貴女は私の愛しい刀
「帰ってくるとは思わなかったよ、ヌルレイン」
私、ヌルレイン・クロームスミスは、鍛治師の名家であるクロームスミス家の落ちこぼれである。
そんな私でも一人前になれると言ってくれたヒナギクさんと一緒に、ダンジョン第五界層・山岳を拠点とする実家に帰ってきた。
童話に出てくるような屋敷だけれど、周りの岩肌も建材も墨色をしているせいで、悪の根城みたいになってしまっている。
「ご無沙汰しておりました、お父さま。長らくご心配をおかけし、申し訳ありません」
うやうやしくお辞儀をすると、父は不満げに鼻を鳴らして踵を返してしまった。
「……本当に仲が悪いんだね、ヌル子ちゃん」
ヒナギクさんは、私のことを『ヌル子』という。ヌルレインだから、ヌル子。最初はちょっとイヤだったけれど、だんだんトクベツ感が増してきて、今ではそう呼ばれるだけで心が安らぐようになってしまった。責任とってくれるのだろうか。
「仲が悪い……というより、期待されてなかっただけだと思います。昔もですけど、今も……」
「そんなこと……」
「あら、あらあらヌルレインお姉さま! お元気でしたか? お怪我はされていませんか? あぁ、本物のヌルレインお姉様ですね!」
勝手に入れ、あるいは帰れ、とばかりに開けっぱなしにされた内門。そこから早足で現れたのは、何を隠そう次代クロームスミス筆頭の呼び声高い、妹のヘファストだった。自分の作った剣を任せるパートナーを伴って、相変わらずの威風堂々っぷりである。
「久しぶり、ヘファストちゃん。会えて嬉しいよ」
「きッ、聞きましたかアストラ! ヌルレインお姉様が、わたくしと会って、嬉しいですって!」
「……そうですね」
アストラという男性は、ヘファストと肩を並べるに相応しい、剣士然とした男だった。
「お姉様がお帰りになられると聞いて、他の兄様姉様もお越しいただきました。やっとお姉様の才能が認められると思うと、嬉しくて……嬉しくて……。ささやかながら、パーティのご用意もございます。よろしければお連れの方とお着替えになってくださいね。それでは!」
めちゃくちゃに喋るだけ喋って、ヘファストはアストラさんに担がれていった。元気なのも相変わらずで安心である。
「……なんか、すごい人だったね」
「うん、すごい子だよ、ヘファストは」
◆◆◆
控室でドレスに着替え、私とヒナギクさんはエントランスを飾り立てたパーティ会場へ。
「ヌルレイン? 落ちこぼれのヌルレインが?」「ヘファストさんがそういうんだからそうなんじゃないのか」「よほどいい探索者を見つけたんだろ」「あんなヤツの剣、よく使う気になったよな、そいつも」「あいつはアレで男好きする身体だからな。そういうことなんじゃないか?」「いいなぁ。そういうことならオレ、鞍替えしよっかなぁ」
…………。
戸にかけた手が、止まる。
実の兄弟姉妹以外にも、分家の人たちや、それからそれぞれが剣を預けたパートナーも多く参列しているという。その、おそらく全員が、私をよく思っていない。
ズルをしたり、運がいいだけだと笑っている。
震えに任せて、このまま振り返ってしまおうか。
「ごめん、ヒナギクちゃん。私、やっぱり……」
ドアのハンドルから手を離そうとした、そのときだった。
「僕と一緒にいて、恥ずかしい?」
手に手を重ねて、ヒナギクちゃんが問いかける。
……そんなことない。
「僕に打ってくれた刀は、出来損ないだったの?」
……そんなわけない。
「じゃあ、前を向いて」
二人で開けた扉は存外に軽く、開けた景色は、思っていたより明るかった。
「ヌルレイン・クロームスミスです。みなさま、本日は私……いえ、私たちのためにお集まりいただき、感激の至りです」
私に代わり、ヒナギクちゃんが礼をする。
「こちらが私の剣、唯一無二の私の刀、マサムネ・ヒナギクです。共々、ご贔屓に」
ヒナギクちゃんが顔を上げると、会場はにわかにざわめいた。
いつものぶっきらぼうな格好とは打って変わって、シックなパーティドレスに身を包んだヒナギクさんは、どんな名剣よりも美しいのだ。
切長の瞳とショート気味の髪を最大限魅せる大ぶりのイヤリング。
本人は胸のサイズを気にしているけれど、このようにデコルテを強調するデザインなら、それは最大の武器になる。控えめなパッドと合わせて、造形美の域に達した曲線を生み出している。
長身を際立たせるように、スカートは前が太腿半ば、後ろが足首までのイレギュラーヘム。緩やかなボリューム線を描き、とどめとばかりに逞しくも細く長い足を80デニールのタイツに包んだ。
着せてあげてる途中はずっとこんなの似合わないって言ってたけど、そんなヒナギクちゃんでもこの完成度に息を呑んだほどの仕上がりだ。
「女だと? ふざけるな!」
皆が圧倒されるなか、顔を真っ赤にして詰め寄ってきたのは、長兄のアインだった。術式を行使できる魔剣製造において右に出るものはいないという、クロームスミスブランドの看板である。
「俺たち鍛治師が、その剣である探索者たちが、どれだけの覚悟で界層ダンジョンに挑んでいると思っている! 持ち主が持ち主なら、剣も剣だ! お前たちは、クロームスミスの面汚しなんだよ!」
私に掴みかかろうとした手を、ヒナギクさんが払う。
「失礼。失礼には失礼で返せと、師匠に教わったもので」
「んふっ」
思わず笑ってしまった。
「何がおかしい!」
「ヌル子のことを知りもしないで、覚悟だなんだと並べたな。あなたこそ、何がおかしいんだ?」
「っ……おい!」
アイン兄さんが号令をかけると、三人の剣士が一斉に魔剣を抜いた。
「お望み通り、確かめてやろうじゃないか……」
並の探索者が一生かけても買えないような魔剣が、三本。それぞれに輝きを溜め込み、解放の時を今か今かと待ち侘びている。
「ヌル子」
「せっかく可愛いドレス着てるんですから、汚さないようにしてくださいね。私、まだ見足りないので」
「……うん」
ヒナギクさんが顔を真っ赤にしながら俯くと同時、会場を照らすシャンデリアの光が僅かに歪んで、魔剣の核である魔石が砕かれた。
「あっ。……ヌル子ちゃん、これって弁償とかないよね……?」
いつの間にか抜いていた刀を鞘に収め、ヒナギクさんが尋ねてくる。オドオド顔はかなりの激レアなので、目に焼き付けなければ……。
「大丈夫ですよ。覚悟のあるお兄様のことです。自分で抜かせた魔剣の一本や二本、笑って許してくれますって」
「三本は……?」
「二本も三本も変わりません。それに、四本目もいただけるそうですし」
ヒナギクさんの絶技を前に、アイン兄さんの目の色が変わった。
「ヒナギク……ヒナギクといったね。素晴らしい! よくぞヌルレインの剣でそこまで立ち回った。第五界層まで妹を連れてきたその実力、何よりその美しさ……素晴らしい!」
素晴らしい、しか言えないのかな。
「どうだね。そんなナマクラより、私の新作を使わないか。ヒナギク、私の剣になってくれ」
膝をつき、魔剣を捧げるアイン兄さん。鍛治師として、一人の男として、それがどういう意味を持つかは語るまでもない。
「見せてもらっても?」
「あぁ。きっと、君のために作られたのだから」
抜剣。あるいは宝剣ともいうべきそれは、複数の属性の魔石を魔導陣の点に喩えた、おそらく史上最高峰の魔剣なのだろう。
「これは……剣ですか?」
「そうだとも。ぜひ、構えてみてくれないか……」
惜しむらくは、それを『剣』としてヒナギクさんの手に渡してしまったことだ。
「じゃあ、遠慮なく……」
出来はいいので、今のうちによく見ておこう……何かの参考になるかもしれない。
ヒナギクちゃんの両手が柄にかかると、華美なブレード部分は薄氷のように砕け散った。
「これが剣ですか……」
ひどく落胆したようなヒナギクちゃん。アイン兄さんは……落胆というより絶望だろう。膝をついて項垂れてしまった。
「僕、魔術を使えないんですよ。先に言わなかったのは悪いけど、ヌル子ちゃんの前で僕にこれを渡すのも失礼だから、おあいこってことにしてほしい」
ヒナギクさんは、探索者であるにも関わらず魔術を一切使えない。魔力すらないのだ。
例外こそ凡例であるところの界層ダンジョンを攻略する探索者において、それは致命的である。
それを補うのが、ヒナギクさんの『剣気』。殺気である場合もあるけど、要はそれを使うことで、木の棒であっても大剣と打ち合って両断することすらできるのだ。
そんなヒナギクさんがまともに剣を握ると、剣気を流し込まれた剣身が負荷に耐えられず壊れてしまうというわけだ。最初は本当に苦労させられたものだ。
「あなたたちもだ。落ちこぼれと言ったか? 僕を身体で誘ったと言ったか?」
後者については……えっと……まぁ、未遂ということで、ここは流してもらおう。
「ヌル子の生家だからと目を瞑ろうと思ったが、いいだろう、気が済むまでわからせてやる」
剣気を意識に向ける『威圧』が、会場に向けられる。多数に対し同時に、刀による殺傷をイメージさせるもの……らしく、私はこれでデコピンされたことがある。
イメージの力は凄まじく、触れてもいないのに血が流れたり、最悪命を落とすこともあるらしい。
……過半数が放心状態になったあたりで、プレッシャーが解かれた。
「素敵です、ヌルレイン姉さま」
その中にあって、未だ健在と言えるのは、私たちを除いて二人。……いや、お父様もどこかで見ていることだろう。
「ヘファストちゃん……」
と、その剣であるアストラさん。
「ヌルレイン姉さま。姉さまにとって、剣とは?」
「――持ち主に寄り添うもの。最後に頼れるもの。どんな苦境逆境でも、絶対に裏切らない。見捨てない。……刀と同じく、ヒナギクさんにとって私がそうあれるよう、作りました」
「あくまで、ヒナギクさんのためだと?」
「うん。私は、ヒナギクさんのことが好きだから」
我ながら大胆なことを言ってしまったが、不思議と恥ずかしさはなかった。
「それでこそ、わたくしがクロームスミスでただ一人認めた人です。ですが、」
ヘファストさんが手をかざすと、アストラさんが剣をとった。……あれは、剣なのだろうか。
「わたくしのアストラと、彼そのものである剣こそが一番です。それだけはヌルレイン姉さまといえど譲れない……!」
――耳をつんざく剣戟!
鉄と鉄のぶつかり合う音ではない! アストラさんのそれは、黒い靄のようなブレードを獰猛な肉食獣の牙に変えて、ヒナギクさんの刀に喰らい付く。
「持ち主の意志に応じて、その形を自在に変える。それこそ、それこそ剣のあるべき姿なのです。降参してください、ヌルレイン姉さま」
「俺の一撃目を受け切るとは、見上げた剣士だ、ヒナギク。これが殺し合いの場でなくてよかった」
後ろに跳び、距離をとるアストラさん。変幻の剣の間合いは、これまた自在なのだろう。ヒナギクさんからは届かないところから、好きなだけ攻撃できるというわけだ。
「少し、黙ってくれないか。いま余韻に浸っているんだ」
「余韻、ですか……? アストラ、警戒して」
「……ふぅ。ありがとう、ヌル子。ヌル子の作った刀がそうなら、僕もそうあろう」
対し、何の変哲もない刀を自信満々に構えるヒナギクさん。
「僕はヌル子ちゃんの刀だ。裏切らない。見捨てない。最後まで寄り添う」
……わお。
普段素っ気ないから、もしかしたら私だけなのかなって不安になったりもしたけど。
どうしよ。どうしましょう。
「えへへ……」
「待たせたな、アストラ! 師匠からの教えだ、同じ相手には二回まで。次で決着にしよう」
「ヒナギクさん! あとでお話があります、お説教です!」
「なぜ」
「仕方ないですね」「仕方ないな」
どうしてすぐ別の人の名前を出してしまうのでしょうか。……そういうところもヤキモキさせてくれてイイのですが。
「まぁ、いいか。いざ、尋常に!」
「尋常……? それが君の作法か。なら俺は……『覚悟はいいか』?」
…………。
一瞬の静寂ののち、鋼が断たれる音が響いた。
「――」
「――すまん、ヘファスト」
一合の激突。刃を一刀両断されたのは、アストラさんだった。
「さすがだな、アストラさん」
「……見抜いていたか」
二人の剣士が笑い合う。見抜くってどういうことだろうか。
……と、黒い剣が伸びて、断面同士くっついて、復元された。
「負けるとわかって、とっさに自分で逃した。君の刀で斬られては、直るに直らんだろうからな。すまんなヘファスト! 俺が弱かった」
「構いません。今はヌルレイン姉さまとヒナギクさんの方が強かっただけです。行きましょう。片付けに巻き込まれたくありませんから」
ウインクを一つ残して、油断ならない妹はエントランスを去った。
◆◆◆
「ヌル子ちゃん、ごめん。ドレスだめにしちゃった」
アストラさんとの激突の衝撃は凄まじいものだったらしく、タイツはところどころ破けて眩しい生足が除いていた。スカートの裾も裂けており、仕立て直しは確定だろう。
「いいですよ。とっても可愛かったですし、かっこよかったですよ、ヒナギクさん」
「そうかな。そうかも。ヌル子ちゃんも……うん、そうだよ」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」
「うん。よろしく」
私の用事も終わり、次はヒナギクさんの番だ。
目指すは第十界層、未だ踏破報告のない暗黒領域。
そこで待つヒナギクさんの師匠に会い、首を取る――
でも、今はとりあえず。
「さて、着替えてパーティに戻りましょう」
せっかく用意してくれた料理を堪能しなければ。
『界層ダンジョン一刀両断』(https://ncode.syosetu.com/n5778hp/)の軸、雛形として書いたものです。ここに至るまでの過程を読んで200%の読切版を浴びたい、と思っていただけましたら、連載版の方も目を通していただけると幸いです
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