4.騒ぎ
「なにもんだ、お前は!」
男の一人が声を荒げる。
さて、どうしようか。
あまり騒ぎを起こしたくなかったのだが。
「今日のところは帰ってもらえないかしら。私も食事を楽しみたいの」
と、ことを納めようとするが、
「てめぇ、何様のつもりだ?」
男の一人が私の胸倉をつかんでくる。
これは話が通じる相手ではないと判断した。
胸倉をつかむ手を取り、男を投げ飛ばす。
派手に音を立てて男は気絶する。
「くそっ、この女!」
他の男たちもこちらに殴りかかってきた。
人数は3人。
一人目のパンチをいなし、鼻先に拳をたたき込む。
二人目はみぞおちに、三人目にはあごに。
男たちはうずくまって動けないようだ。
「よくも俺の子分をやってくれたな」
リーダー格らしき男が立ち上がる。
細身で長身だが、ただならぬ殺気を出している。
「ここまでやって、ただで済むと思うなよ」
突然、蹴りが私を襲う。
間一髪で攻撃を避ける。
この男、他のやつとは格が違う。
次々に蹴りや拳が飛んでくる。
それを最小限の動きでいなしていく。
不意に背中が壁にあたる。
いつの間にか壁際まで追い込まれていた。
次の攻撃をなんとか転がりながらよける。
「ちょこまかと逃げやがって」
男はいらついた様子で悪態を吐く。
こちらだって応戦したいが今日の服装は戦闘向きではない。
攻撃手段が限られてしまう。
それに店に余計な被害を出すわけにも行かない。
ただ、男も疲れが出てきている。
攻撃が少し雑になっている。
私はそれを見逃さない。
攻撃が大振りになった瞬間、相手の懐に飛び込む。
力を込めて拳を腹にたたき込んだ。
男はうめき声をあげ、倒れる。
私は大きく深呼吸し、呼吸を整えた。
「ミッシェル、あんたすごいね」
ローラが笑って話しかけてくる。
あの状況で平然としていたローラもなかなかだと思うが。
「とりあえず自警団呼んでくる」
と、走り出そうとしたローラの腕をつかんで止める。
「待って。今回のこと、おじさまがやったってことにしてもらえないかしら?」
ローラがなんでと不思議そうな顔をする。
「別に構わねえぞ。なんか事情があんだろ」
と、厨房からローラの父親が出てくる。
「ほら、さっさと自警団呼んでこい。ミッシェルは上に上がってな。連中に会うのはいやなんだろ?」
と、ローラと私を促す。
その後、自警団が来て、おじさんが事情を説明していた。
店内に他にお客さんがいなかったことが幸いした。
今回は、いちゃもんをつけられたおじさんが相手を返り討ちにしたという形で納まった。
ならず者たちも連行されていった。
自警団が帰る頃には日が落ちてしまっていた。
ローラがうちに泊まっていけと言うので、その好意に甘えることにする。
「できたぞ。うちの店の定番。魚介類の盛り合わせだ」
この街で捕れたであろう魚や貝類がてんこ盛りに皿に載っている。
泊まるついでに夕食もごちそうしてもらっている。
代金は払うと言ったのだが、
「今日は世話になったし、いいってことよ」
と、受け取ってはもらえなかった。
網焼きにしたカキもあったのでいただく。
久しぶりに食べた魚介の味はとてもおいしかった。
「てか、親父。ミッシェルがあたしのこと助けてくれなかったら、どうするつもりだったの?」
とローラが話し始める。
「さあ?」
おじさんがとぼけたような声を出す。
「ちょっと、どういうこと?」
「いや、魚を焼いていたもんでな。手が離せなかったんだ」
笑いながら答える。
「あんた、娘と魚どっちが大切よ!」
ローラが怒気を込めて言う。
「魚に決まってんだろ。顔の傷は治っても、焦げた魚はもう食えないんだぞ」
おじさんが真剣な顔をして答えた。
「はぁ!?あんたそれでも父親?」
「馬鹿野郎!こっちは父親である以前に料理人だ!」
と親子ゲンカを始める。
その様子がおもしろくて、つい笑ってしまう。
「ちょっと、ミッシェル。笑う所じゃないんだけど」
ローラがムスッとしてこちらを見る。
「ごめんなさい、ついおもしろくって」
ローラは父親との二人暮らしだ。
母親は早くに亡くなってしまったらしい。
ただ、あんな風にケンカできるっていいなと思った。
私は、親子ゲンカなんてできなかったから・・・
親子ゲンカが終わり、おじさんの頬には平手打ちの跡があった。
「しかし、今日はすごかったな、ミッシェル」
「うん、確かに。5人の男を無傷でノックアウトしちゃったんだから」
話題が私の話題になったようだ。
「いえ、店の中を散らかしてしまったので申し訳ないです」
「そんなこたぁ、どうでもいい。俺でも5人相手はきつかったからな」
と、豪快に笑い飛ばす。
「どこであんな技身につけたの?あたしもやってみたいな」
ローラが目を輝かせて聞いてくる。
私がどう答えようかと困っていると、
「聞いたって、お前には無理だろ」
と、私の表情に気づいたおじさんが助け船を出してくれる。
「あっそ。まあ、でも助かったよ。あのまま殴られてたらやばかったね」
「ああ。ミッシェルがあの男の拳を止めた瞬間、俺はしびれたな」
「うん、ミッシェルが男だったら、あたしは惚れたね」
「いくらお前が惚れたところで何があるわけでもないだろ?」
「ちょっとそれ、どういうこと?」
「そりゃ、お前みたいなガサツな女に相手が惚れるわけないだろ」
「なんだって!?このクソ親父!」
「父親に向かってクソとはなんだ!」
「あんたさっき料理人だって言ってたよね!」
親子ゲンカ第2ラウンドが始まったようだ。
「ったく、あのクソ親父め」
ローラが怒りながら部屋に入ってきた。
今日はローラの部屋に泊めてもらうことになっている。
「あ、ミッシェル。体拭くでしょ?お湯とタオル持ってきたよ」
「ありがとう。自分でするから、そこに置いといてもらえるかしら?」
「せっかくだから、あたしがやってあげる。ほら、早く服脱いで」
と言いつつ、私の服を脱がしに来る。
「ちょっ、待って。本当に自分でできるから」
突然のことに慌ててしまう。
「いいから、いいから。遠慮しないで」
「あっ」
服を脱がされてしまった。
「ミッシェル。どうしたの、その傷?」
ローラが驚いたように私の背中を見ている。
私の背中には右肩から左の腰にかけて大きな傷跡がある。
初めて見る者にとっては刺激が強かったようだ。
「ごめん。あたし知らなくて」
ローラは普段の姿から想像できないほど顔面蒼白になっていた。
「いいのよ。幼い頃に負った傷だから」
明るい笑顔が魅力的なローラにそんな表情をさせたことに罪悪感を抱く。
その後、ローラは一言もしゃべらず私の背中を拭いてくれた。
特に傷の辺りは慎重にして。
そして、言葉も交わさず早々に明かりを消して床についた。