食事
「おかえりなさいませ、クリームヒルトお嬢様!」
クリームヒルトを先頭にして巨大と言っていい大きさのドアを開いてもらって屋敷に入る。
玄関前、絨毯が敷かれたホールでメイドさんたちが道を作るように二列に並んで僕たちを出迎えてくれた。その中には獣人のメイドさんもいて、緊張を表すように薄茶色の犬耳が立っていた。
獣人であるエッバが格式あるアーデレ家に入っていいのかと心配したけれど、これなら心配ないようだ。
「まずはお部屋へご案内します」
メイドさんの中でも位が高そうな子が荷物を預かり、僕を屋敷の奥へと先導する。
「助手の獣人の方はこちらです」
別の獣人のメイドさんがエッバを別の部屋へ案内する。獣人だし、扱いが違うのは仕方がない。一定の敬意を持たれた振る舞いなだけましなほうだろう。
余計なことは言わないほうがいい。
部屋に荷物を置き、上着を脱ぐとメイドさんはそれを手に取って、しわにならないように丁寧にかけてくれた。
「旦那様がもてなしの席でお待ちです。粗相のないようにお願いします」
メイドさんの一人が棘のある言い方でそう釘を刺してきた。そしてこう付け加える。
「お嬢様は顔のご病気が治って、とても美しく、明るくなられました。その点には感謝しています。旦那様やお嬢様は、私たちのような卑しい獣人でも屋敷の仕事を任せてくださる、慈悲深き方々です。しかし、そこに付け込み妙な考えを起こさないようにお願いします」
彼女は丁寧ながらも、敵意をむき出しにしたような物言いで僕を牽制してくる。
まあ当然か。年ごろの女の子を治療した人間がこんな若い男なんだ。
良からぬことを考えているのでは、と思うのも仕方ない。
僕は気持ちを切り替えて、改めてもてなしの席へと向かった。
もてなしの席が設けられた部屋は庶民の家が二つか三つは入りそうな縦長の形で、フォークとスプーンが置かれた長い机がある。上座にクリームヒルトとよく似た初老の男性が座り、その斜め向かいにオープンショルダータイプのドレスを着たクリームヒルト、その反対側に僕とエッバが座る。獣人であるエッバがこの席に座れるのは驚きだ。
「クリストハルト・フォン・アーデレだ。アーデレ家の家長で、魔法医師大学の教授・学長も務めている。この度は娘が大変世話になった。礼を言う」
上座に着いた男性は、改めてそう名乗った。
クリストハルト教授は、クリームヒルトと同じ赤い髪の毛を切れ長の瞳の上で短く切りそろえ、柔和な笑みをたたえた人だ。
魔法医師大学の学長をやっているそうだが偉ぶった感じがなく、どちらかと言えばおとなしそうな感じがした。
「いえ、微力を尽くしたまでですので。それより僕のような一介の医術士と、獣人をこのような席にお招きくださったこと、身に余る光栄です」
僕は慣れない慇懃な口調でそう答えた。エッバはそういう言葉遣いが苦手なので、何も言わず深々と頭を下げるように指導だけしてある。
だがクリストハルト教授はそれだけでは気が済まなかったらしい。
「いや。どの魔法医師にも医術士にも治せなかった病を治したのだぞ? 食事の席で済まないが、私にもぜひ色々と話をしてほしい」
そう言いながらも、メイドさんたちが食事を運んできて会食が始まった。
さすがはアーデレ家、出される料理もデザートも申し分なく、久しぶりの美食に舌鼓を打った。
僕だけでなくエッバにも手紙が届いてから大急ぎでテーブルマナーを身に着けておいた甲斐があった。失礼をしていたら和やかな雰囲気のまま会食を終えることはできなかっただろう。
食事をしながら医術士としての経験や、仕事をしながら独学で身に着けた東方の医学などについて話していく。
クリストハルト教授は食事そっちのけで熱心に聞いているので、メイドが食べるように促さねばならない場面も多くあった。
ここまで医術士風情の話を聞いてくれる魔法医師は珍しい。
クリームヒルトを治したおかげか、もともとの性格か。
「それにしても」
デザートのザッハトルテが運ばれてきて、クリストハルト教授が僕の顔を見て呟いた。
「君は十代後半ということだが、ずいぶんと顔立ちが…… なんというか、童顔ながらも大人びている。多くの患者を診てきたせいかな?」
教授は咀嚼しながら笑顔でつぶやくが、僕は心臓が止まるかと思った。
「そうですね。ここ数年でずいぶんと顔立ちが変わりました」
僕はそういうのが精いっぱいで、デザートの味などもうわからなかった。
会食が終わり、メイドさんたちが食器を片付けたころクリームヒルトがうずうずとした感じで切り出した。
「普通ならこの後お茶でもお出しするのですけど、時は金なりですわ! 今度はわたくしの晩、早速授業をお願いしますわ!」
父親がたしなめるのも聞かず、着替えに自室へ戻ってしまう。僕も苦笑いしながら講義のための教材を取りに部屋へと向かった。エッバには自室で待っていてもらうことにする。
クリームヒルトの部屋に向かうと、ドレスから白のフリルのついたブラウスに黒のロングスカートというシックな室内着に着替えた彼女が羽ペンやノートなどを机の上に広げ、すでに準備万端な状態で待っていた。
「よろしくお願いしますわ!」
ここまで熱心に聞いてくれるのはすごくうれしい。
来る途中では面倒くさいと思っていた気持ちもあったけれど、いつの間にかそういったものは霧散していた。




