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回想2

その日の放課後。二人で勉強すると、彼女の勉強法に違和感を感じた。

 彼女は教科書を、鬼気迫る目で読んでいるのだ。

 真剣なのはわかるけど、ちょっと違わない?

「ねえ、クリームヒルト」

「今話しかけないでくださいます?」

 クリームヒルトが甲高い声で遮ったけど、どうしても言いたいことだ。

「そうじゃなくて、君、医学の勉強が楽しくないの?」

 あっけにとられた彼女の表情。僕は何か変なことを言っただろうか?

「魔法医師になれるための勉強だよ? 今までの受験勉強みたいな、何の役に立つかわからない無味乾燥な勉強じゃない」

「夢に向かうことが実感できることが、楽しくない?」

 僕が言い終わると、クリームヒルトは黙ってしまった。

 反応をうかがうけれど、俯いた彼女の顔は深紅の髪の陰になって表情が読み取れない。

 言い過ぎただろうか。

 彼女には自分なりのこだわりがあるはずなのに、僕の意見を押し付けて怒らせたのだろうか。

 僕がそんな風にテンパっていると、彼女は自嘲めいた笑みを浮かべた。

「面白い考えですわね…… でも、実技では負けませんわ。メガヒールはまだですけど、ヒールの魔法は、もう習ったのでしょう?」

 彼女はそう言って、自分の指を噛んで軽く血を出した。

「何を……」

「周りではみな勉強していますわ。お静かになさい。あなたのヒールとわたくしのヒール、どちらが上かはっきりさせて御覧に入れますわ」

 クリームヒルトはそう言って、自分の指にヒールをかけた。

 若草色のような鮮やかな緑色の光が、傷口を包み込む。彼女の指についていた傷は、もうなくなっていた。

「どうですの! 負けを認めるのなら今のうちですわよ!」

 他の学生がヒールの発動が不安定だったり、枯草のように濁った光のヒールしか出せなかったりする中で彼女のヒールは間違いなく一級品だ。

 下手をすると、教授たちにも引けを取らないかもしれない。

 僕も同じように指を噛んで、軽く血を流した。

「ヒール」

 青々とした麦畑、実りの季節の前の生命の躍動。そんなものを感じさせるような光が僕の手から溢れ出て。

 その光に包まれた僕の傷は、彼女よりも遥かに早く、正確に傷を癒した。

 それを見たクリームヒルトは、ただ茫然としていた。悔しいとか、そういった感情が全く見当たらない。

「どう、やりましたの……?」

 つっかえつっかえ声を出す彼女に、僕は語った。

「傷の構造、治療に関しての生理学、そんなことを勉強しながら、ごく自然に使ってみた。一生懸命治そうとしてもかえって変な光になったから」

 それを聞いたクリームヒルトは、一度薄く笑い、それから天を仰いだ。

「完敗ですわ」

 次に僕を見た彼女の目は、憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていた。

「今、わかりましたわ。なぜわたくしが、あなたに勝てなかったのか」

「アーデレ家の名に恥じぬよう、と思いすぎていたのですわね……」

 なんだかよくわからないけど、納得してくれたようでなによりだ。

「答えが見つかって、良かったね。じゃあそろそろ遅いし、僕はこれで」

 勉強道具をまとめて立ち上がると、クリームヒルトは慌てたように僕を呼び止めた。

「あ、あの。ご迷惑でなければ、また勉強に付き合っていただいても?」

 少しトゲが取れた感じの彼女。

なぜだか、そんな深紅の髪の少女が気になって、僕は頷いていた。



 それから、放課後はクリームヒルトと勉強するようになった。

なぜか僕が図書室で勉強していると、他に席が空いているのに向かいに座ってくるのだ。断るのも悪いのでそのままにして勉強する。

僕が疲れて伸びをしたり、あくびしたりするところを見計らって彼女は少しだけ質問したり、話しかけてくる。

最初は教授のことだったり、授業の質問だったりしたけれど、やがて自分のことも話してくれるようになった。

 魔法医師名門、アーデレ家の名に常にプレッシャーを感じていたこと。

 父親がいずれ魔法医師大学の総長になるだろうということ。

 祖父が優しくて、いずれ祖父のようになりたくて魔法医師を志したということ。

 彼女の祖父はすでに高齢で持病もあるため田舎で療養しており、彼女は祖父の話をベッドのそばに座って聞くのが今でも楽しみだということ。

 僕は気の利いた返しができなくて頷いていただけだったけど、彼女はそれでいいと言っていた。ちなみに後の授業で、患者の話を聞くときのコツに「受容と傾聴」というのがあると教わる。

否定せず、意見せずに患者の言うことを受け入れるのが良いということらしいが、クリームヒルトに対してしていたことと同じなのが不思議な感じだった。

 初めての解剖実習では、薬品に漬けて変色した遺体を手を合わせながら解剖して。

 試験前、図書館が混雑したときに初めて隣同士に座った。

 向かい合わせよりずっと近く感じられる距離感に、どきどきした。

 肘がぶつかったり、手が触れ合ったりすると顔が熱くなって。

 膝が触れたときは胸がくすぐったくて。

 隣のクリームヒルトも同じような顔をしていたから、嫌がられてはいなかったと思う。

「あ……」

 その時に動揺したのか、筆記用具を机の下に落としてしまった。

「何をやっていますの。早く拾いなさいな」

 クリームヒルトは何事もなかったかのように教科書に目を落とし、僕は机の下に潜り込んでペンを探す。

「あった」

 ペンはクリームヒルトの足元に落ちていたので、頭の向きを変え、手を伸ばしてペンをつかみ取る。

 そうして頭を上げると、スカートで陰になった彼女の足の隙間が僕の正面に来て。

 生まれて初めて、女子のスカートの中身を間近で見てしまった。

 深紅の髪と対照的な、真っ白なショーツ。

 心が清い人はショーツが白いのだろうか、そんな馬鹿なことを考えながら見とれているとクリームヒルトが声をかけてきたので僕はペンを拾って慌てて顔を上げる。

「どうしましたの? 顔が真っ赤です、わよ……?」

 彼女も顔が真っ赤になったから、気が付いたらしい。

 でもそれを指摘することなく、その日は微妙な雰囲気のまま勉強をつづけた。


 その数日後、彼女の祖父が持病を悪化させて亡くなったと聞かされた。



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