5.記憶
ここはどこだろうか?
自分の手を見る。
いつも見る自分の手よりも明らかに小さい。
窓ガラスに映った姿を確認する。
おそらくこれは幼い頃の自分だろう。
突然、周囲が炎で包まれる。
いったい何が起こったのか?
あちこちから悲鳴と喧噪が聞こえてくる。
遠くから「逃げろ」と聞こえるがどこへ逃げればいいのだろうか?
炎がとても熱い。
すると、どこからともなく目の前に剣を持った影が現れる。
顔は兜をかぶっていて分からない。
私を見つけるなり、剣を振り上げる。
私は慌てて背を向けて走り出すが・・・
飛び起きると目の前に私をのぞき込むローラの顔があった。
「あんた、大丈夫?すごいうなされてたよ」
ローラの声を聞いて、今のは夢だったと認識する。
息がかなり上がっている。
服も汗でぐっしょり濡れてしまっている。
「ちょっと待ってて。今、水取ってくるから」
そう言うと、ローラは部屋を出て行った。
今の夢はおそらく私が幼いときの記憶だろう。
昨日、傷を指摘されたことで思い出してしまったようだ。
正直、あまり見たくなかった。
忘れていたかった記憶だった。
「どうしたの、ミッシェル!?頭が痛いの?」
部屋に戻ってきたローラが心配そうに声をかけてくる。
いつの間にか頭を抱え込んでいたらしい。
「とりあえず水持ってきたから飲んで」
渡されたコップの水を飲んで、呼吸を整える。
少し落ち着いたみたいだ。
窓の外を見ると、水平線から日が顔を出し始めていた。
「ありがとう。もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「いいって、いいって。元気になってよかったよ」
と、いつも通りの笑顔で答えてくれる。
「さて、服を着替えないと。それだけ濡れてたら気持ち悪いでしょ?」
ローラは着替えも持ってきてくれていた。
手早く着替え、顔を洗いに行く。
身支度を整え、下の階に降りる。
おじさんはもう働き出していた。
「おう、ミッシェル。よく眠れたか?」
こちらに気づいて声をかけてくる。
「おはようございます。ぐっすり眠れました」
「本当か?その割に疲れた顔してるぞ」
おじさんは人の表情がよく分かるらしい。
私が嘘をついてるのを見抜いている。
「まあいい。一つ頼みがある。ローラと一緒に市場に買い出しに行ってくれないか?今俺は手が離せないんだ」
「まったく、しょうがないね。ほら、ミッシェル行くよ」
と、ローラは私の腕を引っ張っていく。
私の答えによらず確定事項だったようだ。
市場に着くと人で賑わっていた。
魚や肉、野菜、果物など大量に売られている。
「えっと、買うものは魚に野菜か。魚から行こうかな」
ローラはまるで自分の庭であるかのように人ごみの中をすり抜けていく。
それに私もなんとかついて行く。
「おじさん、それとあの魚頂戴。違う、違う。それじゃないって。そっち、そっち」
さくさくと選んで買っていく。
「さすがだな、ローラ。新鮮なやつを的確に選んでやがる」
「どんなもんよ」
と、魚屋の店主に褒められ、胸を張る。
次の店に行き、野菜を買っているときだった。
挙動不審な男が目に入る。
しょっちゅう人にぶつかっては謝ることを繰り返す男が居た。
いくら人が多いと言っても、注意していればよけられないことはない。
いぶかしげに見ていると、その男がローラに近づいてくる。
そして、ローラにぶつかりまた謝る。
ローラは笑って許していた。
男は立ち去ろうとした。
しかし、私はその手をつかんだ。
男は驚いたのか、手に持ったものを落とす。
ローラの金袋だった。
私は男の腕を捻り上げる。
「ちょっと、ミッシェル!何してるの!?」
どうやらローラは気づいていないらしい。
「彼はスリよ。あなたの金袋も盗られていたわ」
ローラはその場に落ちていた金袋を拾い上げ、自分のものだと確認する。
「ミッシェル、あんたよく気づいたね。あたしは全然気づかなかったよ」
と、脳天気に話す。
「とにかく、自警団呼んでくるね」
ローラが駆けていった後、男が急に暴れ出し、私の手を振りほどいて逃げ始めた。
少し拘束する力が緩んでしまったようだ。
私は急いで男の後を追いかける。
男はぶつかっていたさっきと比べ、驚くほど速く人の間を縫って逃走する。
一向に距離を詰めることができない。
このままでは市場の外に出て、取り逃がしてしまう。
すると突然、男の体が吹っ飛ぶ。
「ったく、店の前で走り回るんじゃねえよ」
先ほどの魚屋の店主が殴り飛ばしたみたいだ。
「さっきの嬢ちゃんじゃねえか。こりゃ、いったいどういうことだ?」
私は詳しく事情を説明する。
「それはお手柄じゃねえか。スリを捕まえるなんて」
店主は笑いながら、私の頭を軽く叩く。
私も店主にお礼を言っていると、
「あ、いたいた。元の場所にいないから、どこ行ったのかと思ったよ」
ローラが自警団を引き連れて戻ってくる。
自警団は到着するなり、現場の処理を始めた。
「こいつは、この辺りで有名なスリの常習犯だな。なかなか尻尾を出さないから、捕まえられずにいたんだ」
自警団の一人が私の事情聴取をしている時に言ってくる。
「被害届がたくさん出てはいるが証拠がないもんで手が出せなかったんだ。おかげで、自警団は何しているんだって叩かれててね」
自警団もそれなりに苦労はあるらしい。
スリの男が連行されていき、私たちも買い物に戻ろうとするが、
「ちょっといいかい?」
と、自警団に引き止められる。
「この辺りでミネルバって女を捜しているんだが、君たちは何か知らないか?」
「ええ、聞いたことも見たこともないわ」
と言って、私は早々にその場を立ち去ろうとするが、
「ミネルバってどんな女なの?」
ローラが興味を持ってしまったようだ。
「ああ、それはな・・・」
「おい、スリを捕まえたやつはどいつだ?」
説明される前に遠くから大声が聞こえてきた。
どこかで聞き覚えのある声だ。
いったい、どこで聞いたのだろう?
思い出すことができない。
「どけ、どけ!通れねえだろ!」
野次馬をかき分けてくる男が見えた。
「団長、今日は書類仕事を片付けると言ってませんでしたっけ?」
と、自警団の一人が駆け寄る。
光の具合で顔がよく見えない。
しかし、とても大柄な男だ。
周りの野次馬に対し頭一つ分飛び出している。
「まあな。噂のスリを捕まえたっていう女を見に来たんだ」
と、こちらに近づいてくる。
顔がはっきり見える。
右目に大きな傷がある顔だ。
間違いない、私はこの男を知っている。
冷や汗が流れるのを感じた。
姿を隠さなければと動き出そうとしたが遅かった。
「彼女です」
「やっぱりそうか。そんな女お前しかいねえよな」
団長と呼ばれた男が笑みを浮かべながら私の前に立つ。
「よお、ひさしぶりだな。ミネルバ」
久しぶりに主人公の名前が出せたので、よかったです。