エッバの過去
「よくやったぞ、エッバ」
「えへへ…… ご主人様のためだもん」
命がけの戦闘の直後だというのに、頭を撫でられたエッバは顔を赤くしていた。
「今のは……?」
頭が追い付いていないというか、まだ混乱している様子のクリームヒルトに僕は簡潔に答えた。
「隙を作るための嘘だよ。人を治すのが医術士なのに、あんな奴に手を貸すわけないだろ?」
「それもありますけど、そうじゃありませんわよ、エッバさん、あなたは……?」
「私はちょっと強いだけの普通の獣人で、ご主人様が大好きなだけだよー」
「でも、いくら身体能力に秀でた獣人といえどもすごすぎません?」
「別に弾丸見てかわしてるわけじゃないからねー。音の速さを超える物体をかわすのは、私でも無理だよー。単に銃口の向きと射手の全身の筋肉の緊張から弾道を予測しただけー」
「それでも、十分すごいですわよ……」
クリームヒルトが呆れたように言った。
「どうやって、そんな技術を身に着けましたの?」
僕は返答に窮する。
エッバの事情は、そう簡単に話していいものじゃない。
でもテロリストに発見された後で、エッバの動きを見られた。
下手な疑いをかけられるかもしれない。
僕が迷っているのを見て、エッバが薄く、悲しく笑うのが横目に見えた。
「いいよー。クリームヒルトさん、悪い人じゃなさそーだしー。それに見られちゃったしね、聞いてもらおーよ」
エッバは自分の過去を語り始める。
エッバの家は、虐待が当たり前だった。
ご飯がないのは当たり前、口を開くと殴られ、口を閉じていてもまた殴られる。
家にいると虐待されるので、一人で外に出ていた。誰もいない、通らない、物音一つしない空間で息をひそめる。
それだけが彼女にとっての安らぎだったという。
罵声を聞くと怒った両親を思い出し、大きな物音を聞くと暴力を思い出すから。
だがある日家に帰ると、両親がテロに巻き込まれて死んだと家を訪ねてきた警察から聞かされた。
こんな言い方をすると人の心が無いといわれるけれど。
両親が死んだというのにすごくほっとして、嬉しかったそうだ。少しくらいは悲しいという気持ちが沸くかと思ったけど、もう殴られたり踏まれたり熱湯をかけられたりすることがないと思うと、安堵のあまり涙が溢れ出てきたらしい。
警官はその様子を見て、両親を失って悲しんでいると勘違いしたらしいけど。
そののち、獣人専用の保護施設に引き取られた。
そこは家畜小屋のようなところで、狭い空間に男女分けずに押し込まれ、食事も皿にほんの少し、スプーンもフォークもなく手づかみで食べるようなところ。
保護されてきた獣人同士の喧嘩や食事の奪い合いも絶えなかったから、自然と基本的な格闘術が磨かれた。無論プロで通用するような技術ではなかったが。
しかし、そこでの立場がだいぶ上になったので食事が幾分ましになったという。
成長し、運が良ければ里親に引き取られる、何か特別な仕事ができるならば国の機関で引き取ってもらえると噂が流れた。
それなら少しでも条件のいいところで引き取ってもらおうと、エッバは格闘術にさらに磨きをかけて銃への対策も訓練した。
物音が苦手でも、銃声は聞いても虐待がフラッシュバックしないせいか平気なので訓練が可能だった。
獣人は運動能力が優れているものが多く、そういった場所へ身を寄せた保護施設の先輩も多かったので、すでに軍や要人警護として働いている先輩の獣人が特別に教えに来ることもあったという。
何人か、自分と同じ考えの獣人がいて、ともに訓練し、時にはテロリストの制圧現場を見に行ったりして技術を盗んだ。
そうして保護施設随一の腕前になったころ、残酷な事実が彼女を襲った。
パニック発作による精神疾患と診断され、軍人や護衛官への道は無理と言われた。
ショックで寝込んで、ストレスのせいか一時期物音にひどく敏感になり、人の足音だけで発作を起こしたこともある。
獣人の診察も請け負っていた時期があって、たまたま僕がその施設を訪れ、エッバと出会った。
ちょうど助手が欲しかったし、他にも色々あって僕が引き取ることにしたのだ。




