不快な声
「申し訳ありませんわ…… 人の過去に、土足で踏み込むような真似を」
クリームヒルトは深々と頭を下げたが、エッバはあっけらかんとした風だ。それはそうだ。クリームヒルトが自分の過去を聞いても笑ったり、安っぽい同情をしなかったから。
「それはいいよー。それよりこの人、どーするー?」
警備兵に引き渡すのが一番だろうが、捕まえたテロリストを留置場へ送るのと、逃亡したテロリストを追撃するためにほとんどが出払ってしまっている。
このままエッバに見張らせておいて、彼らが帰ってくるまで待つか。
ふと音がした。
今日、連続で聞くことが多かった音。
静かな学び舎には不似合いだ。
不似合いで、不吉。
できるならもう一生聞きたくはない。
茜色の空を切り裂くようなその音が、一回だけ聞こえた。
一回。たった一回で。
ライフルを奪われて倒れていた猛者の頭の三分の一程度が、割れたスイカのように吹っ飛んだ。
一拍遅れてクリームヒルトの絹を裂くような悲鳴が上がる。
エッバが視線を鋭く左右に巡らせた。
僕は撃たれた猛者の容態を確認するが、吹き飛んだ頭部からは脳漿と神経線維の集合体である大脳、それに砕けた頭蓋骨が混じった血だまりが広がるだけ。即死だ。
死亡すると、破壊された組織を創造できるメガヒールでも治せない。
メガヒールは生体に効く魔法で死体には効かない。
死者をよみがえらせる治癒魔法だけは開発されていないし、開発の目途も立っていないという。
「口封じか」
兵が抵抗不能の相手を問答無用で殺害する可能性より、テロリストの仲間が口封じを行ったと考えるほうが自然だ。
それにしても、さっきまでとやり方が違いすぎる。
校舎を襲ったテロリストのほうが数が多かったのに、重傷者を出しても死者は出ていない。
こちらではたったの一撃で致命傷を与え、しかも捕虜になった仲間を攻撃するという徹底ぶりだ。
となると、こいつがこの作戦の主力か。
陽動で負傷者を続出させて、魔法医師を疲弊させたところに凄腕を出す。
僕たちはとっさに伏せるが、校舎の陰であるここにはせいぜいベンチくらいしか盾にできるものがな い。
それでも突っ立っているよりかは安全なので、伏せたまま周囲を見渡す。
「どこだ……?」
射撃したテロリストの姿が見当たらない。以前治療した傷病軍人から聞いた話では、狙撃手は身を隠すのが基本らしいから素人の僕では見つからないだろう。
とにかく、隠れないと。
でもどの方向にいるかわからないと、鉢合わせする可能性がある。
エッバが鼻と犬耳を動かしているが、首を横に振った。
「どうだ?」
「駄目。臭いを誤魔化す香水をあちこちにほんの少し振りまいてるらしくて、臭いがわからない。それに身動き一つしてないみたいで、音もわからない」
この念の入れよう、遠距離から猛者の頭を一瞬で吹き飛ばした技量。今までとは比べ物にならない相手
だ。こいつが本命で間違いないだろう。
どうする?
僕は頭をフル回転させる。
クリームヒルトはまだ震えている。エッバでさえ位置がつかめない。どこに逃げればいいのかもわからない。
次に狙われるのは? 魔法医師であるクリームヒルトの可能性が一番高い。
僕はポケットの中を探る。ハイデルベルクから持ってきたこれを使えば…… いや、一時しのぎにしかならない。
それよりも助けを待つか? 銃声がしたし、時間をおけば警備兵が駆けつけてくれるかもしれない。
迷っている間に、エッバが身を震わせた。
「っ!」
その場から飛びのくように転がる。
だけど一瞬遅れて、さっきと同じ音が響いて。
エッバの体から朱の花が舞った。それは空を赤く染め、一拍遅れて地面を血に染める。
その際にフードがめくれ、犬耳があらわになった。
「う、が」
エッバはとっさに身をかわしたおかげか、頭は無事だったが足を撃たれていた。
見た限り大腿部を撃たれている。しかも出血量からして大腿の骨が粉砕したか、大腿動脈を損傷したらしい。
骨は血を蓄える。大腿の骨が粉砕すれば、最悪全身の血液の三分の一は無くなり、致死量に至る。もしそうなら、一分持たない。急いで手当てしないと……
僕はエッバに駆け寄る。ヒールでも応急処置ならできるからだ。
だけど。
「させません」
殺意と優しさが入り混じった、ひどく不気味で不快な声が聞こえた。




