7.別れ
辺りが暗闇に包まれ始めた。
しつこい追手を振り切り、路地裏に潜む。
ここまでに何人倒しただろうか?
もはや数え切れない。
この街の自警団の規模がここまで大きいとは感心してしまう。
まだ、ほぼ無傷で凌げているのが幸いだ。
しかし、日が落ちてから様子がおかしい。
明らかに私を探す人員が減っている。
諦めたのだろうか。
それとも私を誘い出すための罠なのだろうか?
とにかく、この状況は好都合だ。
今のうちに街から出る方法を見つけ出さなければ。
対空結界を張られている限り、空へは逃げられない。
おそらく海上にも結界は伸びているだろう。
術士を見つけて、この結界を解かせるという方法もあるが、この広い街から見つけ出すのは困難を極める。
やはり、地上から逃げる以外に方法はない。
街への交通路は封鎖するわけにはいかないはずだ。
街から出るルートは東門、西門、北門の3ルート。
南は海に面しているため逃げ場はない。
だが、外へ出る門もすべて警戒態勢が敷かれているだろう。
下手に動くと見つかってしまうかもしれない。
しかし、いつまでもこの場でじっとしていては何も始まらない。
その場から動き出し、様子を探りに行く。
予想通り、外へのルートは厳重に警戒されていた。
普段はしていない検問も行われている。
東門、西門は封鎖されていた。
脱出するルートはこの北門しか残されていない。
しかし、数百人規模で警備態勢が取られている。
街中の人員があまりいなかったのはここに集められていたためか。
ここを突破するのに無傷では済まないだろう。
どうするべきかと悩んでいると突然、屋内に引き込まれる。
しまった、注意が逸れていた。
完全に油断してしまった。
私はとっさに相手を組み伏せる。
とりあえず騒がれる前に、気絶してもらおう。
「待って、私よ。ローラよ」
月明かりが窓から差し込み、ローラの顔が浮かび上がる。
「ローラ、どうしてここにいるの?」
私は予想外のことに驚いた。
「ミッシェル・・・いや、ミネルバを逃がしてあげたくて」
「そうなの?確かに協力してくれるのはありがたいけど・・・」
私はローラの手を取り立ち上がらせる。
「でも、そんなことをしたらあなたも無事じゃ済まないわ」
「いいの。あたしがやりたいだけだから」
「・・・なら、協力をお願いするわ。どうするの?」
ローラの提案した方法はこうだ。
馬車の荷台に隠れて検問をやり過ごすというシンプルなものだ。
「でも、大丈夫かしら?そんなに簡単にいくとは思えないけれど」
「問題ないよ。他にも同じような馬車が通っていたけどそんなに厳しくチェックされてなかったから」
不安を覚えたがローラの言うことを信じよう。
「その馬車はどこに置いてあるの?」
「この建物のすぐ裏よ。御者にはもう伝えてあるから」
「ありがとう、ローラ。じゃあ、もう行くことにするわ」
ローラの横を通り過ぎ出て行こうとする。
「ねえ、ミネルバ。あたしをだましていたのは素性のことだけ?それともあたしへの振る舞いもなの?」
ローラの言葉に引き留められ、私は考える。
「素性のことだけよ。それ以外は何もないわ」
「そう・・・あたしにはあんたが大罪を犯すような人には見えなかった。こんなあたしにも優しく接してくれた」
ローラが一呼吸置いて、口を開く。
「あんたが何をしたって言うの?ねえ、ミネルバ。教えてよ」
ローラの拳がぎゅっと握られるのが見えた。
「説明するには長すぎる話よ。でも、もう一度言うわ。私は間違ったことはやっていない」
ローラはしばらく考え込んでいた。
そして、私の方に振り向き、言葉を発する。
「分かった。言えない理由があるとしても、あんたを信じるよ」
「そう言ってくれてうれしいわ。でも、あなたとはこれでお別れになるわね」
「どういうことなの?」
「私は素性が知れた以上、この街には戻れないの。だから、もうあなたには会えないわ」
「えっ、そんな・・・」
「残念だけどそれが運命なのかもしれないわね。じゃあ、ローラ。これが最後のさよならよ。元気でいてね」
そう言ってその場を立ち去ろうとする。
そういえばローラは一度も笑顔を見せなかったな。
そんなことを考えていると強く腕を捕まれる。
「ローラ、どうしたの?」
「ミネルバ。ダメ。その馬車に乗っちゃダメ!」
ローラが語気を強める。
「これは罠なの!馬車に乗ったら、あんたが殺されちゃう!」
「それ、どういうこと?」
「あたし、自警団に脅されているの・・・」
ローラの目から涙がこぼれる。
「あの後、父さんが拘束されちゃって。言うことを聞かないと父さんを殺してしまうって」
ローラの肩が震える。
「あたし、怖くって。あんな父親でも唯一の家族だから・・・」
「ねえ、ローラ。なら、どうしてそのことを私に言ったの?言わなかったら・・・」
「でも!あたしはあんたを裏切れない!」
ローラが叫ぶ。
「どうして私にそこまでしてくれるの?」
「だって・・・あたしたち、友達でしょ?」
ローラは涙を流しながら、笑って答えた。
月明かりに照らされたその笑顔は今まで見たどんなものよりも美しかった。
「だから、あんたはわたしたちを気にしなくていい。あんたのために逃げて。父さんもきっとそう言うと思う」
私はしばらく考え込み、決断する。
「いや、私は馬車に乗るわ」
「どうして!?あんた殺されちゃうのよ!」
ローラが私につかみかかる。
「ねえ、なんで?どうしてなの?答えてよ・・・」
私はローラを体から離し、その目を見て言う。
「だって、私たちは友達なんでしょ?私もあなたには傷ついて欲しくないの」
そして、私は背を向け、馬車へ向かう。
後ろ目にローラが泣き崩れるのが見えた。
「ねえ、どうして?なんで?・・・ミネルバ」
ローラはそんな風に繰り返しつぶやいていた。
「ローラ、さようなら。あなたのことは一生忘れないわ」
その声がローラに届いたかは分からない。
私は馬車に乗り込んだ。
「おい、あの馬車だ。団長に伝えろ」
北門付近が静まりかえり、緊張が走る。
「おい、そこの馬車止まれ」
自警団が馬車の周りを取り囲む。
御者が馬車を降り、その場を離れた。
「撃て」
一斉に銃弾が馬車に撃ち込まれる。
銃声がしばらく鳴り響いた。
何百という銃弾に馬車は蜂の巣にされる。
「おい、荷台を確認しろ」
数名がぼろぼろになった馬車に近づく。
その瞬間、馬車を中心に風が巻き起こる。
馬車を取り囲んでいた人間が吹っ飛ぶ。
そして馬車の屋根も吹き飛び、人影が現れる。
「どうせこんなことだろうと思ったわ」
その髪を美しく風になびかせ、笑みを浮かべる。
「さあ、かかってきなさい。嫌というほど味わわせてあげる。圧倒的な力というものをね」
その女、人間にして世界最強である。
今までミネルバ視点で書いてきましたが、最後の部分は第三者視点だと思って下さい。