治療
「嘘……」
顔にいくつかあったイボが消え、ミルクのように白く美しい肌が彼女の美しさを引き立てる。切れ長の輝く瞳、長いまつげ、整った鼻梁、燃えるような赤い髪は道行く者誰もが、いや動物でさえ振り返るだろう、そう思わせるほどの美しさだった。
だが突然、瞳から涙があふれだした。
顔と同じミルクのように白い手で拭うのだが、後から後からあふれ出して止まらない。エッバがハンカチを貸すがそれすらすぐにびしょぬれになってしまった。
ちょっと泣き方が異常なほどだ。
「どーしたのー? なんで泣いてるのー?」
エッバが彼女の背中をさすって泣き止ませようとする。
「だ、だって」
クリームヒルトは嗚咽とともにしゃべり始めた。
「わたくしのこの湿疹は、物心ついた時からずっとで、このせいで男子からいじめられることもあって、それがすごく嫌で、子供のころから泣いてばかりで、魔法医師の方や医術士にお願いしても治らなくて、自分が魔法医師になっても治せなくて。でもそれが、やっと、やっと……」
感極まったのか言葉が出てこなくなる。嗚咽だけを漏らし、嬉しいのに泣いている。
「ありがとうございますわ、本当に!」
僕の手を握りしめて、頭を下げてくる。彼女の手から、彼女の言葉以上の感情が伝わってくる。
医術士をやっていて、良かったと思える瞬間だ。多くのことが中途半端で終わった僕が医術士になって初めて味わえた思い。
人から感謝されること。人から、必要とされること。
でもそんな情感は、すぐに現実に取って代わられる。
エッバが犬耳を逆立てて、ついでにしっぽも逆立てて僕たちを見ていた。
「うー。ご主人様、いつまでそーしてるんですか?」
気が付くと、僕の手を握ったクリームヒルトの顔が僕にだいぶ近づいていた。彼女の赤い髪と同じ色のまつげの一本一本まで見えるほど、近くに。治療が無事終わって、前よりもずっと可愛くなった彼女の顔が、さっきよりずっと近くにあった。
顔が近づいたくらいでは動じない。それくらい、医術士になれば慣れっこだ。
顔が急に赤くなっていく彼女を見ても、女子独特の甘い香りが鼻腔をくすぐっても、僕と目が合った瞬間に目をそらすクリームヒルトを見ても、動じない…… はず。
だから自分の顔が熱く感じるのも、きっと気のせいだ。
「も、申し訳ございませんわ」
クリームヒルトが僕の手を離し、距離を取る。少しだけ残念と思ったのは内緒だ。
「そ、それよりも」
彼女は場を仕切りなおすかのように軽く咳払いする。
「あなたのメディスンヒールは珍しいですわね。黄色い光を発するところは同じですけど、あのようにガス状になるなど見たことがありませんわ」
彼女もメディスンヒールを軽く使ってみるが、黄色い光だけでガス状にはならない。
「まあ、他にも色々と応用があるから……」
実は褒められた応用ではないのだが、言わぬが花だ。
そんな僕の葛藤など気づいていないかのように、彼女は言葉を続ける。
「やっと、わたくしの病気を治してくださったのですから。お礼をさせていただきたいですわ」
「いや、いいよ」
僕は即座に断る。
こういうことを言う患者さんは多い。治療費のほかにそっと現金の入った封筒を置いていこうとする人もいた。だけどそれを認めると、特別扱いする患者さんが出ることになってしまう。
そうなるといろいろと問題が出るので、基本的にお断りさせていただいているのだ。
僕が間髪入れずに断ったのを見てクリームヒルトは一瞬気分を害したようだけど、彼女も魔法医師であるせいか、すぐにその理由に思い立ったようだ。
「す、すみません…… 気分が高揚して、はしたない真似を。ではせめてお名前を」
「オーラフ・ウンラント。お大事に。ヒル…… いや、アーデレさん」
「別にクリームヒルトで構いませんわ。アーデレという苗字をひけからすつもりもありませんし、わたくしはアーデレ家だから魔法医師になったわけではないの。あくまでわたくし自身の願いですのよ」