メディスンヒール
イボ取りの薬について。
まずい。勘付かれたか?
クリームヒルトは僕の顔をまじまじと見つめ、目の色や顔つき、そして人差し指を見た。
診察室の鏡に映った僕の目は黒く、顔は平凡な男子で、人差し指は特に目立った特徴はない。
「いえ、そんなことがあるはずはありませんわ、決して」
クリームヒルトはさっきまでの形相が嘘だったかのように、元の様子に戻る。
「いえ、わたくしの思い過ごしだったようですわね。申し訳ございませんわ、治療を中断して」
「……まあ基礎の治癒魔法だし、これだけやってればうまくもなるよ」
それから彼女は自分の顔をペタペタと触るが、すぐにその表情が曇る。
「まだ治りきっていませんわよ? イボも残っているし……」
「さすがに他の魔法医師や医術士が治せなかったのを、そんな簡単には治せないよ」
「さっきは治すと言ったばかりではありませんの! これだから大学にも行っていない医術士は……」
話が長くなりそうなので、僕は彼女が興味を持ちそうな話題を提示して遮った。
「まだ終わってないよ」
僕は薬棚から茶色い実の入った袋を取り出す。
「これは……?」
「ヨクイニン。ハトムギともいうけれど、東洋に伝わるイボ取りの薬だよ」
「初めて聞きましたわ」
「僕も、知ったのはつい最近だよ。でもイボ取りに効き目がすごく強いから、よく使ってる」
「ふん。でも治る保証はないのでしょう?」
それを言われると苦しい。
「まあね。完治するのは三割足らずかな」
「そんな治療法、信用できるわけが……」
「やってみなくちゃわからない、だよ」
僕はクリームヒルトの言葉を遮って中の実を取り出し、掌をかざして詠唱する。
「メディスンヒール」
今度は黄色い光がヨクイニンの実を包み込む。
これもヒールの応用で、薬を触媒として使いその薬効の微調整を行うことで薬の効き目を上げる魔法だ。主にヒールは外傷に、メディスンヒールは病気に使用する。
「量が毒を成す」と言われるほどにわずかな量の差が薬を毒に変えてしまうため、薬を使う際にメディスンヒールは非常に重要な魔法だ。
黄色い光をその種子に帯びたヨクイニンを指でつまみ、クリームヒルトのイボに当てていく。
それからさらに魔力を込めると、光がガスのように気体となって彼女の顔を包み込む。
三割は完治、八割が良好な結果を示すといわれるが、どうだ?
医術士になったころは、緊張ばかりしていた。治せなかったらどうしよう。なんて言われるんだろう、その時なんて答えればいいのか。
そんな風に失敗したときの想像ばかりしていた。
そういう気持ちが顔にも表れていたのか、僕に治療する人たちは不安そうな表情をしている人たちばかりだった。
でも経験を積み、成功も失敗も積み重ねて、だんだん成功することが多くなって。
そうするうちに「慣れた」。
いい意味でも悪い意味でも、覚悟が決まったのだと思う。治療するときの度胸がついて、失敗したときに動揺しないようになった。
僕は神様じゃない、まして魔法医師でもない一介の医術士だ。すべての人を救うことなんてできはしない。できることは、目の前の患者さんに対してベストを尽くすだけ。
それが成功しても失敗しても、しょせん運命だ。
そう割り切ってしまえるようになった。
今回は幸い、無事に治せた。
メディスンヒールの黄色い光が収まって、ガスが晴れた時、クリームヒルトの顔にあったイボがきれいさっぱりなくなっていた。
「はい、どうぞ」
助手のエッバが持ってきた手鏡でクリームヒルトは顔を確認する。
自分の顔を見た瞬間、彼女は信じられないものを見たような目をした。