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卑しい

 僕の目の前に長い影が落ち、白い覆面で顔を隠した男が目の前に立っていた。手に持ったライフルの銃口が油断なく僕たちに向けられている。

 こいつが、エッバを撃ったのか。だが猛者と比べると線も細く、背丈も僕と同じくらい。ライフルを構えるよりも眼鏡をかけて本でも読むと似合いそうな、どことなくインテリな感じがした。

 こんな奴が、あれほどの技量を持っていたことに驚愕する。


 でもなぜ僕たちの前に姿を現したのか? 狙撃手は姿を見せないのが第一のはず。


 なぜ僕たちに発見されるリスクを冒してまで近づいてきたんだ?

「同胞を倒した者を先に撃ったのですが、獣人でしたのでね、様子を見に来たのですよ」

 インテリはゆっくりとエッバの傍に腰を下ろすと、いとおしそうに彼女を見た。

「かわいそうに。人間に奴隷にされているのですね」

 インテリが頭からかぶっているフードを取ると、獣人特有の犬耳が現れた。

 白っぽい灰色の犬耳を持った獣人は、エッバに優しく語り掛ける。

「撃ってしまって申し訳ありません。すぐにその魔法医師に治療させますからね。そして奴隷から解放してあげます」

 僕は穏やかな物言いに呆気にとられた。

 人を撃っておいて何を言っているのか、こいつは。


「何をしているのです、早く治療なさい」

 インテリは穏やかな口調で、白衣をまとったクリームヒルトに命令する。

「もうメガヒールを使える魔力が残ってないのですわ……」

 彼女の震える声に、インテリは顔を歪めて吐き捨てた。

「役に立ちませんね……」

 涙目の彼女から目を離し、再び穏やかな顔になってエッバを見る。

 だがエッバは、地面に倒れたままインテリを睨みつけた。


「私は、ご主人様の、奴隷なんかじゃない……」


 だがインテリはエッバの発言を一笑に付した。

「人間の奴隷にされた獣人は、そう言う者も多いのです。奴隷としての待遇に慣れて、自分がかわいそうな立場だとも気づかない」


 確かにそういう獣人もいるが、極論すぎる。

 こいつは思い込みが激しくて、純粋で、自分と違う人間の意見を聞かない。

 他人を自分の価値観だけで不幸だと決めつけるタイプだ。


「かわいそうに、すぐ解放して差し上げます」

僕のほうを見て、憎しみを凝固させたような目つきになり、顔を醜く歪めた。

「あの男が主人なのですね?」

 インテリはライフルの銃口を僕に向けた。そのまま引き金を絞ろうと、人差し指に力をこめるのが指の筋肉の緊張でわかる。


 やるしかない。

 でも僕が覚悟を決める前に。

「や、めて……」

 エッバは血の噴き出る足を引きずって、インテリを止めようとした。

 手は届かない。でも、ずりずりと、地面に赤い血の跡を描きながら、それでも這い寄ろうとして。

 インテリが初めて驚愕に満ちた表情を見せた。

「ご主人様を、傷つけないで……」


 その気迫に気圧されたのか、インテリはいったん銃口を下ろす。

「なんで、こんなことをするの…… 普通に暮らしているだけの人を傷つけて、ご主人様まで傷つけようとして」

 エッバの必死の呼びかけに対し、インテリは淡々と答えた。

「皆が平等に暮らせる世界を作るためです。心は痛みますが、そのために必要な犠牲です」

 喋るのも辛そうなエッバに代わり、僕が問いかける。

「それで、その平等な世界っていうのはどうやって創設するの?」


「簡単ですよ。まず上にいる腐った無能な獣人差別主義者を粛清します。それから我々のような平等を愛する獣人が、我々に賛同する人間と協力して理想の国を作るのです。それが我々『グライヒハイト』の偉大にして崇高なる目的」


 粛清。我々に賛同する。理想の国。崇高。

 胡散臭いセリフばかりだ。

 エッバが血の気がすっかり失せた顔で笑っていた。

「何がおかしいのです」


「それはおかしいよー。上の人間を追い出して自分たちが取って代わる? それってあなたたちがいつも『貴族死ねー、国王くたばれー』って言ってる人たちの権力争いと同じだよー」


「お前も、あの貴族打倒党とかいう奴らの仲間か」

 デモと実行部隊が分かれているのかもしれない。

「……違います。あのような口先だけのゴミどもとわれわれを一緒にしないでいただきたい。我々は常に理想を明確にし、行動を起こしています」

 インテリの表情が一瞬だけ歪んだが、すぐに元の調子を取り戻し、エッバに笑いかけた。

「理想の国は必ず作りましょう。あなたもその国で暮らすのです。あの男や、卑しい女魔法医師などとは縁を切って」

「卑しい……?」

 今まで泣いてばかりいたクリームヒルトが、初めてインテリを睨みつけた。


「取り消しなさい! 魔法医師は、人々を病と怪我から救う崇高な職業ですわ! わたくしはわたくしのお爺様から、お父様から、その思いを受け継いだのです!」


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