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幸せ探しの上級者  作者: 聖なぐむ
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お立ち寄りいただきありがとうございます。

本当に幸せな人生だったと思う。

大切な家族たちとは愛し愛され、心から信頼できる友人に恵まれ、生まれてこのかた衣食住に困らないだけの環境と、公私にメリハリのある規則的な生活を送ってきた。


僕の人生はつまらないと言われたこともあるが、構わないんだ。僕は幸せなのだから。


最期のとき、涙を浮かべる家族たちは笑顔だった。僕も笑顔で彼らを見回す。「ありがとう」という感謝をこめて。


身体中から力が抜けていくなか、僕は「あぁ、いい人生だった」と呟いたのを最後に、闇に沈んだ。






『……………………なにこの幸福値。内容はわりと普通なのに、なんでここまで高いの?』

『数値だけみると、次の転生先は相当なハードモードになっちゃうけど……どうしようか』


暗闇の向こうで、囁き会う複数の声が聞こえる。


『幸運と不運のバランスを、幸福値なんて相対的で感覚的な数値で量るなんてナンセンスなんだよ』

『仕方ないだろ、どんなに公平を期しても「自分が不幸だと思ったら不幸なんだから、同量の幸福で補填しろ」ってクレーマーの声が勝っちゃうんだから』

『自分ばかりが辛い目に遭っているって騒ぐやつほど、実際はたいした不幸には遭ってなかったりするよね~』

『他人からしたら小さい幸せでも十分に満足してくれる優良な魂ばかりがわりを喰うシステムは欠陥だ!』

『本人がどう思ったかで算出する「幸福値」なんかじゃなく、客観的な幸不幸の基準を最期の審判に使えるようにしないとだめだよね』

『どうだろう、今の神様にそこまでやる時間的な余裕はないと思うけど』

『各地に駆り出されてる上級天使様がたが戻られるまでは難しいだろうね』

『上級天使様はこんな状況絶対お許しになられないだろうさ。ここ最近は完全に文句言ったもん勝ちだもの。早くお戻りいただきたいな~』

『はぁ……なんにも悪いことしていない、こんなに綺麗な魂を落とすのは嫌だなぁ』

『今は仕方ないだろ。次が詰まってるんだから、とりあえず今は早く流してよ』

『ごめんね~』


囁き合っていた声たちが急速に遠退いていき、それからはまた暗闇が広がるばかり。











僕が生まれた夜、僕を生んだ母は狂乱し、僕を殺して自らも命を絶とうとしたという。咄嗟に産婆に抱えあげられて蘇生処置を受けた僕は助かり、母はそのまま亡くなった。

母を溺愛していた父は、僕の存在を許さなかった。自分の目に僕が入ることを決して認めず、部屋も名前も与えることを拒絶した。

父の発言に困惑しつつも、この家の第一子である僕の扱いを決めかねた使用人たちの手で、とりあえずは地下の食糧庫の隅でひっそりと育てられることになった。


屋敷で働く使用人たちは総出で、入れ替わり立ち替わり生まれたばかりの赤ん坊である僕の世話をしてくれた。ただ、母が生家から連れてきた家令やメイド長は、父が母の実家に戻してしまっていたため、女主人のいない屋敷を維持管理する彼らにはとにかく余裕がなかった。


僕は忙しなく食糧庫に出入りする使用人が目の前に放り出してくれる食べ物を拾っては口に入れ、料理人たちが大鍋を洗うときには裸に剥かれて鍋と一緒に洗われた。

僕が生まれたときからいる使用人たちは、常に忙しそうにしていたけど、いつだって優しかった。


父は国の要職についていてあまり戻って来なかったが、屋敷には父の仕事の関係者や部下が常に出入りしていたので、隠されている僕は食糧庫のある地下から絶対に出てはいけないと言い含められていた。

僕の扱いがどうなるのか棚上げされたまま、「とりあえずの扱い」はいつしか「そういう決まりごと」になって、僕はただ地下に籠って過ごした。



時が経ち、使用人の顔ぶれはだんだんと変わっていった。

新しい使用人は、食糧庫にいる正体不明の子どもを嫌った。

僕は今までずっと食糧庫のある地下しか知らなかったけれど、新しい使用人に腕を掴まれて裏庭や物置小屋に連れていかれるようになった。そこで、叩かれたり、蹴られたりするのだ。

前からいる使用人に見られないために僕をつれて行くのだろうけど、僕としてはその時にだけ、空の美しさや、何に使うのかわからない不思議な道具を見られるのが密かな楽しみだった。



ある日、僕はいつものように複数の使用人に連れられて裏庭にやってきた。

その時も空はキラキラと輝いていて、裏庭の草も少し先の森も、艶々と光ってとても美しかった。使用人にボサボサの髪を引っ張られて地面に倒されたときも、空の色は食糧庫では見たことないなぁと考えていた。




「そこ!いったい何をしている!」


突然、空から声が聞こえた。

使用人たちは「まずい」と呟き、パッと僕から離れて屋敷の裏口へ走っていく。置いていかれた僕は、どこから声が聞こえたのかわからなくてきょろきょろと辺りを見回した。


「こっちだ」


やっぱり空の方から声が聞こえて、顔をあげると屋敷の高いところにある窓から手を振っている男の人と目があった。

使用人のお仕着せとは違う服を着ていて、とえも美しい人だ。


「なぜこの屋敷に小さな子供がいるんだ。使用人の子か?」


そう言いながら男の人は部屋の中のほうに顔を向けたので、僕に話しかけているのか、部屋の中にいる誰かに話しかけているのかわからない。

僕はこの家のチャクナンで、使用人ではないと聞いている。何と言うべきなのかわからなくて黙っていると、もう一度僕のほうを見た男の人は「ん?」と眉をひそめた。


「きみ、そこにいなさい」


地面を示すように指を下に向け、男の人は部屋の中に消える。


「そこ」とはどこだろう。

僕は男の人が指差したあたりを探して、庭をうろうろと歩き回った。


男の人がいた窓辺から、今度は白い髪の男の人が顔を出した。


「あっ」


僕はびっくりして立ち止まる。あの人は、何度か見たことがある。

地下で使用人を集めて、「旦那様に、子供の声が届かないよう十分に気を付けるように」と何度も言っていた人だ。


もういなくなってしまった料理人のおじさんは、あの人は「シツジ」という仕事をしている人だと言っていた。

昔は、父について執務を手伝うのが専門の「シツジ」と、屋敷の中のことを取り仕切る専門の「家令」がいたのだと。

でも家令は母の実家に戻されてしまったので、シツジは家令の仕事もしなくてはならなくなったが、もともととても忙しい立場の人だし主人である父もあまり屋敷に戻らないので、屋敷内のことが後回しになってしまうのは仕方ないのだと。


シツジの驚いた顔を見て、僕は咄嗟に「かくれなきゃ!」と思った。シツジは父の側についている仕事をしているのだから、あの部屋には父がいるかもしれない。

僕は、父に見つかってはならないと、ずっとそう言われ続けてきたのだ。

美しい男の人には「そこ」にいろと言われたけど、シツジはずっと僕を隠そうとしてきた。きっと、本当はあの男の人にも見つかってはいけなかったのだろう。


男の人がここに来るとしたら、あの裏口から来るかもしれない。

僕は裏口とは反対の、森に向かって走り出した。


「お待ちなさい!」という声が窓のほうから聞こえた気がしたけれど、今の僕は隠れなきゃいけないので待つわけにはいかない。

僕は自分より背の高い草を掻き分けて、必死で走った。




走ったのは生まれてはじめてだった。

呼吸がうまくできなくなって、足も縺れて死ぬかと思ったけど立ち止まらずに走り続けた。





気がつくと、真っ暗な森の中にいた。

見えるのはどの方向も太くて高い木だけで、空も枝に遮られて見えない。足元は木の根っこでぼこぼこしている上に暗くて見えず、何度も転んでしまう。

木の表面は緑色の苔がびっしり覆っていて、空気も冷たく湿っていた。

初めて見る風景に、僕はポカンと口を開けたまま、どちらを見たらいいのかわからなくて混乱する。とても不思議だ。


屋敷の方向は全くわからない。

足は燃えるように熱く痺れていた。


我慢できなくて木の根っこの隙間に座ると、地面は鍋を洗うぼろ布みたいに水を含んでいて、僕のお尻はビショビショになった。


木の根っこからは小さくて真っ白なキノコがたくさん生えていて、ぼんやり光って見える。


「ふふふ……初めて、お外に出ちゃったな」


こっそり呟いて、目を閉じる。

すぐに、震えるほどの肌寒さも、痛み以外の感覚がない足のうずきも、遠退いていった。








「…………い、おい坊主!一回起きて水を飲め!おい!」


ぐらぐら揺らされて、僕は目を開けた。

目の前で火がパチパチと燃えていて、僕はびっくりしてしまう。

肩を掴んで揺らしていたのは毛むくじゃらのおじさんで、僕と目が合うと嫌そうに顔をしかめた。


「………………????誰ですか???」


声を出そうとして、喉が張り付くみたいに詰まる。

おじさんが差し出してくれた欠けたお椀には水が入っていて、受け取って飲むと喉も頭もスッキリした。


「ありがとう」


お碗を返すと、おじさんはまた嫌そうに顔をしかめてそれを受け取る。それを後ろの人に渡した動きで、ここにはおじさん以外に何人もいると気付いた。

少しでも動くと全身が引き攣るように痛んだけど、体を起こして周りを見回すと、ここは小さな小屋の中のようだった。天井も壁も床も、全部が木で出来ている。部屋の真ん中だけ四角く地面のままになっていて、積んだ枝の上に小さな火がついていた。

毛むくじゃらのおじさんの他に3人のおじさんがいて、それぞれに何かを食べながら、全員が僕を見ていた。


「ここは、どこですか?」

「知らねぇ。村の奴らが森に入って仕事する時に使う小屋だろうぜ」

「僕を助けてくれたのですか?」

「森で拾ったんだが、そもそもオメェはどこのガキだ」

「僕は……お屋敷の子どもです」

「オヤシキの子ども?親の名前はなんてんだ」

「………………知らないです。使用人はダンナ様と呼んでました」

「知らねぇ?知らねぇだと?親の名前知らねぇなんてことあるか!」


おじさんは怒って鼻の頭に皺を寄せた。


「聞いたことがないんです」

「はぁ?」

「僕はダンナ様に見つかってはいけなくて、ずっと地下にいたので、使用人が話していたことしか知らないんです」

「……………………」


毛むくじゃらのおじさんは後ろのおじさんたちを見た。後ろのおじさんたちは首を捻ったり、首を横に振ったりする。


「この辺でオヤシキって呼べるほどデカい建物は、森の向こうにあるお偉い貴族の屋敷だけですぜ」

「貴族のやることはわからねぇよ」

「ボロだけど、そのガキの服は確かに貴族の屋敷で住み込みで働いてる奴らのじゃねぇか?袖とか裾とか巻き込んでるの、こうやって伸ばしてみりゃあ……ほらやっぱり」

「使用人の子どもじゃねぇのか?」


「僕は、使用人ではなくチャクナンです」


「チャクナン?チャクナンて何だ?」

「嫡男だろ、跡取り息子」

「貴族の息子が、こんなガリガリでボロボロなんてことあるか?」


背後で口々に言うおじさんたち。

毛むくじゃらのおじさんは腕を組み、「うむぅ」と唸った。


「オメェが貴族の息子なのか使用人の息子なのかによって、この後の扱いが変わるぞ!」

「僕は、お屋敷のダンナ様のチャクナンです」


身体中痛いし、なんとなく熱っぽい。

僕はもう一度床に寝っ転がりたい気持ちを堪え、おじさんたちに昔から使用人に聞かされ続けた話をした。


僕が生まれて、母が死んだこと。

父は僕を最初からいないものとしていること。

使用人に世話をされてきたこと。

そして今日は、外に出たらシツジに見つかって、咄嗟に逃げたこと。

気がついたらここにいたこと。



おじさんたちは険しい顔で話を聞いてくれたけど、みんな、どんどん眉間の皺が深くなっていった。


「…………………………いってぇどういうことなんだ、そりゃあよぅ」

「貴族ってのは鬼かなんかか」


僕は熱のせいかぼんやりし始めた頭で、曖昧に首を振る。


「ご飯も、寝るところも、声をかけてくれる使用人もいます」

「何言ってんだ」

「僕はしあわせです。みんな、いるもの」

「おい」

「おじさんたちは家族ですか?みんなで一緒にご飯を食べるのは、きっと、たのしい…………」


ぐるんぐるんと景色が回って、どんどん耳鳴りが強くなって……僕はそのままバタンと倒れた。















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