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1/3

婚約破棄

「クララ・アタランタ、君との婚約は破棄させてもらう」


 バレンシア公爵は私との婚約破棄を宣言した。


 1年間と半年の逢瀬への名残など一切感じられなかった。


「どうしてですか!?」


 当然、私は納得できなかった。


 「会いたい」と彼の方からいきなりやって来たのに、まるで他人を見るように別れを突き付けられたのである。仕方がないだろう。


「来季から宮廷に勤めないかという打診があってね。王室の政務官から直々の申し出なんだ」


 くるり、とバレンシアは私に背を向けて窓の外を眺める。


「僕はその打診を受けようと思う」


 なるほど。

 何となく彼の言いたいことがわかった。


「君、カンテラ地区の出身だったね」


「はい、そうですが」


「宮廷の勤めとなれば、妻の身分も考えなければいけないのだよ」


 わかるね? と無感情な声が私に投げられる。


「私よりもご自身の出世を選ぶというのですか?」


 私は彼に率直に聞いた。


「そうだ」


 答えはすぐに返ってきた。


「君は愛した男の幸せを喜べないのか?」


「あなたは愛した女の幸せを壊すのですか?」


 しばらくの間、私とバレンシアの視線が交錯していた。

 けれど、それは見つめ合いなどというロマンス溢れるものではなく、睨み合いだった。


「はあ」


 先に目をそらしたのはバレンシアだった。

 深くため息を吐く。


「君には申し訳ないが、私のなかでは既に決定事項だ。それに王室が手配しくれた見合いの話も来ているんだ」


「どうして……」


 私の喉は熱くなっていた。

 涙声で訴える。


「どうしていつもあなたはそんなに勝手なのっ!? 何でもかんでも一人で決めて私にはいっつも後で言う。こんな大事な話ならその縁談を受ける前に相談しなさいよっ!」


 私は一息で捲し立てた。

 その言葉はこれまで感じていた彼への不満だった。


「君に相談したところで何になる? 君は宮廷とは無縁だ」


「それは……、そうかもしれないけど」


「それに私のやり方に不満があるなら別れた方が君のためだ。私は自分の性格を曲げるつもりはないよ」


「違う……」


 そうじゃない。

 そんなつもりじゃない。


 なのに、わかってもらえない。


「私はただ、あなたを愛しているだけなのよ」


「そうか。君の想いに応えてあげられなくて申し訳ない」


 愛を訴えても彼の言葉に温度は宿らなかった。

 冷たい声色に私の頭がすっと真っ白になっていく。


 まるで気絶しそうな意識を必死に繋ぎ止めて私は彼に聞く。


「身分の違いがわかっていたなら、どうして私と恋なんかしたの?」


「君を好きになったからだ。君へ向けた愛情も君との思い出も確かに本物だった」


「じゃあ、どうして……」


「宮廷の話に尽きる。これがなければ君と結婚していた」


 彼の言葉1つ1つが私を過去として語っている。

 彼の未来に私はもういない。

 そう気がつくと、これ以上の抵抗はできないとわかった。


 しかし、それと諦めとでは話が違う。


「だったら、私を宮廷に連れていってよ! 身分なんてルール、あなたが変えてしまえばいいじゃない! あなたはそういう人でしょう?」


「いくら僕でも限度ってものがあるよ。それにルールを変えるには時間が必要だ」


「それまで待つわ」


「ダメだ」


「見合いを受け入れるつもりなのね?」


「ああ」


 彼の決意を聞いて私は体を支える力を失った。

 バタりと床に両手をついて顔を伏せた。

 頬に涙が流れてた。


「わかってくれるかい、クララ?」


「わからないっ! わかってあげないっ! 私と一緒になる気がないなら出ていってっ!」


 涙声で叫ぶ。

 最後の賭けに等しかった。


 泣いている私に彼が手を差し伸べてくれる。

 心はそう期待していた。そう信じたかった。

 まだ彼の心に私を想う気持ちがあると確かめたかった。


「わかった」


 けれど、やはり彼の言葉に温度はなかった。


「今までありがとう。達者でな」


 彼は靴音を鳴らして私の横を通り過ぎると、そのまま部屋から出ていった。


 私を想う気持ちはもうどこにもないのだと教えられた。


 悲しいとか悔しいとかの感情さえ安っぽく思えて、何も心に浮かばなかった。


 私の頭はついに真っ白になった。


 そして、そのまま真っ白な頭でわんわんと泣き喚くことしかできなかった。

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