異性と顔が近づいても何も思わない。
診察シーンあります。医療職はこんな感じで患者を診ていると思います。
「クリームヒルト・フォン・アーデレさん、どうぞー」
午後の診療の時間。名前を呼んだとたんに声が震えるのを抑えながら、僕は次の患者の入室を促す。
現れたのは昨日も見かけた、コートのように長い白衣を羽織った赤髪の少女だった。長い白衣は魔法医師の証であり、彼らしか着ることを許されていない。
「なんですの?」
入室してきたクリームヒルトは、僕を見るなり面立ちを歪めた。険のある切れ長の瞳が闇を帯びているようにさえ思える。
「視診を行っているだけだ」
彼女の苛立たしさの混じった声に、僕は淡々と答えた。
患者が診察室に入ってくるときから診察は始まっている。歩き方、表情などからもある程度病気は絞れる。片足を引きずるように歩いていれば脳卒中や足の骨折、両足の足背を引きずるように歩いていれば小児麻痺が多い。
「どうせわたくしごとき若輩が魔法医師で、心もとないとでもおっしゃるのでしょ?」
「あのアーデレにそんなことは言えないよ。それなら魔法医師の所で診てもらえばいいだろう。アーデレ家は魔法医師の大家なんだから」
この時点ですでにクリームヒルトの病気にあたりをつけたので、僕は意地悪くそう返答した。
「魔法医師がこの程度の病気で手を煩わせる暇などありませんわ。だからこそあなたがた医術士がいるのですよ」
診察される側だというのに、上から目線のクリームヒルトとかいう女子はそう言い放つ。
確かにそうだ。医術士など、魔法医師の下位互換にすぎないのだから。
でもこういった命にかかわらない疾患を得意とするのは医術士なのだから、その点には敬意を払ってもらいたい。
エリートということで若いころからチヤホヤされると、礼儀とか社会性とかに欠けてくるのだろうか?
「その顔にできてる湿疹やイボをどうにかしてほしいっていうことだね」
それ以外の疾患も考えたが、発熱もなさそうだし外傷も動き方を見る限り見当たらない。
町で会った時には湿疹、とだけしかわからなかったがイボの周辺にできたにきびが化膿して浸出液、つまり膿がひどい。魔法医師なのだから薬は塗っているようで顔が薬で脂ぎっているが、そのせいで皮膚呼吸が阻害されているようにも見える。
放置しても死亡したり重篤な障害が出たりするわけじゃないけど、女子だし顔の湿疹は早く何とかしたいだろう。
「あなた、一目で尋常性疣贅…… いえ、イボもできていると分かりましたのね」
彼女は初めて感心したような視線を僕に向けた。
「まあ、魔法医師には及ばないけど医術士だからね、これくらいは。でもクリームヒルト、いやアーデレさん。この近くの人ですか?」
アーデレ家がこんな田舎町に住んでいるなんて聞いたことがない。
「いえ。わたくしは帝都に住んでいるわ。魔法医師大学に勤めているし」
やはり、この近くには住んでいないか。
「でも帝都の医術士でもわたくしの顔の湿疹を治せる人がおりませんのよ。そこで近隣の都市に腕のよさそうな医術士を何件かあたっていますの」
ということは、ほかの医術士は治せなかったってことか。下位互換の医術士を次々に頼るのはプライドの高い魔法医師にしては屈辱だろうけど、さすがはアーデレ家。プライドより医学を優先させたか。
「まあ少し待って」
顔に手をかけて診察する。湿疹を指で押したり、ピンセットで軽く刺激したりして確かめてみる。
僕の顔が近づくとクリームヒルトはうっすらと頬を染めたが、僕はこれくらい慣れっこだ。診察室で患者と対面するときだけはスイッチが切り替わったように欲情しなくなる。患者の顔や肌に変な気を起こすようでは医術士なんてやってられない。
僕は手元の診療記録に名前、日付、診断や所見に患者の反応といったものを書いていく。
「まずイボ以外の皮膚から治すね、ヒール」
緑色の光が顔を包み込んでいく。光に照らされたクリームヒルトは、魅せられたかのようにそれを見つめていた。
「こんな綺麗なヒール、魔法医師の教授ですら見たことがありませんわ……」
だが突如、信じられないものを見たかのように顔色を変える。