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唐突な申し出

「ヨクイニンというのは、ハトムギともいう東方の穀物で……」

「茶にして飲んだり、穀物として食したりと色々な方法がある」

 僕はクリームヒルトの斜め前に座り、資料を見せながら説明していく。

 クリームヒルトは身を乗り出し、熱心にノートを取り、僕の言うことを一言も聞き漏らすまいという姿勢。


 身を乗り出すたびにブラウスの隙間から胸が少しだけ見える。

 診察中ならこの程度なんとも思わない。だけど、今は診察中じゃない。

 彼女の白磁のような肌が、きめ細やかで。

 一心に僕の話を聞いてくれる姿が、魅力的で。

 そしてイボも湿疹もすっかり治った素顔は、前とは比べ物にならないほど蠱惑的だ。


「東方では体内に溜まった熱を取り、胃腸を助けるといわれる」

 雑値を振り払い、授業に集中しようと努める。


「それがどうして、イボの治療に使われますの?」

「胃腸が肌を司るという考えがあって、内臓の働きを調整することで身体の表面にも影響するかららしい。『皮膚は内臓の鏡』とも言われる」


「はあ~」

 クリームヒルトがため息をつき、伸びをする。

 腕を上に伸ばしているから、ブラウスの下の胸の形がくっきりと浮き出る。女性の胸は、立ったり座ったりしているときよりも伸びをしたり、仰向けになる時が服越しの形がはっきりわかるのだ。

 彼女の胸は、お椀型だった。


「わたくしもあれからヨクイニンについては調べましたけど、ヨクイニンの有効成分を抽出することばかり考えていましたわ、東方の医学は発想が根本から違いますのね」

 疲労しながらも目を輝かせ、再び頭を下げる。


「あなたを招かず、自分の力のみで勉強していては一生辿りつかなかったかもしれませんわね。改めてお礼申し上げますわ」

 お世辞なんて何一つ感じられないそのしぐさを見て、人は変わるものだな…… としみじみ感じた。

「それにしてもあなた、本当は魔法医師ではありませんの? 聞いている限り、東方の医学だけでなく基礎医学にも通じておりますし、その分野ならば魔法医師にも引けを取らないと感じましたわ」


「……独学だよ。魔法医師とは違った経験や患者を診ているから、そう感じるだけ。魔法医師ならメガヒールが使えるはずだし、卒業名簿にウンラントの苗字が残ってるはずだろ?」


「それもそうですわね。卒業生の名前に、あなたはありませんでしたわ」

 興味を失ったようで、エッバは再びノートに視線を戻す。



「今日のあなたの講義は素晴らしかったですわ!」

 講義も終わり、そろそろ就寝時刻となる。

「そう言ってもらえると嬉しいな。僕が勉強した書籍も紹介するから、後は自分で勉強するともっと理解が深まると思うよ」


 僕はそう言ってあらかじめ用意してあったリストをクリームヒルトに渡すと、彼女はまるで宝物を受け取るかのように胸に抱いた。

「ああ、この書籍に、知識という宝玉が眠っているんですわね…… でも書籍は他の魔法医師と共有できても、授業をわたくし一人で独占してしまうのが、勿体ないくらいですわ。教え方も丁寧ですし」


 なんだかこの短時間で彼女の僕への評価がうなぎのぼりになった気がする。

 でも僕はそこまで買いかぶってもらえるような人間じゃない。

 人生回り道と失敗ばかりだった。

 医術士になるまでも、色々あった。


「あなた、帝都にはまだいますわよね?」

 クリームヒルトが話題を変える。

「ああ。治療院も休みだし、エッバが帝都を見て回りたいと言っていたし。もう二日はいる予定だけど」


「ではその間、」

 なんだか嫌な予感がした。

「魔法医師大学で一日講師として授業をしてもらえません? 医学生たちも熱心なものばかりですし、教えがいはありましてよ。無論追加の給金もお出ししますわ」


 唐突な申し出。

 だけど、薄々そんな気はしていた。

 彼女がハイデルベルクに来るのではなく僕をこちらに招いたのも、その布石だったのかもしれない。

人に物を教えるなんてめったにやらなかったけど、今日は結構楽しかった。熱心に聞いてもらえるのがうれしかった。自分が会得したことを伝えていくのは心地よさがある。


 でも魔法医師大学か……

「授業の枠がちょうど明日は一コマ空いておりまして。そこに入っていただければ話はスムーズかと」

 授業の枠まで確認済みとなると、学校への手続きも済んでいるのだろう。


「一日講師ならそう珍しくもありませんし。近隣の養護施設の職員や、地方の教会の司祭などいろいろな方を招きますのよ。年齢も身分も様々ですし、あなたがそう目立つこともないと思いますわ」

 彼女はじわじわと外堀を埋めてくる。ここまでくると断るのも難しい。


「一つ、聞いてもいいかな?」

「なんですの? あなたほどの人材には給金が不足かしら?」

 彼女は勘違いしたのか、慌てた様子で腰を浮かしたけれど僕はそれを手で制する。


「そうじゃないよ。なんで僕に、そこまでするの?」

「知識を眠らせておくのが勿体ないからですわ。だれも治せなかったわたくしの病を、あなたは治して見せたのですわよ? 人を癒すことが医学を生業とする者の務めではありませんか」


 彼女は何の気負いもてらいも、ためらいすらなくそう言い切った。

 純粋な善意でそう言っているのだろう。

 人を治したくて魔法医師になり、人を治すことに喜びを感じる。

 魔法医師大学なんていう出世闘争の最前線にいる割にはずいぶんと純粋だ。

 いや、アーデレ家の彼女の父親が生臭い出世闘争から遠ざけているのかもしれないが。


 でも。

「医術士と魔法医師では専門が違うんだよ? 君が最初僕に言ったように、イボ程度と思う子だって珍しくないと思う」


「それは……」

 僕と出会ったときの診察室での会話を思い出したのか、彼女はさっきまでのハイテンションが嘘のように気落ちしてしまった。

 無我夢中で、そこまで気が回らなかったらしい。


 純粋なタイプにありがちだけど、視野が狭くなることが多い。

 それに僕も、プライドの塊の魔法医師たちの中に入っていくのは正直気が重い。

 でも話を断ると後々厄介なことになるだろう。


 アーデレ家と不仲になるのも避けたいし、娘を泣かせたとなれば父親がどう思うだろうか。

 あちら立てればこちらが立たず、か。

 考え込んでいると、クリームヒルトの表情がさらに暗くなったことに気が付いた。

 さすがに、心が痛んだ。


 それに目の前で悲痛な顔をして落ち込んでいる女の子を見て放っておくことはできなかった。

 せっかく骨折って準備したのに、すべて中止になったら傷つくだろう。

「わかった。引き受けるよ。でも僕が医術士だってことは隠してあるよね?」


「え? ええ。臨時で外部講師を呼ぶとしか言っておりませんけど」

 それで話を通せたのか。さすがはアーデレ家。

 それともこの年で魔法医師になった彼女の影響力がすごいのか。

 女子の頼みは断れないスケベな研究者が多いのか。


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