麗な男の人の顔が入ってきた。

窓の人だ、と思った。窓から顔を出していた、とても美しい人。「そこにいなさい」と言われたのに、僕は隠れようと逃げてしまった。きっと怒られてしまう。


「とても疲れているだろう?少しでも体は動きそうかい?」


すらりと細長くて指先まで綺麗な手が、目の前に伸ばされる。

言うこと聞かなかったから叩かれるのかなと思ったけど、差し出された大きな手は僕の額に触れた。ひんやりと冷たくて、とても気持ちいい。人の手って、こんなに柔らかいんだな。

僕は首を動かせないから、言葉で答えようと口を開ける。……でも、顎も動かなかった。なら声だけでも、と思っても、声も出ない。

男の人は少しだけ困った顔をして、「いいよ」と僕の額を撫でた。


「君はとても疲れていて、今はしっかり休まないといけない。君はされるがままでいいから、この後君の世話をする使用人たちに全て任せておいで。寝るのはもう少しだけ我慢しなさい。何か少しだけでも、口に入れなければ」


男の人はとても柔らかい声でそう言って、動けない僕の視界からいなくなった。冷たい手が離れていくのが、ちょっと残念だ。

入れ替わるように、見慣れたお仕着せの女の人たちに囲まれる。

見慣れてるけど、見たことのない人たち。


厨房の使用人たちはいつも大きな声で喋ったり笑ったりしていたけど、女の人たちは黙っている。でも、全員優しい顔をしているので怒っている風ではなかった。

全然喋ってないのに、まるで「せーの」と揃えたように僕の体を起こしたり、背中にふかふかの塊を置いたり、どんどん動いていく。すごいなぁ。


あっという間に、僕の全然動かない身体はふかふかに寄りかかって起こしてもらっていた。姿勢を変える度にびっくりするくらい全身が痛かった。

ベッドの上に足の高いトレーが置かれ、僕の襟ぐりにナプキンが差し込まれた。

トレーの上には小さな器が置いてあり、中にはトロトロした白っぽいものが。女の人の一人が、スプーンの先にそれを掬って僕の唇に寄せる。もしかして、食べさせくれるのかな?と思ったので口を開けようとしたけど、やっぱり動かなかった。女の人は優しく僕の顎を押し下げて口を開けさせてくれ、スプーン先を僕の舌の上に下ろす。舌の上に置いてさえくれれば、僕の力でどうにか飲み込むことが出来た。

ほんのり温かくて、水気が多くて、ほんのり甘くて、とても美味しい。


食べられるだけ食べて、再びぎしぎしと痛む身体をゆっくり横たえられて、僕は気絶するように眠りに落ちた。




















「うん、大丈夫でしょう。生まれてからまともな運動なんてしたことがないのに森を走りまわったのですから、今は酷い筋肉痛なんですよ」

部屋の角で、黙って子どもの動きを観察していたフォルドムンドの侍医が頷いた。

侍女達が子どもの介助をするのを離れて見ていたリヒャルトも、「そうか」と肩の力を抜いた。

子どもはすぐにまた寝たようだ。侍女達はベッドの上を片付け、一礼して部屋を出ていく。


「リヒャルト様。いい加減、あの子の名前をお決めになられては?」

「そうだな……。いや、神殿できちんと呪いを対処してからにしよう」

「左様でございますか」

「この子は生誕の祝福も授かっていないだろう。本来の順序通り、生誕の祝福を受けてから命名しよう」


貴族の子息子女は、神殿でその季節を司る天使の祝福を授かり、季節の眷属の名を由来とする命名を受ける。

フォルドムンド公爵当主がこの子を正式な養子として迎え入れる意志があるのを感じとって、侍医は微笑んだ。

リリアノーゼが亡くなってからの数年、フォルドムンド公爵家は不幸続きだった。リヒャルトは姉を亡くし、その直後に両親を事故で亡くし、幼い頃から定められていた婚約者を病で亡くした。

リヒャルトは有能な人格者であるからこそ、周囲はリヒャルトの幸せを願ってきた。何事をも「幸福」と受け取れるロッテンリードの子どもが、リヒャルトにもそれを与えられるならそれは素晴らしいことだ。

















隙のない献身的な介護を受けて、僕はすぐに普通に動けるようになった。動けるからとベッドから降りようとして、自分が足の裏を怪我していると初めて気付いてびっくりしたけど、必要なら、と座ったまま押してもらえば動ける椅子を用意してもらえたので、移動もできる。

お医者様が言うには、僕はずっと同じところに座ってばかりだったから、身体が歩いたり走ったりするのに慣れてないんだそうだ。そういうのはきちんとご飯を食べて身体を元気にしながら少しずつ練習していかないと、怪我をしやすくて危ないんだって。


美しい男の人はその後もちょくちょくと僕の様子を見に来た。リヒャルト様というそうだ。僕の母の、弟だという。僕は母の顔を知らないのでわからないけど、リヒャルト様は母とはあまり似てないけれど、僕は母とそっくりなんだとか。

リヒャルト様はニコニコしながら僕の頭を撫でてくれる。僕の髪はきちんと世話するとリヒャルト様のキラキラと同じ色なんだそうだ。とても信じられない。


「今日は、神殿に行くよ。少し遠いけれど、頑張れるかい?」

「はい」


僕は動く椅子に座り、それを使用人が押してくれた。ゆっくりなら歩けるけど、今日はいっぱい移動するので、大人しく座っていた方が邪魔にならないのだと思う。


椅子で移動しながら驚いたのは、ここが僕のおうちだったということだ。使用人がみんなリヒャルト様の指示で動いているのでリヒャルト様のおうちにいるのだと思っていたけど、僕が長く寝ていたお部屋が僕が来たことないところだっただけで、地階から外に出てみたら、なんと見たことあるお屋敷だった。

厨房周りと使用人用の通路以外通ったことないから、全然気付かなかった。お屋敷の中はこんな風になってたんだ、なんて立派なんだろう。

感動をリヒャルト様に伝えると、リヒャルト様は困ったように笑って僕の頭を撫でた。


空は今日もキラキラと輝いていて、庭の向こうに広がる森はこんもりしてて柔らかそう。心なしか、お屋敷が全体的に明るく光ってるように見える。

僕がぼんやり口を開けてるうちに、僕の座る椅子はどんどん移動してお屋敷から遠ざかった。

その後も、バシャという大きな生き物と大きな箱がくっついたものに驚いているうちに、バシャに椅子ごと乗せられてどんどん移動していく。自分で森の中を走ったのがどれだけゆっくりだったのかと思うほど、バシャは速かった。景色はぐんぐん変わり、森を通って、野原を通って、町にきた。


「ここはスノーブルという街だ。リーデンバルト領では一番栄えている。神殿は、この街の中心にあるんだよ」

リヒャルト様が説明してくれるけど、僕はほとんど聞いていなかった。

たくさん人がいて、たくさんの色が溢れてて、たくさんの音がする。全員それぞれが違う事をしているのに、不思議とそれがひとつにまとまってる。

なんて素晴らしいところだろう。


「あそこが神殿だ」

リヒャルト様が示したのは、真っ白くて複雑な造りの建物だった。どうやったらあんな建物が作れるのか、想像もできない。

「すごいです!」

「神殿は国のあちこちにあって、とても重要な場所なんだよ。人々の暮らしの中心となってると言ってもいい」

「大切なものが身近にあるって素敵ですね」

「うん……そうか、君はそう思うんだね」

また困ったように笑って、リヒャルト様に撫でられる。僕が何か言う度にリヒャルト様はこういう顔をするので、僕が困らせてしまっているのかもしれない。


バシャから下ろしてもらって、椅子を押してもらいながら神殿に入る。

空気が冷たくて、森の中を思い出した。……髭の男の人達は元気かなぁ。


「ようこそお越しくださいました、フォルドムンド公爵閣下」

たっぷりとした布の服を着た、白い髪の女の人がニコニコしながら頭を下げる。リヒャルト様も「今日はよろしくお願いいたします」と同じように頭を下げた。


「この子ですね」


女の人が僕を見て、目が合うととても驚いた顔をした。


「まぁ……なんということでしょう。この子は、ずっと私たちが探していた子どもです!」

「どういうことでしょう?」

「五年前、天使さまより私たち神官へ御告げがあったのです。『呪われた赤子を捧げよ』と」

「捧げる……?捧げるとはどういう意味でしょうか」

リヒャルト様が固い声を出して僕の肩に手を置く。

「天使さまが直接対話なさるので、祈りの間にご案内します。私どもではなく、天使さまが祓いをされると伺っております」

リヒャルト様を見上げると、まだ険しい顔をしていたけれど、白い髪の女の人が歩き始めちゃったので、僕らもあとを着いていくことになった。


床も壁も窓も、みんなツルツルだ。どこをどう進んだのか全くわからないくらいに広くて、僕はずっと口を開けたままキョロキョロしていた。

行き着いた先の扉も大きい。扉の前に立っていた、たっぷりした布の服を着た男の人たちが扉を開けてくれる。


先ほどまでの豊かな庭に面した廊下と違い、部屋の中は薄暗かった。奥の方に天窓があって、その一部分だけが明るい。


「さぁ、こちらへ」

ニコニコした白い髪の女の人に促されて、僕は椅子のまま部屋に入った。

リヒャルト様は横を歩いる。

しばらく進んで天窓の光が届くところに着くと、女の人は「お坊っちゃまだけ、こちらに」と僕の手をとって椅子から立ち上がるのを手伝ってくれた。ゆっくり何歩か歩いて、天窓の光の真下に進む。

白い髪の女の人は僕から離れ、光の外にいるリヒャルト様の隣に立った。暗くてよく見えないけど、リヒャルト様は心配そうに僕を見ている。



……次の瞬間、僕の周りが真っ白になった。

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