あの人たち、頭悪そうだよ?
ハイデルベルクから帝都シュトゥットガルトに到着する。シュトゥットガルトはネッカー川という河川沿いにある工業地帯で、中央駅近くにはブドウ畑が広がるなど文明と自然両方の顔を併せ持つ街だ。
数百年の歴史を持ち、古くからの城や教会など伝統的な建築物も数多く存在する。
汽車を降りるとまず、人の多さに圧倒された。ハイデルベルクの駅と違い、ホームに降り立つと人、人、人なのだ。数歩歩かないうちに人とぶつかりそうになる、人で前が見えない…… ハイデルベルクでは考えられないことだ。
「ご主人様―」
背の低いエッバが人垣に埋もれそうになり、僕は慌てて彼女の手を握った。僕より遥かに優れた運動神経を持つのに、僕よりずっと柔らかくて暖かい手。
初めて出会ったときは、こんな手じゃなかった。もっと小さくて、固くて、冷たい手。
そんなことを考えながら僕は駅構内を進み、出口に到着する。
ハイデルベルクとは比較にならない大通りと馬車、都会ならではの最先端の流行を取り入れたファッション、そして……
「ご主人様、あれ何?」
エッバの指し示した方向を見ると、壁に所々親指大の穿ったような穴がある。
「弾痕か……」
僕はそれを見て陰鬱な気持ちになる。
近年、産業の発展とともに力を持った市民たちにより絶対王政が打倒され、国の政治体制が立憲君主制に変わり議会が開かれた。それにより一般人の選挙で政治家が選ばれるようになり、それまでの貴族政治に替わって政党が乱立した。
ほとんどの政党は選挙で議会に党員を送り込むことで勢力を拡大しようとしているが、中には暴力やテロで政権を転覆させようとする過激な政党も非合法に存在するらしい。
多発するテロにより貴族政治の時代より悪化した治安と急増した重傷者に対応すべく、重傷者を治療する魔法の研究と魔法医師の育成が急ピッチで進められた。
大学を出ていない医術士に治療行為が公式に認可されたのも、軽傷者の治療まで魔法医師の手が回らなくなったからだ。
そんなことを考えていると、さっそく政治屋と出くわす。
帝都の駅前の広場で茶色っぽいズボンと帽子、汚れた長袖のシャツを着たいかにも労働者の代表と言うべき男が熱弁をふるっている。
「貴族死ねー、首相くたばれー。金持ちから税を取って貧乏人に分配せよ……」
ほとんどの人間は無視して歩いているが、何人かは立ち止まって彼の話を聞き拍手喝采している。彼らは「貴族打倒党」というらしい。
「ご主人様―、あの人たち何してるの?」
「自分の主張を人に聞いてもらいたい人たちだよ。」
「結局何が言いたいのー? エッバ難しくてわかんない」
「まあ貴族を倒して、彼らの財産を平等に分配しようっていうことだね」
かなりはしょったが、おおざっぱに言えばこんな感じだ。あちこちで何度も繰り返し聞かされているから大体わかる。
「それって貴族の人から泥棒しようってこと? 悪い人たちなの?」
「あまり大声で言わないほうがいい…… 彼らからすれば貴族が平民から高い税とるから悪者だってことさ」
エッバは首をかしげて、
「じゃああの人たちは貴族を倒した後、貴族のお仕事ができるのかなあ…… 頭悪そうだよ?」
無邪気な一言に、待ちゆく人々が失笑し演説を行っていた男も一瞬口を止めた。
獣人であるエッバが放った一言に周囲の空気がとげとげしくなっていくのを感じたので、僕は彼女を連れてその場を離れた。
しかし、なんだかエッバのほうが政治家に向いてそうだな。
だがエッバには選挙権・被選挙権はない。獣人には参政権が与えられていないからだ。参政権は人間のみに与えられている。
やばい政党がいるからああいう演説は取り締まられそうなものだけど、行政も見張っても逮捕してもきりがないのでこの頃は黙認していると聞く。
それに取り締まるにも強権的な手法を非難されると、次回の選挙が不利になるため政権も強く出にくいらしい。
だがテロへの対応として銃規制の強化には乗り出していて、この国では軍人か警察、もしくは狩猟などの目的以外で銃を所持することは禁じられている。