黄緑色
お爺様。
彼女のその口調から、その目から、祖父に対する愛情と尊敬の念が伝わってくる。
だが、崇高な職業。その言葉を聞いた途端、ライフルを持ったテロリストの手が震えるのがわかった。
「崇高? 魔法医師がですか?」
クリームヒルトに対し、僕に向けた以上の憎しみを向ける。彼女はそれだけで腰が抜けたのか、しゃがみこんでしまった。
「私や私の母は獣人というだけで魔法医師に治療を断られたことがあります。貴重なメガヒールを獣人などに使う必要はないと」
「彼らの私を見る目は今でも忘れません。朝起きたときも、寝る前も、夢の中でも、思い浮かんできます。そして私の母は負傷後の敗血症で死亡しました」
「我々獣人には選挙権もない、大学の入学資格もない。そんな差別を肯定する世の中を支配する階級の者たちは全員死すべきです」
さっきの淡々とした口調が嘘のようにまくしたてる。熱い思いをみなぎらせて。
でも、顔を真っ青にして冷汗をかいたエッバがそれをばっさり切り捨てた。
「あはは、頭悪いね」
「きれいごとばかり言って、人を傷つけるのを正当化して」
「あなたなんかよりクリームヒルトさんのほうがいい人だよー」
「黙りなさい!」
インテリが初めて激高した。
「持てる者、上に立つ者、恵まれた者、そういった者たちは皆驕り、高ぶり、他者を見下すのです!」
「それじゃ、持たざる人、下にいる人、恵まれない人はどうなの、かなー。そういう人たちは他人を追い落としてやろうって人ばっかりだったよ? 施設でもそうだった。持てる人の方がまだマシ……」
「黙れえエエ!」
インテリは自分の意見を否定されてキレたのか、血を流して地面に伏せていたエッバを蹴り飛ばした。
エッバは口から濁った血を吐きながら地面を転がり、咳をするたびに口から血が溢れ出る。その惨状を見たクリームヒルトからエッバが撃たれた時以上の悲鳴が上がる。
頭の中で、何かが切れた。
「魔法医師は崇高じゃない、か。そうかもしれないね」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「あなた、何を……?」
「見下して、裏ではえぐい実験やって、高い授業料取って。ろくでもないかもしれない。君の言うことにも一理あるよ」
僕はインテリの目を見て、意見を肯定して、お前と自分は同類だという雰囲気を醸し出す。
「おお! 同志よ! やっと理解してくださったのですね!」
インテリが豹変したように急に態度を変える。その有様にクリームヒルトは目を白黒させたが、別におかしくない。
思い込みが激しくて、他人の意見を聞かず、人に自分の考えを認めてもらえないタイプの人間は、共感すると簡単に心を開くからな。患者にも似たような奴がいた。
そのまま倒れ伏したエッバの傍に腰掛ける。
地面に広がる血だまりと、這いずった血の跡が痛々しい。
「治療していい? そこの魔法医師は魔力が尽きて、もうメガヒールが使えないから」
「役立たずですね」
二人がかりでそう言われ、クリームヒルトはまた泣きだした。
「しかし我々の理想に共鳴しない、こんな獣人を生かす価値はないのでは?」
お前が言うなよ。
そう言いたいのをこらえて、優しく語りかける。
「この獣人は僕が説得するから」
「……わかりました。とりあえず信じましょう」
そう言いながらも、僕にライフルの銃口を突き付けた。
用心深いな。
エッバが治ったら、また襲ってくるかもと思っているのか。そんな心配はないのに。
「ヒール」
僕の手から緑色の光が溢れ、エッバの太腿に空いていた穴がある程度ふさがる。
とりあえず出血は止まった。これでしばらくは持つだろう。ぎりぎりだった。後十秒治療が遅れていたら、助からなかったかもしれない。
だがメガヒールと違って失った血液は戻らないし、損傷した太腿の骨もそのままだから腫れも引いていないし顔が青いままだ。
僕にメガヒールが使えたら、治せたのだろう。
でも僕は魔法医師ではなく、メガヒールが使えない医術士になることを選んだ。
自らの意志で。
エッバの応急処置を終え、僕はインテリに向きなおる。
「魔法医師が、崇高な職業じゃないって言ったよね? でもそれは、医術士だって同じなんだ」
僕はポケットから試験管を取り出し、コルク栓を外す。特徴的な臭いが漂った。
「? その臭い、それは飲料水の腐敗防止の薬品と同じ臭いですわね」
クリームヒルトの言葉に、インテリは顔に疑問符を浮かべる。
「何をするのです? それで消毒でもするつもりですか?」
僕はそれをインテリの顔へ向かってゆっくりと投げる。
突然のことで、彼はとっさには反応できていない。
というより、顔に当たる前に地面に落ちるくらいの投げ方だから警戒すらしていないのか。
「さっきお前は、必要な犠牲といったね? じゃあ自分が犠牲になることも覚悟してるね?」
僕は魔力を込める。試験官の中の液体が黄色く輝き。
「メディスンヒール」
同時に、黄緑色のガスが噴き出した。




