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治療院での一コマ

巻き爪でお悩みの方には役立つかもしれません。

 ここ数十年で医学は本当に進歩した。


 遠洋航海につきものだった壊血病も、出産後に多くの女性の命を奪った産褥熱も、戦場で多発する重傷者も治療することが可能になった。

 壊血病は柑橘類のジュースを携帯させビタミンの補充をすることで予防できるようになった。妊婦の三

割の命を奪ったといわれる産褥熱は手洗いを行なってから乳児を取りあげることで激減した。


 現在。医学を生業とする者は大きく二つに分かれている。医術士と、魔法医師。


 僕、オーラフ・ウンラントは診察室を見渡した。日焼けで黄ばんできたカーテンに近年よろい窓の代わりに普及してきたガラス窓、木製の診察机と椅子に患者を寝かせるベッド。繊維産業の発展と共に流通した漂白剤で染められたシーツ。


 小さな引き出しが縦横に並んだ薬棚には古くから伝わるハーブから、近年流通し始めたフェノールなどの薬品が入っている。


「ご主人様―、次の患者さんですー」

「どうぞ、お入りください」


 助手のエッバの呼びかけで、診察室に入ってきたおばさんを椅子に座らせる。スカーフを頭にかぶり、長年使用しているためか色あせた長袖と長いスカートの上からエプロンをしていた。


 ちなみに僕、オーラフ・ウンラントは医術士だ。軽い病気や怪我を治療することを生業としている。


「ずいぶん若い子ねえ」

 入るや否や、おばさんは目を丸くした。無理もない。


 開業している医術士といえば中年以降の白髪の混じったおじさんというのが一般の印象だ。若くても三十台後半というのが多い。

 だけど僕は。中背のやせた十代後半の若造だ。こんな年で医術士をやっているなんて、何かの冗談としか思われないだろう。


「むー。ご主人様はちょっと童顔で実際の年も若くて頼りなく見えますけど腕は確かですよー」


 診察室奥のベッドを整えてくれている助手のエッバが声だけで僕を擁護してくれた。だが余計な言葉が多すぎる。

「エッバ、余計なことを言うと今日の夕飯は玉ねぎ入りのスープにしてやるぞ」

「ひええ! 玉ねぎ入れるんですか! それだけは勘弁してください~」


 エッバが大人しくなったので、あらためて目の前の患者さんに目を向ける。まだ僕に疑わしげな眼を向けているが、まあいい。こんな反応は慣れっこだ。

 僕はまだ十代後半で中肉中背の体格。おまけに持っている資格も医術士だ。魔法医師とはわけが違う。


「どうされました?」

 おばさんは皮靴と靴下を脱ぎ、裸足になって僕に足を見せてくる。ちなみに彼女の姓もウンラントだ。ここ一帯は小さな村ほどではないが、同じ苗字、特にウンラントが多い。


「指が巻き爪になって、痛くてねえ」


 足の指を診ると親指の爪が黄色くなり、両端が皮膚に喰い込んでいた。

 巻き爪は地味だが厄介な病気だ。痛みで歩行が困難になるし、目立たないが患者にとっては気にかかる場所でもある。

「とりあえず、応急処置か」

 診察机には鋏や包帯などの治療具からカルテやペンなどの筆記具までが整理しておかれている。


 僕は治療具の入った箱から爪切りを取り出し、おばさんの脚の指を丁寧に切り始めた。爪が食い込んだ箇所は切除しておかないと化膿の危険が高い。

 食い込んだ爪を切除し、皮膚と爪の間に隙間を作るとおばさんは大分楽になったようだ。


「ありがと。じゃあ、買い物に行くから」

「いや、これからだから」

 そそくさと席を立とうとするおばさんを引きとめて手をかざし、掌に魔力を集中する。

 これこそが医学を生業とする者の道を二つに分けた要因。


「ヒール」


 掌から緑色の光が溢れ、診察室を薄く色づかせる。光が傷ついた細胞膜や表皮などを再生・修復していく。

 基本の治癒魔法で、魔力で人間の治癒力を向上させるのだ。

 光が収まった時には白く変色していた爪も薄ピンクの健康的な爪に戻っていた。


「おやおや、若いけどすごいねえ。これほどのヒールは中々お目にかかれないよ」

「いや、ここからが最後の仕上げ」


 僕は診察机から細い針金を取り出し、おばさんの爪の長さに合わせて切った。

 ほんの二センチにも満たない針金の両端を大工道具で丸めてから巻き爪の間に差し込む。


「これで大丈夫。爪は広がっていく性質があるから、広がれば自然に外れるよ。針金があるからそれ以上爪が丸くなれない」

「こんなことでいいの?」

「いいの。魔法医師みたいにすごい治癒魔法が使えない分、簡単な方法と魔法を併用するのが医術士だからね。一月もすれば爪は真っ直ぐになると思うけど、おかしかったらまた来て」


 おばさんはお礼を言って、受付で銅貨を支払って帰っていった。

「お疲れ様です、ご主人様」

 シェパードのような耳を頭部から生やしたエッバがベッドと診察室を隔てる白い布張りの衝立の奥から出てきた。

 エッバ・イステルは獣人で、黒と茶の毛が混じった尖った犬の耳を頭から生やし、白い助手服の上着とスカートを着て、その隙間から耳と同色の尾がはみ出している。


 背丈・外見年齢は僕と同じくらい。胸は同年代の女子よりかなり大きく、胸の大きさのため発注した助手服を改造しなければならなかったほどだ。助手服からのぞく引き締まった腕とふくらはぎが目にまぶしい。

 三年前、ちょっとした理由で助手として雇った。

 働きぶりもよく、愛想もいいので治療院のマスコットキャラだ。


「さっきので最後の患者さん?」

「はい! 待合室の掃除も終わらせました!」


 ハーフアップにした焦げ茶色の髪をゆらし、つぶらな瞳で元気に答える。

 彼女がいて本当に助かる。いなかったら、疲れた体で掃除までしないといけない。

「じゃあ今日はここまでか。お疲れ」


 僕は部屋に備え付けの洗面器に張った水で顔を洗い、鏡で顔を見る。


 そこには年齢相応の童顔が映っていたけど、数年前の面影が微塵もない。


 心の持ちようで顔つきが変わると聞いたことはあるけど、自分でそれを実感するとは思わなかった。


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