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回想3 メガヒールの真相

教会で行われた葬式に参列した数日後、クリームヒルトの様子がおかしかった。

 目には隈があり、頬は痩せこけている。

 おじいさんの死を悲しんでいるだけじゃない感じがした。

「一体、どうしたの?」

 うまい聞き方なんて思いつかなかったけれど、放っておくことはできなかった。

 クリームヒルトは黙って手をかざす。

 そして、彼女は信じられないものを見せてくれた。

「……メガヒール」

 手から放出される青い光。治療対象はいないけれど、これは間違いなくメガヒールだ。

「すごい! とうとう魔法医師の証であるメガヒールを使えるようになったんだね」

 先を越された悔しさもあるけれど、彼女の成長ぶりが純粋にうれしく思えた。

「……そうですわね」

 彼女の態度に違和感を覚える。違和感だけじゃなく、嫌な予感もあった。

「なんで、嬉しそうじゃないの? なんて、そんな顔してるの? それに…… なんでおじいさんが亡くなった後にメガヒールが使えるようになったの?」

「……あなたもそのうち、わかりますわよ」

 その日、クリームヒルトは放課後に初めて勉強せずに帰った。

 彼女の様子は気になったけど、羨ましさと悔しさもあって僕は改めてメガヒールについて調べてみた。

 メガヒールを使うにはヒール以上の魔力、人体に対する相応の知識、他に特別な条件がいるとは聞いているけど、極秘事項らしく詳しくは教えられていない。

ヒールは魔力を対象の体に流し込み、治癒力を向上させる魔法だ。同じ治癒系統の魔法である以上、メガヒールも原理は同じはずなのだけど。

教授たちを見ると、単純な方法論ではない気がする。なんというか、魔力の質そのものが違うというか、メガヒールを使うために最適化された魔力という感じなのだ。

 きっと長年月の勉強と修行があってのことなのだろう。 

 メガヒールの習得方法は秘伝ということで誰に聞いても教えてくれず、どんな文献にも記載されていなかったけど。

 僕も同じように勉強して修行すれば、きっと使えるようになるはず。

 僕は、そんな風に愚直で愚鈍だった。

なぜ魔力の質が変質するのかを深く考えもしていなかった。



翌日、僕が住んでいる寮の寮母さんも心臓の持病が急変して亡くなった。肉親がいない僕にとって、親代わりとも思っていた人だ。とっても仲が良くて、優しい人だったからとても悲しかった。

 寮のおばさんはいつもおいしいご飯を作ってくれて、夜更かしや朝寝坊している寮生がいないかいつも注意していた。僕が猛勉強しても魔法医師大学で体を壊さなかったのは、彼女のお陰だろう。

 だから彼女が亡くなった時は本当に悲しかった。寮生のみんなも泣いていた。

魔法医師でも、メガヒールを使っても、寿命や寿命に近い慢性的な病気は治せない。治せるのは大ケガだけ。

教わったことだけど、いざ自分の身に降りかかると重みが違った。

同時に、魔法医師に対する憧れが初めて薄らいでいくのを感じた。

なんで、治してくれなかったのか。僕はあれだけ勉強しても治せなかったのか。

 だけど僕の担任であるハイマン教授は悲しむ素振りを一切見せず、むしろ葬式の時に僕のほうを見て笑みを浮かべていた。

 更にその後、いつも研究のことしか頭にない、授業中でさえ生徒の顔をろくに見たことがない教授が僕の顔をまっすぐに見て、そして言った。

「葬式の後解剖実習室に来い。なるべく早くだ」

とてつもなく嫌な予感。

背中に寒気が走り、手が小刻みに震える。

でも教授に逆らうわけにはいかず、いわれた通り解剖実習の時に使う白い服を着て向かう。

そこにはハイマン教授がいた。葬式の時の礼服から僕と同じ服に着替えている。

そして解剖台に横たわっていたのは。寮のおばさんの遺体だった。

「これは……?」

 僕は状況が理解できずに教授に尋ねた。葬儀の後に行うことじゃない。

 葬儀の時のおばさんは、は生前よく来ていた服を着て、棺桶の中に手を組んで横たわっていた。

閉じられた目、安らかな表情は眠っているだけに見えた。

葬式の最中、今にも目を開けて、朝食の支度をするわね、といつも通りに明るくふるまうんじゃないかって最後の最後まで期待していた。

でもそんなおばさんは、服を脱がされて白いシーツを胸から太ももまでかけられて、冷たい解剖台に横たえられていた。

「なにを、やってるんですか」

 僕は震える声を押さえながら、ハイマン教授に向かって言葉を発する。

 お前なにやってるんだ、と喉まで出かかったのをかろうじて耐えた。

「これはその段階に至った者にしか教えない極秘事項なのだがな。貴様はわが大学で最年少ながら最も早く知識と技術を身に着けた。魔法医師に必須なメガヒールの会得に移りたいと思う」

 メガヒールの会得。それを聞いた途端、こんな状況だというのに僕の心は踊った。

 ずっと、ずっと憧れだった。手足がなくなっても、部屋一面に広がる大出血でも治してしまえる奇跡の治癒魔法。

 習得を夢見て十年以上勉強してきた。それがやっと、手に入る。

でもおばさんの遺体を見ると、そんな浮ついた気持ちはどこかへ飛んでいってしまう。

「でもそれなら、せめて落ち着いてからお願いします。葬儀の後なんて、非常識です」

 正直、食事ものどを通らないし毎日欠かさず続けていた予習復習もちっとも頭に入ってこないのだ。この状況でメガヒールの会得が可能とはとても思えない。

「いや。今でなくてはならん」

 そう言って教授は解剖台の横に置かれた器具の中から、メスを手に取った。


「メガヒールの習得条件は、肉親もしくは親しい人間を解剖することだからだ」


 僕は頭をハンマーで殴られたように感じた。

 今、教授はなんて言った?

 寮のおばさんを解剖しろ? あんなに優しくて、親しくなって、親代わりと思っていた人だぞ?

「それがなんで、メガヒールの習得につながるんですか」

 声が震える。舌がひりついて、唇が渇く。おののく肩が、僕の精神が正常じゃないことを伝えてくる。

「メガヒールは血管や細胞、神経線維を再生する魔法だからな。親しい人間を死後間もなく解剖することで、人体への知識が一層明瞭となる」

「それに激しいストレスをかけることで術者の魔力が変質するのだ。これでメガヒールを使用することが可能になる。無論、基礎医学の知識やヒールの正確な使用があってのことだがな」

「……いやです」

 僕は震える声でそういうのがやっとだった。目の焦点が定まらない。浮き石に建っているように足元がおぼつかない。

 だがその返答を予測していたかのように、教授は肩をすくめる。

「甘いことを言うな。魔法医師になれば内臓や骨がはみ出した患者を診ることなど珍しくないのだぞ?」

「でも!」

 僕は解剖台に寝かせられた、真っ白な布を胴体にかぶせられた寮のおばさんの遺体を見る。

 治療して治るならいくらでもこの手を血に染めよう。覚悟していたことだから。

 でも今やることは、治療ではない。

「……おばさんは、この件を承知してるんですか」

「無論だ。魔法医師大学で働く者は全員、死亡した場合にメガヒールの習得の手助けをすると誓約書を書いている」

「これ以外に、メガヒールを会得する方法はないんですか」

「あったらとっくにそちらを勧めているはずだろうが、余計なことを言うな」

 僕はふらふらとした足取りで解剖台に近づき、メスを手に取った。教授は頭蓋骨や大腿骨を解剖するために必要なノミやノコギリといった道具も準備している。

 何も考えないようにしよう。

 何も感じないように、ただ今までの解剖実習通りにやればいい。頭の中の解剖の教科書と照らし合わせて、ただ無心にメスを持てばいい。

 寮のおばさんのもう二度と開かない目を見て、心の中で謝罪した。

「行きます……」

 解剖実習の時と全く違う、柔らかい皮膚の感触。

 それをメス越しに感じたとき、手から力が抜けてメスが地面に落ちる。

 解剖室の冷たい石の床に、やけに澄んだ音がした。

「無理そうだな。今日はやめておくか」

 その言葉に僕は心底から安堵する。

 おばさんの体にメスを入れなくて済むから。でも、問題を先送りにしただけだ。いずれは別の人でやらないといけない。

 そして安堵した心に、氷を突っ込まれたような恐怖が走った。

「ほかの者に解剖させることにしよう」

 ハイマン教授は上着を脱ぐと、そのまま解剖室を後にしようとする。その背中に向かって僕は聞いた。

「教授は、誰を解剖したんですか。その時、どんな気持ちがしたんですか」

 教授はきっと、涙を流したり怒りに震えたりすると思った。

「私の時はフィアンセだったか。事故で急死し、貴様と同じようにメガヒールの会得のため解剖したよ。最愛の者の肌にメスを入れ、内臓を取り出すときは何とも言えぬ背徳感とカタルシスがあったな」

でもそんなことはなく、むしろ喜びすら感じられる口調で返事した。

その後も教授は恍惚とした顔でフィアンセを解剖したときのことを語っていく。

 吐き気がして、僕は足早にその場を立ち去ろうとしたが教授に止められた。

「待て。次の機会はお前だ。見学していけ」

 僕は必死に心を殺して、時間が過ぎるのをただ待った。

 やがてハイマン教授が先輩を一人連れてきて、解剖が始まった。その先輩もおばさんと仲が良くて、休日は買い出しを手伝っていたのを見たことがある。

 ハイマン教授から説明を受けると、彼ははじめはためらっていたがやがて首を縦に振った。

「では、はじめるぞ」

 その言葉とともにこの世の地獄が始まる。

 先輩がメスを取り、皮膚を切開する。おばさんの皮膚が切られていくのを見るのは、自分が切られるより辛かった。それから皮下脂肪をピンセットでこまめにほじくり、血管や神経を一本一本露出させていく。

 はじめはおっかなびっくりだった先輩も、徐々に慣れてきたのか「作業」に集中し始めた。

 頭蓋骨をノミで割って脳を取り出した時は、もうやめてくれ、と僕は叫びそうになった。

 でも僕だって、他人の遺体に解剖実習の授業で同じことをしたことはある。

 それが見知った人間に行われている、ただそれだけのこと。非難する資格なんかない。

先輩は慣れた、というより興がのってきたようにさえ見えた。はじめは涙が滲んでいた目は歪み、口元は醜く弧を描いていた。

 僕はそこで気を失って倒れた。

 翌日、先輩がメガヒールを使えるようになったと聞かされた。


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